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第62話 魔賢者VS美少女達

『――無知は罪。たかが元勇者パーティ風情が、この私に挑むなど片腹痛いわ! 憎い! 何て憎ったらしい小娘共ぉ……憎いぃぃっ、ヒェェェェェェイ!!!』


 漆黒マントのフード越しで絶叫する籠り声。

 自称『魔賢者』こと、ケールから放たれた台詞だ。


 発狂しながら自らマントを剥ぎ取り、その姿を露わにする。


「うぐっ、こいつ……なんだ!?」


 大剣を掲げ先陣を切っていた、姫騎士カリナが思わず足を止めた。


「魔物? いや悪霊でしょうか……しかし『生命』を感じます!」


「が、骸骨……スケルトン?」


 同じく立ち止まったフィアラとミーリエルが憶測を述べる中、マニーサだけは首を大きく横に振るった。


「違うわ! あれは禁忌に触れし者――『死霊賢者レイスセージ』よ!」


『……ほう。私の正体を知っているとは、貴様も相当な博学の持ち主。ただの無駄乳モブ魔術師ではなさそうですね』


 その姿は魔道服を纏った骸骨女。

 異様に細かった理由も、肉がなく骨だけの存在だからだ。


 死しても魔法を極めんとするあまり、自身の身体に禁断の秘術を施す魔術師がいると言う。

 このケールもその一人であった。

 だが大抵は死後、自我を失いただの「悪霊」となる。それが禁忌魔法に振れし者の末路であるからだ。

 それ以降はどこかの館かダンジョンで彷徨う徘徊モンスターとして、冒険者に狩られるのが定番となるだろう。


 したがってケールのように感情を持ち意志が宿る者がいる筈がない。

 ましてや最高幹部、『四柱地獄フォース・ヘルズ』の一人として強力な魔法を巧みに操るなど不可能であった。


『この身体こそが、ボスから与えられた恩寵ギフトでありスキルと言える。永遠の命、不死の身体、決して自我を失うことなく魔法への探求を果てなき継続することができる……どうだ、羨ましいだろ魔術師よ?』


 語り掛けるケールの下顎は動いていない。

 ずっと思念で直接語り掛けているようだ。


「全然、羨ましくないわよ、そんな身体! 不気味すぎてセティ君に愛してもらえないじゃない! 気色悪ぅ!」


『はぁ、おま……魔術師の癖に魔法道よりも男を選ぶのか!? より知識を高め、賢者を目指したくないのぅ!?』


「別に。私のお父さんを見ているけど、あんなの気を使って大変なだけよ! それよりもセティ君とスローライフを満喫する方が余程有意義だわ! 私にとって魔法はそれを実行するための力よ!」


「ぐぅ! マニーサばかりアピールするな! 我とてセティ殿と添い遂げるためなら祖国を捨てる! 王族の地位など不要だ! その覚悟を持って、こうして共に戦っているのだ!」


「わたしもです! たとえ女神メルサナ様に背くことになろうと、愛するセティさんと共に歩みます!」


「あんた、恋したことないんでしょ? あたし達みんなは、セティのことが大好きなんだよ! 好きな人のため、共に命を懸けて戦う決意を持ってここにいるんだからねぇ!」


 マニーサを筆頭に、カリナ、フィアラ、ミーリエルの四人はセティへの頑なな想いと愛の決意を口にする。


 魔法道を極めるため肉体を捨ててまで不死を手に入れた、ケールは骸骨の身体を小刻みに震わせながら聞き入っていた。


『……何が愛だ……何が恋したことないだ……それがどうした? お前らのような万年発情ビッチなんかより、身を削り必死で魔法道を極めようとしている私の方が余程健全だわ! つーか魔術師として普通だからな! 憎さ通り越して呆れるわ、ボケェ!』


 ケールは罵声を浴びせ、呪文ルーンを唱え始める。

 翳された骨の掌から、これまでにない魔力が凝縮されていく。


『死にさらせぇ、ビッチ共ッ! 《|闇破壊術式砲《ダーク・バースト》》!!!』


 高出力の破壊粒子が放たれ、美少女達を襲う。


「マニーサ、頼む!」


「わかったわ!」


 カリナが前に出て大型剣クレイモアを上空に掲げ、マニーサは簡略化された呪文語を唱え付与魔法の《|対抗魔法剣《アンチ・ルーンソード》》を施した。


 そのままカリナは大型剣クレイモアを振るい、迫り来る破壊粒子を完膚なきまで両断した。


『えっ、嘘!?』


「我らを甘く見るなよ、『死霊賢者レイスセージ』! 親のコネで勇者となったアルタと違い、この場にいる皆は努力と実力を兼ね備え勇者パーティとして選抜された猛者ばかりだ! セティ殿を中心に魔王を討伐した力量は伊達ではないぞ!」


 カリナは叫びながら、ケールに向かって疾走する。

 対魔法効果を得たことで大型剣クレイモアは眩い閃光を放ち、大きく振り翳された。

 おまけに彼女はパーティ最大の攻撃力を誇り、『斬撃姫』と異名を持つ姫騎士だ。

 きっと骨のケールなら一振りで身体が粉砕されるに違いない。


『させるか! 出でよ、《|大地の牙《ガイア・ファング》》ッ!』


 ケールの足元の地面が割れ、複数の粘土細工のような触手が出現する。

 触手は先端を牙のように尖らせ、突撃してくるかカリナに向けて襲い掛かってきた。


 カリナは「フン!」と気合一閃で、触手群に斬撃を与え紙切れの如く一掃する。

 僅かに口元が吊り上がり微笑んだ。


「かかったな! 我は囮役だ! 貴様の注意を引き付けるためにな!」


『何ッ――ぐはっ!』


 瞬間、ケールの額に『光の矢』が突き刺さった。

 ミーリエルの恩寵ギフトスキル、《|光狙撃手《スナイパー》》である。


閃光射撃シューティング! カリナにばかり気を取られちゃ駄目だよ!」


『ぐぬっ……不死だと言ったろ! この程度で『死霊賢者レイスセージ』である私が斃せるものか! それにしても貴様らァ、一人相手に多勢で卑怯だぞ! 正義の味方らしく一対一で戦えよなぁ、憎たらしい!』


「……貴女、何を言っているのですか? 貴女達『四柱地獄フォース・ヘルズ』も、セティさん一人相手に寄ってたかって戦いを挑んでいたじゃないですか?」


 不意にケールの背後から声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、いつの間にかフィアラが立っていた。


『し、神官の女!? バ、バカな……一体いつから!?』


「貴女がカリナに魔法攻撃を放った時からです。予めマニーサがわたしに《幻術魔法》を施し、一時的に姿を消してくれたのですよ。ケールさんと仰いましたね……確実に貴女の魂を天昇させるために。物理的に斃すことはできなくても、わたしなら汚れた魂を浄化することはできますので」


『ちょい待って! 貴様、《神力》を持つのか!? 神を降臨させ行使する、神霊魔法の究極系……こんな小娘が馬鹿な!?』


「どう思われても結構です。では散りなさい――《|魂の浄化《カタルシス》》!」


 フィアラが祈りを捧げた瞬間、背後から『聖母神メルサナ』が降臨する。

 聖母神メルサナはケールの身体を抱きめると光と化した。

 そのまま『汚れし魂』を連れて天界へ帰還しようとしているようだ。


 通常なら温かみのある慈愛の光だが、禁断を犯してまで『死霊賢者レイスセージ』となったケールにとって最早恐怖でしかない。


 天空から光の柱が降りて、聖母メルサナと共にケールを誘おうとしている。


『こ、これ絶対にやばいやつ! 待ってぇ、待ってぇぇぇ!! 嫌だぁぁぁ、ヒェェェェェェイ!!!』


 ケールの絶叫は空しく、天界から小太りで裸の天使達が舞い降りてきた。

 しれっと幸せそうな表情を浮かべて、ケールの身体を掴み上空へと運ぼうとする。


『離せぇ、コラァ! 不味い……「死霊賢者レイスセージ」である私では効果覿面すぎる! このままでは身体ごと昇天してしまうじゃないか……クソォッ、こうなれば――』


 ケールは何を思ったのか。

 頭蓋骨部分を胴体から切り離し、地面へと落とした。

 残りの身体だけが昇天し、天空の柱はフッと消えてしまう。


『ぐっふ……苦し紛れに頭蓋骨だけ残しなんとか昇天を免れた……あのビッチ共、最初からこれが目的だったのか! チクショウ! 憎たらしい、なんて憎たらしい! 覚えていろ、覚えていろぉぉぉ、ヒェェェェェェイ!!!』


 辛うじて難を逃れたケールはほっとしたのか恨み節全開で普段通りのネガティブ・スイッチが入り発狂している。


 だが、


「――それで。貴様は頭部だけで、どうやって我らと戦うのだ?」


「もう終わりだねぇ。全然怖くないよ~」


「完全に詰んだわ、チェックメイトよ」


「ケール、貴女の負けです。観念しなさい」


 カリナ、ミーリエル、マニーサ、フィアラの四人が、地面に転がる頭蓋骨を取り囲んで立っている。


 ケールはハッと我に返り、「ハハハハ」と笑い出す。


『い、いやだな~先輩達ぃ。私はもう戦意喪失っすわ~。この有様じゃ何もできないっすわ~、はい』


 急にチャライ口調なり誤魔化し始める、ケール。

 しかしカリナ達の瞳は一切笑っていない。


 束の間、マニーサが「仕方ないわね」と口を開いてきた。


「一応、セティ君から、こいつを生かすように言われているわ。運がいいわね……私達に協力してくれるなら生かしてあげても良くてよ」


『はい、勿論です! 協力させて頂きます! もう誰にも恨み事は言いません! この姿も自業自得だと思い反省いたします!』


「いい心掛けだわ。じゃケール、しばらく最上級の《凍氷魔法》で頭蓋骨を凍らせるわよ」


『え? なんですって?』


「用事がある時だけ解凍してあげるわ……事実上の永久封印よ。森を焼いた罰としてね!」


『ええ!? やめてぇ! ごめんなさいぃぃぃ、ヒェェェェェェイ!!!』


 こうして『魔賢者』ケールは、美少女達によって敗北を喫した。


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