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第39話 闇に墜ちる元勇者

「ああ!? なんで『玉璽ぎょくじ』持ってねーんだよぉ!? テメェ、豚でも国王だろーが!」


「……本当です、アルタ。父上はロカッタを1ミリも信用していませんでした。退位後も手放すことなく、父上が持っている筈です。生まれて来た子供に直接引き継がせると言っておりました」


 イライザの証言で、アルタの顔色が変わる。


 前国王のアルロスは遥か遠い辺境の地で僧侶として、妻と共に隠居生活を送っていると聞いていた。

 片道三日は掛かってしまう距離だ。


「面倒くせぇ! オメェら、いっちょ親父を拉致ッて来い!」


 アルタは愚痴りながら数人の暗殺者アサシン達に指示する。


「イライザ! テメェの首は一端預けるぜ! しばらく牢獄に行っとけぇ!」


「アルタく~ん! イライザちゃんを牢屋に入れるなら、僕も一緒に頼むよ~ん!」


「いいや駄目だ、ロカッタ! テメェはもう少し国王の傀儡を演じてもらうぜ! ムランドを含む側近共も下手な真似をしたら、速攻でイライザをキルするからよろしこ~!」


 アルタのチャライ言葉に、ロカッタ国王とムランド公爵を含む重鎮達は頷いて見せる。


(と、とりあえず時間稼ぎにはなったか……イライザ王妃を失えばグラーテカは確実に終ってしまう)


 智将と知られるムランド公爵は心の中でそう思い安堵する。

 あのヘタレ王子のアルタが、まさかあれほどまで腕を上げるとは誰も想像つかなかっただろう。


「……ここまで来て焦る必要はねぇ。国王にさえなりゃ、俺の天下なんだ。もう二度と誰からも舐められねぇ……舐められてたまるか、セティ!」


 アルタは暗殺者アサシン達に連行されて行くイライザの後ろ姿を眺めながら独り言を呟いている。

 無意識に、この場にいないセティの名を口ずさみながら。




 三日後。


 元国王のアルロスが鎖に繋がれた状態で、謁見の間に拘引された。

 辺境の地に隠居していたにもかかわらず日数は経っていない。

 おそらく暗殺組織ハデスに属する暗殺者アサシン達の俊足が故だろう。


「久しぶりだな~、パパァ、いや親父ぃ~! てか、その頭なんなの?」


 アルタは玉座に腰掛け足をふてぶてしそうに組んだまま尋問している。

 彼の隣には下僕のポンプルと現国王のロカッタが立っていた。


 その勘当した息子の前で、拘束されたまま跪いる嘗ての国王アルロス。

 みすぼらしい修道服ローブを纏い、嘗ての威厳を感じられない。

 長い白髭は健在だが、頭頂部の髪を剃っており鉢巻のような「トンスラ」ヘアとなっていた。


「……アルタよ。今のワシは親として、お前の甘やかしてきた罪を償おうと、こうして神に仕える身となったのだ。お前が思うような華やかな隠居生活などしておらん!」


 アルロスは顔を上げ、これが愚息を生んだ親の末路だと言わんばかり言い放つ。


「ケェッ、どうでもいい! ママ、いやお袋はどうした?」


「……死んだ。お前が国を去った後、傷心のあまり自害した。イライザはそのことを知らん……ワシと共に隠居していると今も思っているだろう」


 自ら隠居を望んだのも、これから国を支える娘に負担を強いられたくないという、せめての親心か。


 しかし息子であり最も寵愛されていたアルタは、平然とした態度で床に唾を吐き捨てる。


「所詮、この世は弱肉強食だ。弱ぇ奴から真っ先に死ぬんだよ、心も身体もな。親父、俺はテメェに追放されそれが嫌ってほど学び強くなった……そういう意味じゃ、テメェには感謝だ」


「アルタ……お前は本当にアルタなのか? ワシにはそうは思えん! 貴様は誰なんだ!?」


「半分は正解で半分は大ハズレだ。俺はアルタ・フォン・ユウケイン。神聖国グラーテカの正当な王位継承者だ! 同時に最強の千の身体を持つ者サウザンドでもある!」


「サ、サウザンドだと? 何を言っているんだ?」


「わからなくて結構だ! それより親父、『玉璽ぎょくじ』は持って来ただろうな!?」


「ワシは持っておらん!」


「嘘つけ、コラァ! 姉ちゃんから証言得ているんだぞ! 嘘つくとイライザごとキルすんぞ!」


「本当だ! ワシはもう国王ではない! したがってメルサナ神殿に預けてあるのだ! 教皇レイラが厳重に保管してくれている!」


「メルサナ神殿の教皇……フィアラの母親か? んだよ……結局、国内にあるじゃねーか、面倒くせぇ!」


「しかし、レイラには正当血筋を引く次期国王に渡すように頼んである……アルタよ、お前は血筋だろうと勘当された身だ。既に王位継承権はないし、そもそもレイラは娘の件でお前のことを嫌っている……たとえ土下座しても渡してくれぬだろう」


「フン、ある場所さえわかりゃいいんだよ。欲しいモノは奪えばいい。『玉璽ぎょくじ』さえありゃ、後は現国王のロカッタから引き継ぐって形で他国は納得するしかねぇだろ? 少なくても徒党を組み俺を討つっていう口実にはならねーよな? そうだろ、ムラハンド!」


 アルタは大声を出し、壁際に佇むムラハンド公爵に問いかける。


「仰る通りです、アルタ様……その為に、ロカッタ陛下を脇に置いてらっしゃるのですね?」


「まぁな。この豚は食い物が傍にありゃ無害だ。あと愛しのイライザを人質にしている段階じゃ、俺の言う事を聞くしかねぇだろ、国王様よぉ?」


「ブ、ブヒィ……食事はおやつ込みで1日10食は必要なんだなぁ。イライザちゃんも生かしてくれるなら、アルタくんに忠誠誓うんだよ~ん」


「10食も食うのかよ……やっぱ豚だな。テメェの忠誠なんていらねぇ。復讐のケジメとしてイライザは殺す。剥製にしてやるから、そいつを大事にしときな」


「アルタ! 貴様、実の姉を殺すなど……ここまで愚かな男だったとは!」


「愚か者か……以前の俺ならガチでそうだったな。だが今は違う! ゼロ以下から、ここまで成り上がったんだ! もう誰も俺を馬鹿にすることはできやしねぇ! あのセティさえもな……テメェら、親父を立たせろ!」


 アルタの指示で、部下の暗殺者アサシンはアルロスを立たせた。

 薄ら笑みを浮かべ玉座から立ち上がり、『魔剣アンサラー』を引き抜き近づいてくる。


「ア、 アルタ……貴様ァ、何をする?」


「……もう誰も俺を無能だの馬鹿にすることはできやしねぇ。親父ぃ、テメェで最後だぁぁぁ! 死にさらせやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 アルロスに向けて微塵の躊躇することなく、刃が振り下ろされた。


「ぐあぁぁぁ、アルタァ、貴様ぁぁぁぁぁ!!!」


「ブヒィィィ! アルタくんが義理父おとうさんを斬った!? 斬り殺したぁぁぁぁぁ!!!」


 ロカッタが悲鳴を上げ、ムハランド公爵と重鎮達が騒然となる。


 アルタは父親の亡骸を片足で踏みつけ、周囲に向けて魔剣を掲げた。


「うっせぇ! 親父だろうと、俺を舐める奴は全員こうなる! 覚えておけ! ポンプル、オメェはここで待機して、こいつらを見張っていろ! 部下の半数は置いて行く!」


「アルタの兄貴、どこに行くんすか?」


「決まっているだろ、メルサナ神殿だ! 教皇レイラから『玉璽ぎょくじ』を奪う! ギャハハハハハ!」


 アルタは高笑いしながら答え、50人の暗殺者アサシン達を引き連れて部屋から出て行った。


(実に良い狂いっぷりだ、アルタよ。だが何者かに上手く誘導されている感はあるがな)


 半身であるモルスからの思念に、アルタは顔を顰める。


(なんだって、モルス? 何が言いたい?)


(いや、なんでもない……その手で父親を殺めた以上、お前が良心に目覚めることはあるまい。これで安心できたと言っている)


(ハッ! んなもん最初っからねーよ! 今まで弾けるきっかけがなかっただけさ! どんな手を使ってでも俺は必ずグラーテカを手に入れて見せる! そうすりゃ、アンタも半分は国王になれるってもんだろ? なんならこの国を|組織《ハデス》の拠点にしても構わねーぜ!)


(……なるほど、それは楽しみだな)


 モルスは台詞とは裏腹に、どこか冷めた印象を受けた。

 別に国盗りなど興味はないといった口調に、アルタは双眸を細める。

 こうして融合を果たし超人的な力を得たのは良いが、果たしてモルスという存在が何を目的にしているのか、その本心がまるで読めない。


 ただ一つ共通している点は、互いに『死神セティ』に異様な執着を示している点だろうか。


(まぁ、こうして身体を共有している限り、モルスが俺を裏切るとは思えねぇ……)


 アルタは疑念を過らせつつ、それ以上は深く追求することを止めた。


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