「アルタの蜂起」から三ヶ月が経過した。
僕達はランチワゴンの営業で各国を回る傍らで、
絶対に殺せない存在、いや殺しきれない存在と言った方が正しいのか。
その場で斃しても、また別の身体を得て僕の前に現れる。
奴のアイデンティティと自負する『魔剣アンサラー』を手にした状態で……。
まるで悪霊のような存在だが、前回のアルタを見ている限りそうとも言い切れないと思った。
仮にそうだとしたら、神官のフィアラが得意とする神霊魔法で除霊すればいい。
しかしアルタの場合、悪霊に憑りつかれるとは明らかに異なっていたと思う。
現にモルスと身体や意識の半分を共有させ、器用に戦術に組み込んで追い詰められてしまった。
僕にとって切り札と言える『超神速化』を発動させ、なんとか勝てたようなものだ。
モルスが何度、僕の前に現れようと打ち斃す自信はある。
だけど誰かを守りながらだと、いずれ限界が生じるだろう。
ヒナやカリナ達、僕にとって最も大切な仲間であり、唯一の弱点とも言える存在。
すっかり巻き込んでしまったけど、僕は彼女達と歩んでいきたい。
スローライフを目指すためにも、モルスと決着をつけなければならないと考えていた。
「……暗殺組織ハデスのボス? 兄ちゃん、随分と物騒なことを聞いてきたな。俺ら情報屋だって触れてはいけないタブーだぜ」
とある国の闇市、酒場にて。
最近の僕はランチワゴンの営業を終わらせてから立ち寄り、モルスに関して情報屋を訪ねていた。
時折、僕を襲ってくる組織の
幹部級の連中でさえ、今のモルスがどんな姿で何をしているのか把握してないようだ。
したがって内部が駄目なら外部からという発想で、こうして訪れたわけである。
この後、ドヤ街も顔を出す予定だ。
「じゃあ質問を変えよう。最近この国で不可解な事件とかはないのか?」
「不可解そうな事件はないが、よく怪しい余所者は出没している。さも検問を通さず裏ルートから入国したぞっていうワケありそうな連中だ」
「ワケありそうな連中?」
「明らかにグランドライン大陸の人間じゃない。ありゃエウロス大陸の連中だと思うぜ」
「エウロス大陸……倭国とか?」
「そうそう、マント越しだが『
エウロス大陸の暗殺組織、『
ヒナの命を狙っている連中だ。
ボスである『
クソッ……そうなったら、モルスどころじゃなくなってしまう。
これからは
万一は僕だけでもエウロス大陸に潜入し、ヒナを狙う依頼者である『倭国の王』を始末するべきか。
流石に彼女達は連れて行けないからな。
僕は情報屋に「ありがとう」と言葉を発し、金貨1枚を手渡した。
それからドヤ街に訪れ、浮浪者達に似たような質問をする。
やはり
僕はランチワゴンのあるテントに戻った。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん!」
ヒナは僕の腰元に飛びついて出迎え入れてくれる。
誰かが待ってくれていると思うと、つい気持ちが緩み嬉しくなってしまう。
僕は愛しそうにヒナの頭を優しく撫でた。
「ごめんよ、しばらく留守にして……何かお土産でも買ってくれば良かったかな?」
「いいよ。セティお兄ちゃんがこうして無事に戻って来てくれたんだから。それに何事にも節約でしょ?」
えへへと笑顔を見せながら、ヒナが言ってくる。
九才にしては随分と堅実しっかりしていると思う。
けどヒナじゃないけど最もなんだよなぁ。
前回、神聖国グラーテカグから報奨金を貰ったとはいえ、無駄使いはできない。
あくまで自営業だし、国によって売り上げの変動もある。
不景気国に行ったものなら赤字になることさえあるんだ。
ヒナじゃないけど、貯蓄はできるうちにしておいた方がいい。
そんな庶民の僕が王族や貴族のような一夫多妻制を目指そうなんて夢のまた夢であるわけで……。
ましてや彼女達と――。
「おかえり、セティ殿。お腹は空いておられぬか?」
「セティ~、夜食できてるよ~。みんなで食べよう、ね?」
「賄い物ですが、わたしの愛情が込められているので、ささどうぞ……セティさん」
「フィアラったら……何気にアピールして。まったくしょうがないわね。そう思うでしょ、セティ君」
カリナ、ミーリエル、フィアラ、マニーサの四人がテントに入って来る。
みんな荷馬車であるランチワゴンで、僕のために夜食を作っていたようだ。
「わかったよ、みんな……ありがとう。ヒナも食べるかい?」
「ううん。ヒナ、お腹空いてないから、シャバゾウと寝ているよ」
ヒナは首を横に振って、僕から離れる。
既に隅の方で寝ている幼竜のシャバゾウと同じ寝袋に入り横になった。
なんとも微笑ましい絵面でほっこりする。
「わかったよ。おやすみ、ヒナ」
僕は微笑み、誘ってくれた彼女達と共にテントから出た。
ランチワゴンの前にて、みんなで焚火を囲って夜食を食べる。
ふと偽勇者だった頃を思い出してしまった。
僕が感情を取り戻す、きっかけを与えてくれた大切なひと時。
しかし、彼女達を欺いていたことに変わりない。
けど今は違う。
僕はセティとして、彼女達と向き合えている。
それが何より嬉しく、こんな僕を受け入れてくれた彼女達に感謝でいっぱいだ。
「冒険者ギルドでも大した情報は得られなかった……やはり我らにとって暗殺組織は専門外のようだ」
冒険者であるカリナが報告してきた。
彼女達もそれぞれ僕に協力する形でモルスの正体について探りを入れてくれている。
ギルドの情報網でも
当然と言えば当然なのだが。
「ありがとう、カリナ。けど無理はしないでほしい。ギルドの中にも
「それを見越した上での探りよ、セティ君。どうせ私達のことも顔バレしているでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
マニーサの返答に僕は言葉を詰まらせる。
顔バレしても彼女達が直接狙われてないのは、モルスが僕との約束を守っているからだ。
その約束は今も継続されているようだ。
だが所詮は
少し都合が悪くなれば手のひらを返しされ兼ねない。
こうして白昼堂々と探りを入れているにもかかわらず何事もないところを見ると、モルスが悠々と暗躍しているに他ないだろう。
つまり僕達は何一つ進展してない証拠だ。
唯一のヒントと言えば常にモルスが所持する『魔剣アンサラー』だが、追撃能力がある以外はよくわからない。
時折、見た目と能力をコピーしたような偽物の剣を見かけるけど、それがモルスの存在とどう絡んでいるのか謎が多すぎる。
「とにかくみんな、無茶だけはしないでくれよ。いくらキミ達が強いからって相手はどんな汚い手でも平気で使ってくる、
「わかっています、セティさん。けど、わたし達とて少しでも貴方のお役に立ちたいのです」
「フィアラ……」
「そっだよ、セティ。みんなで楽しく過ごすためにも頑張らないとね~」
ミーリエルの屈託のない笑顔に、僕は瞳を細めゆっくりと頷いた。
もし一人旅なら、こんなに前向きな気持ちにはならなかっただろう。
きっと、こそこそと
生活は決して楽とは言い切れないけど、彼女達が一緒なら何とかなると思えてしまう。
不思議なものだ。
翌日の昼頃、大通り付近の公園でランチワゴンの営業を開始した。
「いらっしゃいませ~! ランチワゴンにようこそ~!」
相変わらず露出度の高いメイド服を着た美少女達の接待で客は男達が多い。
何目的なのかは一目瞭然だが、それもお客様は神様に変わりないので、僕は注文通りに調理を作る。
大盛況であり喧騒で賑わいを見せていた、そんな中だ。
「やい、ネェちゃん! もういっぺん言ってみろ!」
いかつい冒険者風の男達がテーブル席から立ち上がり騒ぎ始めた。
男達の前には、白髪の長い髪を三つ編みにした美しい容貌をした小柄な少女が立っている。
僕は調理場から少女の姿を覗き込み、思わず見入ってしまった。
「あの子が着ている服……白い
そう。
色違いにせよ、あの