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第53話 モルスと四柱地獄

「ボスよ。今、奴はどこにいる? とっとと教えろ」


 斬月と呼ばれていた男が淡泊な口調で問い質した。

 しかもやたら上から目線だ。


 ロカッタことモルスはカチンとするも、なんとか堪えて平静さを装う。


「密偵鴉からの報告によると、セティは大陸から南東にある辺境地ユグドラシルに向かっているそうだ」


「ユグドラシルか……随分遠いな」


『……確か世界の中心地とされ、周辺の森林地帯は「古代エルフの遺跡」がある筈』


 細身の女性ことケールが答えた。


「ああ、アタイも妖精族だから知ってるよ。隠居したエルフ族があそこで住み着くんだ。他の種族と干渉しないためにね」


「その通りだ、パシャ。奴が何を目的として行動しているかまでは不明だがな……ただのハーレム満喫なのか、あるいは――」


「あるいはって?」


「……いや、なんでもない。ただの勘だ。そういえば、ハーレムメンバーの中で一人見かけない女がいる。全身が真っ白で長袍チャンパオを纏った奴だ」


長袍チャンパオ。エウロス大陸の『中央華国』で伝統服。暗殺組織、闇九龍ガウロンの『龍』と呼ばれる最高位の幹部達が好んで着用しているという……私はこんなこ汚いマントを羽織らせられているのに羨ましい、そして憎たらしい……憎い、憎い、憎いぃぃぃ! ヒェェェェェェェイ!!!』


「うるさいぞ、ケール。もうお前の『憎悪ヘイトスイッチ』の入りどころが謎だわ。つーかそれ、貴様らのために俺がわざわざ新調した高級マントだからな! 汚くないぞ!」


 絶叫するケールに、モルスは呆れ顔で指摘する。


「んなことはどうだっていい! てことはよぉ、ボスゥ! セティは闇九龍ガウロンと手を組んだってことかぁぁぁ! 上等だぁ! 殺す! そいつら全員ブッ殺すぅぅぅ!!!」


 今度は巨漢の男、ドレイクが闘争心と殺意を露わにして興奮した。

 その様子にモルスは深い溜息を吐く。


「やれやれ、また変人が増えた……もう、お前ら個性爆発し過ぎで草生えるわ。しかしドレイクよ、闇九龍ガウロンはセティが連れている正統後継者である『女帝ヒナ』を狙っている。その可能性は薄いだろ? それに奴は黒龍ヘイロン始末している。貴様らが俺の言う事を聞かないばかりになぁ! このおたんこなす共がぁぁぁ!!」


 次第に怒り口調になっていく、モルス。

 どうやら『四柱地獄フォース・ヘルズ』達に相当な鬱憤が溜まっているようだ。

 最高トップもストレスで情緒不安定であった。


 この中で唯一、常識的であるパシャだけが「まぁまぁ」と宥めている。


「そう怒らないでよ、ボス……だけどウチらと違って、闇九龍ガウロンは一枚岩じゃないと聞くよぉ。黒龍ヘイロンが斃され、別の『龍』が新たなボスになれば事情が変わるんじゃない?」


「事情か……確かに黒龍ヘイロン以外の最高幹部である『龍』達は、俺の正体を知っているかもしれん。いや知っているだろう……そいつらの誰かがセティと接触させるために、その『白い女』を差し向けたのか……おそらくそいつも『龍』の可能性がある」


「まさか、アンタの本体、『感染源』を探そうとしているんじゃないのかい? それなら『古代エルフの遺跡』に向かっているのも頷ける……あそこには先代の精霊女王が隠居しているからね。確か恩寵ギフト系の《先見》のスキル能力があるとか?」


「予知能力のようなスキルか? なるほどな……悪い勘・ ・ ・はよく当たるものだ――『四柱地獄フォース・ヘルズ』に命じる。早急に『死神セティ』を始末せよ。手段は問わない、同行している女共も殺しても構わん……但し『ヒナ』とう娘だけは生かして連れて来い」


「ボス、その娘を生かす意図は?」


 斬月が抑揚のない口調で聞いてきた。


闇九龍ガウロンと倭国の皇帝との交渉材料として使える。上手く活用すれば、エウロス大陸ごと手に入るかもしれん」


「くだらん。せめてエウロス大陸の猛者共をキルする目的なら協力しよう」


 吐き捨てるような斬月の台詞に、モルスはカチンときた。


「言うと思ったわ、この戦闘狂が! 貴様のような脳筋がボスなら、とっくの前に組織ハデスが崩壊しているっつーの! いい加減、管理する身にもなれよな!」


「もうやめなよ、ボス。わかった、アタイら今から向かうからねぇ。それと、アタイのポンプルのことは頼んだよぉ」


 パシャのフォローに、モルスは呼吸を整え落ち着き始める。


「……お漏らしポンプルか? ああ、わかっている……奴も《悪運》スキルを活用し特別な任務を与えている。もうじき、奴らと接触するだろう」


「奴らって……まさか!? ちょい、やめてよね! ポンプルはアタイの大事なモノを預けてあるんだから!」


「――木を隠すなら森。安心しろ、ポンプルの『うざかわキャラ』なら、奴らに取り入ることができるだろう。つーか、それしか能がないからな、あいつ(笑)」


 嘲笑するモルスに、パシャは「フン!」と鼻を鳴らしフードを被った。


「まぁ、いいわ。それじゃ、アタイらは行くよ――ポンプルに何かあったら、感染源ごとアンタを殺すからね!」


「パシャに賛同だぜぇ! ボスゥ、『死神セティ』の次はテメェだぜぇ!」


「次にその感染源とやらの本体と一戦交えてもらうぞ」


『憎い……ボスゥ、あんたはセティの次に憎い憎い憎いぃぃぃ、ヒェェェェェェェイ!!!』



 フッ



 言いたい台詞だけを吐き捨て、『四柱地獄フォース・ヘルズ』達はその場から一斉に姿を消した。


 途端、静寂と化した一室。モルスは一人茫然とする。

 ゆっくりとソファーから立ち上がり窓辺に向うと、空に浮かぶ満月を見上げた。


「……堂々とキル宣言しおって狂人共が。ひょっとして俺……部下から嫌われている?」


 最高幹部である四名からキル宣言された、モルスは傷心に浸ってみる。

 太古より進化を遂げ、意志を宿すまでになったウイルスにしては繊細な部分があるようだ。



 モルスが見上げる満月の下。


 一羽のフクロウが飛び交う姿がある。

 何故かひたすら王城内を旋回している様子であった。


 その梟には妖しい魔力が宿されている。

 通常の人間の8倍から10倍と言われる視覚情報と集音器並みの聴力が、ある人物と連結リンクしていたからだ。


 王城のとある一室にて、魔道服に身を包む男は監視している。

 男が手に持つ水晶球には、満月を見上げるロカッタ国王の姿が映し出されている。


「――やはりな。ロカッタ陛下には何かあるようだ……」


 大賢者マギウス。

 マニーサの父親であり、今のロカッタに唯一不信感を抱いている宮廷魔術師である。


 彼は密かに思う。

 いくら劇的なダイエットしたからって、普通あそこまで急激に変貌するとは思えないと。

 そもそも何故、身長が伸びるんだ?

 口調も変わっているし、あれほど見識が広い人物ではなった筈。


 ――あれは明らかな別人。


 あるいはロカッタ国王の身体を乗っ取り操る何か。


 マギウスにはそう思えて仕方ない。


 しかし懐刀のムランド公爵といい、他の重鎮達や騎士達が不信がらずに受け入れているのが気になる。

 いくら頼りにしていたイライザ王妃がいなくなり不安がっていたとはいえ可笑しいだろ?


 なまじ周囲に受け入れらえている以上、聡明なマギウスは一人騒ぐべきじゃないと考え様子を見ていた。


 そして今さっきだ。


 王の部屋に招き入れた四人、素性が不明の親衛騎士達である。

 唯一フードを外した素顔は小人妖精リトルフ族の女であり、他の三人は謎だが別々の種族のように見えた。


 ただ四人共、到底騎士とは思えない雰囲気を醸し出している。

 おそらく隠密に特化した者達だろうか。


 ――真の悪魔とは外見や都合の良い甘言で人々を魅了させ、惑わし堕落させると言う。


(あの四人のうち、何者かが強力な魔法を施していたのか? 彼らの会話は聞き取れなかったが……このまま陛下を放置していたら、このグラーテカ王国に災いをもたらすかもしれない。ここはまずメルサナ神殿のレイラ教皇に相談し、あの子マニーサ……いや娘が行動を共にしている『彼』に知らせるべきか……)


 大賢者マギウスは考えていた。


 ちなみに『彼』とは愛娘が想いを寄せ、交際を認めたランチワゴンの店主こと「セティ」のことであることは言うまでもない。


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