眩かった視界が元の光景に戻っていた。
だが屠られた
「セティが消えた!? クソォ、どこにいきや……」
アルタは身を起こし、首を動かして辺りを見渡した。
ぼと
不意に手元から何かが零れ落ちる。
それは『魔剣アンサラー』が握られた右手首だ。
切断された腕の先から鮮血が滝の如く多量に流れ出る。
「あれ? 俺の右手がない……あれ? せ、背中が真下に見えるぞ……どうして」
アルタは違和感を覚えるも何が起こったのかわかっていない。
(まさか斬られていたのか? とっくの前に俺が……)
ようやく気づいた時には遅かった。
アルタは斬首されていた。
ただ胴体の上に首が乗せられているだけの状態。
辛うじて神経が繋がっていた状態で動かしたことにより、頭部がずれてしまったのだろう。
痛みどころか斬られたことすら気づかないほどの刹那。
既に雌雄は決していた。
胴体の断面から血飛沫が吹き出し、アルタの頭部が宙を舞って床へと落ちていく。
塊が転がっていく先に、鮮血塗れのオレが佇んでいた。
全ての力を解放したことで、呼吸が荒く両肩を大きく揺らしている。
「……ハァ、ハァ、ハァ。腹部の血が止まっている……モルスに施された呪術がようやく解けたか」
《|生体機能増幅強化《バイオブースト》》により腹部の傷を塞ぐことができた。
これで出血死は免れただろう。
しかし大量に血液を失ったことには変わりない。
オレはしゃがみ込み、《|生体機能増幅強化《バイオブースト》》を解除した。
「……セ、セティ……テメェ……俺の首を刎ねたのか……この野郎……」
アルタは首だけの状態にもかかわらず、まだ意識を繋げている。
きっとモルスと肉体を共有した影響なのか、どちらにせよ最後の灯火だ。
「ああ……僕がここまで追い込まれたのは初めてかもしれない。その執念だけは心から称賛するよ……やり方は間違っていたけどね」
「……手段なんてどうでもいい……まともに鍛えたってテメェのようなバケモノには永久に届かない……だから俺は満足だ。ほんのひと時でも、セティ……テメェと並ぶことができたんだ……」
アルタなりの覚悟を持ってか。
追い詰められてから力を発揮するタイプのようだ。
だけど、こいつがやらかしたことを認めるわけにはいかない。
「――モルスはいるか?」
「なんだ、セティ?」
意識を失いかけているアルタと異なり、こいつは随分と元気だ。
「お前、どうしてアルタを利用した? 本当は何が目的なんだ?」
「何度も同じことを言わせるな。とっくの前に気づいているだろ? 俺の目的はセティ、お前の肉体だ」
「つまり、アルタのように僕の身体を乗っ取るつもりか?」
「シンプルに言えばそういうことだ。今回は失敗したが、また次の手を考えることにしよう……」
「待て、ボス! あんたの正体はなんだ!? どんな存在なんだ!?」
「教えんよ。いや、いずれわかるだろう……だが理解したことで、この世で俺を殺せる者はいない。たとえ死神だろうと、お前の大鎌では俺の存在を消し去ることなど永久に不可能だ」
まるで肉体など最初からないと言わんばかりの余裕ぶり。
「いい気になるなよ、ボス! 僕は必ずあんたの正体を突き止め屠ってやる……死神セティの名に懸けてな!」
「……せいぜい楽しみにしているよ、セティ。我が最愛の息子よ――」
モルスは捨て台詞を吐き、自ら存在を消失させた。
「セティ殿、無事か!?」
束の間、カリナの声が響き渡る。謁見の間に入ってきた。
後ろにはフィアラとミーリエルとマニーサがいる。
どうやら無事にイライザ王妃を救出してきたようだ。
「……カリナ、見ての通りだよ。けど多量に血を失ってね……しばらく動けない」
「待っていてください、セティさん! 今すぐ回復いたします!」
「ありがとう、フィアラ……いつも助けられるよ」
僕がお礼を言うと、彼女は頬を染めて「当然ですから」と微笑んでくれる。
腹部の傷口に手を当て《回復魔法》を施してくれる。
だけど失った血液は戻らないので栄養を取るしか回復しないだろう。
「セティ……あそこに倒れているのって……」
「ああ、ミーリ。アルタだよ……僕が斃した」
「そう……本当にバカな男。もう少し勇者らしくしてくれたなら……私達だって見方が変わっていたかもしれないのに……」
マニーサは眼鏡越しで悲しそうな眼差しで、アルタを見つめている。
「……カリナ、フィアラ、ミーリ、マニーサ……お、俺の女……返せよぉ、セティ……返してくれ……」
まだ生きているのか、アルタ。
しぶといと言いたいが、既に意識は朦朧としている様子だ。
「アルタ……貴様は本当に自分勝手だな。我らはモノではない! 自分の生き方は自分で決める! その答えがセティ殿と共に歩むことと決めているのだ!」
「セティさんと一緒にいたい。それが、わたし達全員の意志であり全てなのです。貴方のことは最初から微塵も思っておりません!」
「だから勘違いしないでよねぇ、アルタ。あたし達は、みんなセティが大好きなの!」
「次に生まれ変わったら真人間になれることを期待するわ……私達はセティ君を支えながら一緒に生きていくから。じゃあね、さよなら」
みんなは僕の身体を支え立たせてくれる。
それぞれの想いを最後の言葉として告げていた。
政略とはいえ、嘗て勇者アルタの婚約者達。
やはりアルタは彼女達を僕から取り戻したかったのだろう。
たとえ悪魔に魂を売ってでも……。
その成れの果てが今のアルタだ。
「…………クソッ」
アルタは最後の言葉を残し白目を向いて、完全に意識を消失した。
「終わったようだ……」
僕は呟き何故か力が抜けたような侘しさを感じている。
別にアルタの死を悲しんでいるわけじゃない。
あくまで自業自得の末路だ。
けど考えてみれば、これまで孤高の
一度たりとも分かり合うことのない奴だったけど、互いに奇妙な共通点はあった。
――偽物の勇者同士。
だからアルタは『本物の勇者』になりたかったのかもしれない。
言葉の節々にもそのような台詞が聞かれていた。
きっと『本物の勇者』になることで、失った婚約者達を取り戻せると思ったんだ。
(……アルタ。僕は『本物』になろうとは思わない。けど僕のやり方で、彼女達を幸せにしてみせる。あの世で恨めしく思うなら勝手にそう思うがいい)
僕は生きて大切な人達と共にスローライフを満喫する。
ただそれだけだ。
間もなくして、イライザ王妃が謁見の間に訪れた。
食事を与えられなかったのか、どこかやつれて見える。
「ロカッタ!」
「イライザちゃ~ん、うわぁぁぁぁん!」
二人は駆け出し互いに抱きしめ合っている。
部外者の僕にはわからないが、今回のことで夫婦としての絆が深まったように見えた。
これで神聖国グラーテカは問題ないだろう。
アルタが企てた乗っ取り計画も無事に阻止できたというわけだ。
「それじゃ僕達はこれで……」
僕は女子達に支えられ、部屋から出ようとした。
だがある重大な事に気づき、後ろを振り向く。
そこにあるべきモノがなかった。
「どうしたのだ、セティ殿?」
カリナが首を傾げる。
「……魔剣アンサラーがない。また消えた……ボスめ。やはり僕じゃ奴を斃せないのか?」
次に会う時はどんな姿をしているのだろうか。
どうやったら奴を殺せるんだ?
延々と繰り返される、血塗られた「殺しのループ」に僕は迷い込んでいる。
きっと、この先も
僕は凄惨な現場から目を反らし、美しい四人の女子達に視線を向けた。
彼女達は健気に僕の身体を懸命に支えて、共に前を歩いてくれている。
ぎゅっと胸が熱く締め付けきた。
(それならそれで構わない……大切なみんなを守るため、僕は何千回いや何万回だろうと、ボスと戦うまでだ!)
僕はそう固く決意し誓いを立てた。