目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第45話 スローライフを目指します

 元勇者アルタが巻き起こした前代未聞のクーデターは、後に「アルタの蜂起」として歴史に刻まれることになる。


 そんな神聖国グラーテカの闇市。

 とある街角に『便利屋』と称した、暗殺ギルド支部が存在していた。

 嘗て暗殺組織ハデスが取り仕切っていた場所であったが「アルタの蜂起」以降、テロ組織として認定され、その後は軍隊に押し入られ壊滅されている。


 だがそこは氷山の一角であり、闇の世界は深淵であり計り知れない。



「しばらくグラーテカじゃ表立って稼業ができないねぇ」


 夜陰に染まった廃墟の館、暗殺ギルド支部にて。


 場にそぐわない幼い少女が佇んでいた。

 華やかな民族衣装纏い、茶色の長い髪を三つ編みにした可愛らしい幼女。

 とんがり帽子を被り、両耳が若干尖っている。


 少女は小人妖精リトルフ族のパシャ。


 一見、幼い少女に見えて、実は立派に成人した女性だった。


 さらに――


「……パシャ姐さん、こんなところにいたんっすか?」


 もう一人の小人妖精リトルフ族であり少年風の男、ポンプルが入ってきた。


「ポンプルかい? ボスは約束を守ってくれたようだねぇ……アタイのアレ・ ・は大事に持っているかい?」


「うぃす、問題ないっす!」


 ポンプルは素直に頷き、上着を捲って見せてくる。

 小人妖精リトルフ族だけに、幼い見た目の割には毛深い。

 その体毛から浮き出される形で右側の胸部に、歪な形をした塊が埋め込まれており、鼓動の如く脈を打っていた。


「パシャの姐さんの『心臓』っす。ボクがこうして体内に宿すことで、姐さんは不死身なんすよね?」


「そうさ……アタイの恩寵ギフトスキル《|歪空間領域《ディストーション》》で、自分の『魂』を抜き取りアンタに移植しているのさ。それが無事な限り、たとえ肉体が切り刻まれようとも《|生体機能増幅強化《バイオブースト》》で何度でも復活できる。誰もアタイを殺せやしない」


「二つのギフトを同時に使いこなせるなんて、姐さんとんだバケモノっす」


「ボスの子供達なら誰でも《|生体強化《バイオブースト》》は使えるよ……但し、『超神速化』で時を止められるのは『死神セティ』だけ……それ故に、奴は最強と謳われているのさ」


「落ちこぼれのボクにはわからない世界っす。パシャの姐さん、この『心臓』返した方がいいっすか? 今回のことでボクもセティに目をつけられているっす。あいつ見た目が愛くるしい少年だろうと容赦ねぇっす」


「自分で言うかねぇ……ポンプル、まだアンタが持っておきな。アンタは暗殺者アサシンとしては駄目っ子だけど《悪運》という天性のスキルがある。アルタの件で証明されているだろ?」


「わかったっす……しばらく身を隠すっす」


「――いいや、駄目だ。『お漏らしポンプル』よ。貴様には次の任務を与える」


 暗闇から声が聞こえた。


 二人が振り向いた先に誰かが立っている。

 割れた窓から漏れる月明かりに照らされた男の姿だ。


 小柄だが相当太った恰幅であり、全体が丸々としている。

 身形は良く華やかで高級な衣装に身を包んでいた。

 まるで王族のような出で立ち。

 だが背中には歪な形をした両手剣バスタードソードが装備されている。


「アンタ、ボスかい? 今度はその姿になったんだね……つーか、誰それ?」


 平静なパシャに比べ、ポンプルは身体を小刻みに震わせるほど驚愕し戦慄している。


「お前、いや貴方様は……ロ、ロカッタ国王?」


「その通りだ、ポンプル。これが新しい俺の肉体だ」


 ロカッタことモルスは背中から『魔剣アンサラー』を引き抜いて見せる。


「よく国王の身体を取り込んだねぇ? そいつもアンタの保菌者キャリアだったのかい?」


「そうだ。グラーテカに婿入りした時からな。この『魔剣アンサラー』を見せて触れさせれば、保菌者そいつが次の感染者『モルス』となる。だからアルタには常に傍にいさせるよう指示していたのだ。いつアルタが斃されてもいいようにな」


「なるほどね……大方、その『魔剣』がウイルスの感染経路ってわけだね?」


「そういうことになる。二人以上の俺が存在すると、それだけ力を分散されることが弱点だからな……一人斃されたら、次の保菌者キャリアに転移される形となる」


「ウイルス? パシャの姐さん……何を言っているんっすか?」


「ポンプル、お漏らしの貴様に説明する必要はない。密偵鴉から新な指示を送らせるので、どこかの公衆トイレで待機していろ」


「ボ、ボス……お言葉ですが、『お漏らしポンプル』の通り名だけはガチ勘弁してくれっす。ボスのような『千の身体を持つ者サウザンド』とかカッコイイのをお願いするっす」


「駄目だ。《悪運》の恩寵ギフトスキルを持つ貴様にはお似合いだろう。とっとと消えろ、もうじき奴らが来る……」


「奴ら?」


「残りの『四柱地獄フォース・ヘルズ』だ。ひょっとしたら出会い頭で殺し合いになり修羅場と化すかもしれない。なるべくそうならないよう、イライザを寝かしつけてからわざわざ俺が訪れたんだ」


「……ボスの言う通りだよ、ポンプル。アタイの弱点である、アンタがうろうろされちゃ都合が悪い。まぁ、アンタの《悪運》なら逃げ切れるだろうけどね」


「わかったっす。では――」


 ポンプルは頷き、闇の中へと消え去った。


 二人っきりの空間内で、パシャが小さな唇を動かす。


「ねぇ、ボス……セティは保菌者キャリアじゃないの?」


「少し違う。だがセティには新たな『感染源』になってもらう。その為に奴の肉体が必要なのだ」


「……『感染源』、つまり本体ね? 今は本体がいない状態なの?」


「いや存在する……本体がないと新たな保菌者キャリアが創れないからな。史上最強の肉体であるが中古品であることに変わりない。俺には新たな肉体が必要なのだ」


「その為の『死神セティ』であり、アタイ達のようなボスの子供達……アタイは嫌だねぇ、心までアンタに支配されるなんて。こりゃ意地でもセティをアンタに差し出すしかないわ~」


「生死は問わん。必要なのは肉体だけだ……しかしセティは強くなりすぎた。まともな部下達では歯が立たない。お前達『四柱地獄フォース・ヘルズ』の結束が必要となるだろう……その為に賞金を100億Gに引き上げたんだからな」


「わかっているって――ん? そろそろ三人が来るよ。物凄いプレッシャー……既に殺しにくる気満々じゃん。ポンプルを帰して正解だったわ」


 あっさり言うパシャに、モルスは顔を顰める。


「仕方のない連中だ。喝を入れてやらねばなるまい……パシャ、お前は俺側につけ。二人掛かりで戦えば、一人ずつ抑えられるだろう」


「あいよ~」


 モルスは『魔剣アンスラー』を構え、パシャは周囲の空間を歪ませ障壁を創り出す。


「我が最愛の息子セティよ。お前は必ず俺の下に戻る。お前が『死神』である限りな――」





**********



 あれから僕は、みんなの要望通りそれぞれの親へと挨拶しに行った。

 メルサナ神殿のレイラ教皇やウォアナ王国の国王にエルフ族の精霊王は、僕のことを温かく迎え受け入れてくれる。


 各々の親達から「どうか娘のことをよろしく頼む」とお願いされてしまった。

 その背景には、アルタのような男に嫁がせようとしたことへの悔悛であり、これからは娘達が思うようにさせたいという親心からのようだ。


 僕も責任を持って、彼女達を預かり共に行動することを約束した。

 おかげで仏頂面だった、カリナとフィアラとミーリエルも機嫌が戻り笑顔が見られて良かったと思う。


 ここまで進めば、僕もそろそろ彼女達の気持ちを受け止めてあげたい。



 だけど……。



「セティ殿、如何されましたかな?」


 公共の広場でキッチンワゴンの開業準備をしている中、不意にカリナが声を掛けてきた。

 彼女は普段の姫騎士姿ではなく客寄せ用のメイド服姿である。

 ウェストが引き締まって、スタイルも抜群だ。


「いや……みんな、このまま僕と一緒にいて本当に良いのかなって……。これからも僕は組織ハデスに狙われる。そして僕も暗殺者アサシン達を狩りながら、モルスの正体を探り奴という存在を完全に抹殺する血塗られた修羅の道を進まなければならない……モルスがこの世に存在する限り、僕の安息はないと思っているからね。このままみんなを巻き込んで良いものか……」


 彼女達のことが大切に思えば思うほど、このまま共に一緒にいるべきか躊躇してしまう。


「セティ殿、何度も言っているが我らは皆、セティ殿と同じ道を歩むと決意している。たとえ地獄だろうと互いに手を取り合えば希望は見えてくると信じている」


「カリナの言う通りです、セティさん。現にこのメンバーで、あの強大な魔王を斃したではありませんか? きっと聖母メルサナの加護がありますよ」


「そっだよ~! セティは一人じゃない! あたし達が力を合わせれば不可能なんてないよ!」


「それにお父さん達も協力してくれると言ってくれたわ。ミーリじゃないけど、セティ君一人よりも皆で協力すれば、必ず打開策は見つかる筈よ」


 カリナ、フィアラ、ミーリエル、マニーサが僕を励まし勇気づけてくれる。


 そうだ。


 今の僕は一人じゃない。


 僕には彼女達がいる。

 だからこそ、僕は諦めずに戦えるんだ。


 そして彼女達の気持ちに僕も答えていきたい。


 モルスを斃した暁には、みんなと添い遂げることも……。

 きっとそこから、僕が目指すスローライフが始まるんだ。



「セティお兄ちゃん! お姉ちゃん達もお客さん沢山並んでいるよ~!」


「ギャワッ! ギャワッ!」


 ヒナとシャバゾウが両手を上げて営業開始の催促をしてくる。


 その微笑ましい光景に、僕はフッと微笑む。



「いらっしゃいませ。ランチワゴンへようこそ!」




《第一部 完》

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?