いきなりパイロンから、飲食代を払う代わりに「子作りしよう」宣言に、僕は唖然とした。
一瞬、何を言われたのかわからなかったが……。
「い、いきなりわけのわからないことを……まさか
「アタシはセティと子作りしたいネ」
「……だから駄目だって言っているだろ? そうだ、そんなに子作りしたいなら、その辺の男でも誘惑して飲食代分を貰えばいい。それなら僕も受け取れるから」
「嫌ヨ! アタシまだ処女ネ! セティ以外と子作りしたくないヨ!」
「ブーッ!!!」
ドストレートすぎるパイレンの告白に、僕は何も口にしてないのに噴出してしまう。
さっきから話は脱線するわ、急展開すぎてもう何がなんだかわからない。
「なんで飲食代払うだけなのに、そんな頑なになってんだ!? 大切なモノなら、ちゃんと好きな男性に捧げればいいだろ!?」
「確かにセティの言う通りネ。しかし合理的な思考でもあるヨ。セティを『仲間』としてではなく『夫』として迎えれば組織の『龍』達も納得するネ。そうすれば
「夫だと? てことは……子作り=パイと結婚しろって意味か?」
「その通りネ! アタシからのプロポーズであるヨ!」
いや、それも間違っていると思う。
肝心の「愛」が抜けているじゃないか。
「どっちにしたって、
「勿論、ランチワゴンは続けてもいいヨ。アタシ、夫の夢は大切にしたい主義ネ。それにセティとの赤ちゃんなら、絶対に強い子になるに決まっているヨ。アタシが父親以上の最強
僕の夢を大切にしてくれる気遣いは凄くいい奥さんで嬉しいところだけど、まだ見ぬ我が子を
「ねぇ、セティ……子作りしょ? 駄目ぇ?」
綺麗なつぶらな瞳を潤ませ、やたら甘え声で迫ってくる、パイロン。
「え、ええ……それは……そのぅ」
駄目だ。
僕に対して殺意と邪念がない分、すっかり拒否しづらくなっている。
つい押しに弱くなってしまう。
言い方や真意はアレだけど、結婚に関して本気なのが伝わっている。
なんでこんな子が
「「「「ちょっと待ったーーーっ!!!」」」」
いきなり甲高い声が響き渡る。
カリナ、フィアラ、ミリーエル、マニーサの声だ。
四人ともヒナとシャバゾウを置いたまま、物凄い形相で近づいてくる。
「おい貴様ァ! 黙って見ておれば、先程からセティ殿に何を要求しているのだ!?」
「身振りや唇とかの動きで大体のことはわかるんですからね! この不届きな泥棒猫ッ!」
「もう、あたし達のセティに近づかないでよ! いやらしい女!」
「セティ君は敵意のない人には優しいからって、まったく油断も隙もないわね! 下手に攻撃されるより余程ムカつくわ!」
皆めちゃ激昂している。
ブチギレ状態ってやつだ。
たとえ魔法で会話が聞こえなくても、パイロンの要求が彼女達に筒抜けのようだ。
これぞ「女の勘」ってやつだろうか(朴念仁故の他人事)。
パイロンは真っ白な頬をぷく~っと膨らませる。
「グラーテカの勇者パーティ、寄ってたかってなんなのヨ? あたしはセティと子作りするため結婚するネ。その方がヒナも徹底して守れるし、セティも『
言いながらパイロンは僕の腕に抱きつき、べーっと短い舌を出して見せる。
「「「「はぁ? 一度死んでみる?」」」」
こりゃ絶対に止めなきゃ駄目なやつだ。
「ちょ、ちょっと、みんなやめてくれ! そうだパイ、飲食代いらないからモルスの正体だけでも教えてほしい! あとは自力でなんとでもなるからさぁ!」
「駄目ネ! いくら正体を知っても、セティだけの力では『
た、確かにそうだけど……ってことは仮に正体を知っても、僕じゃ斃す術がないっていうのか?
「その口振り……パイロンさん。貴女なら斃せるって聞こえるんですけど?」
パーティの参謀役である魔術師マニーサが問い掛ける。
僕の腕に抱きついたまま、パイロンは頷いて見せた。
「パイでいいネ。その通りヨ。けどアタシの場合、『斃す』というより『封じる』と言った方が正しいネ」
「封じるだと? モルスをか?」
「セティでもこれ以上は言えないヨ。教えてほしいなら、アタシと子作りするしかないネ」
だから子作りって表現はやめてほしい。
まだ素直に「結婚してほしい」とかの方が反応しやすいんだけど。
「……じゃあ、パイ。僕から提案していいかい?」
「なぁに、セティ?」
「僕の仲間にならないか? いきなりじゃなくて互いに時間を掛けて、そういう関係になれるか確かめ合えばいい……その方が合理的というか、自然の流れというか」
「仲間? つまりアタシに、一夫多妻の増員になれってこと? あの子達と一緒に?」
「え? いや、そのぅ……まだそこまでは、僕も男として自信がついてからというか、はい」
あまりにもストレートすぎる問いに、もう何を答えているのかわからなくなってきた。
ぶっちゃければ、その通りなんだけど……。
だけど、パイロンは
きっとトップとして周囲への立場もあるだろう。
「――アタシはいいよ、セティと子作りできるならネ」
パイロンはあっさり乗っかった。
トップとしての立場はないのだろうか?
「い、いいのぅ?」
「もちのロンロンネ~。その代わり、『
「え? う、うん……行くだけであれば……」
おそらく、現倭国の皇帝の暗殺など頼まれるのかな?
話を聞くだけでも明らかに悪い奴だし、それはそれで構わないけど。
僕が嫌なのは、以前のようにどっぷりと暗殺組織に浸かってしまうことだからな。
善良に暮らす人々の幸せのために悪を討つためなら、『死神セティ』に戻っても構わないと思っている。
僕の返答に、パイロンは気を良くして満面な笑みを浮かべて見せた。
「じゃあ決まりネ。貴女達もよろしく。アタシと一緒に夫となるセティを支えるがヨロシ」
パイロンは女子達にも言葉を投げかける。
何気に彼女達を仲間として認めている様子が伺えた。
「ま、まぁ……あれだ。セティ殿がそう仰るのであればだ」
「そうですね。セティさんがお認めになられた女子であれば」
「あくまで、あたし達の夫となるセティを支えるためだからね」
「これぞウィンウィンってやつかしら? それまで抜け駆けは駄目だからね。あともう増員なしよ、セティ君!」
パイロンの屈託な笑顔を前に、流石の彼女達も認めざる得ない様子だ。
基本、みんな優しくいい女子達ばかりだからね。
けど何気に僕との「結婚」を意識しているように聞こえてしまう。
にしても増員って……僕だって予想外のことだし。
僕は恥ずかしさに何度目かの咳払いをする。
いつまでも腕にしがみついている、パイロンを離させた。
「それじゃ、パイ。早速だけど、モルスの情報について説明してくれないか?」
「うん、いいヨ。けど、その前にアタシと戦いましょう、セティ」
「戦う、どして?」
「まずはアタシのスキルを知ってもらいたいからネ。その方が後々の説明や対策も立てやすい筈だヨ」
なるほど一理あるか。
《転移スキル》を持っていた
確かに知っておく必要がある。
「わかった。模擬戦でよければ、一戦交えよう」
こうして僕は承諾し、パイロンと戦うことになった。