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第38話 偉大なる愚鈍王

 憤怒するアルタの号令で、後ろに控えていたポンプルを含む100名の暗殺者アサシン達が身を乗り出した。


 聖騎士達は「国王と王女を守るぞ!」と意気込み身構える。

 その数は30名と、いくら屈強を誇る騎士達とはいえ明らかに不利な状況だ。


「アルタ王子……いや逆賊アルタ! 貴様に一騎打ちを申し出る!」


 ユウーロが単独で前に出てきた。


「んだぁ、一騎打ちだとぉ? この寝取り野郎が……テメェ、王族である俺様を呼び捨てにするとはいい度胸じゃねぇか。ああ!?」


「臆したか、アルタ! 相変わらず自分では戦えない腑抜けか!?」


「テメェ……俺はもう以前の俺じゃねぇ! ドブ糞ぇ底辺から這い上がってきたんだ! 城でぬくぬくしているテメェらと一緒にすんなよ! 上等だぁ、コラァァァ!!!」


 アルタは挑発に乗り、形相を歪めながら単独で歩き出した。

広々とした謁見の間中央でユウーロと対峙し、歪な鞘から『魔剣アンサラー』を引き抜く。

 空間を歪ませるほどの禍々しい邪気が剣身を包み込んでいる。


(アルタめ、すぐに感情的になりおって。まぁ、負の感情を漲らせているのは良いことか……それに、あの程度の相手に警戒するほどでもあるまい)


 半身を共有するモルスは思念で呟き、アルタに委ねることにした。


「行くぞ、アルタ! 貴様を討ち取り、裏切ってしまった陛下への詫びとする! その後で、私はいくらでも処罰されよう!」


 ユウーロも鞘から剣を抜き構える。

 彼は王妃を寝取る大胆不敵な騎士でこそあるが、本来なら神聖国グラーテカでもトップクラスの剣技の持ち主と評価されていた。


 元王城で暮らしていたアルタとて、ユウーロの実力は知っている。

 だが決して臆することはない。


「うっせーな。とっとと掛かって来いや、ナンパ騎士さんよぉ」


 それどころか、先程まで怒りに身を委ねていた者とは思えないほど落ち着きを見せ、寧ろ余裕の笑みすら浮かべている。

 モルスと融合したことで、感情の切り替えも未熟だった以前と異なり容易にできるようになっていた。


 一拍後、先にユウーロが踏み込む。


「うおぉぉぉぉぉっ!!!」


 鍛錬された鋭い剣閃が、アルタの首元に迫る。



 ガッ!



「バ、バカな!?」


 ユウーロは驚愕した。


 アルタは放たれた剣刃を指先で摘まむ形で押さえ「白刃取り」を披露したのだ。

 それは嘗て自分の婚約者を奪った男、『死神セティ』が見せた技である。


「鍛えた自慢の剣をこういう形で防がれるとショックだろ、ユウーロ? 俺なぁ、にこれ以上の屈辱を受けたんだぜ……こんな風になぁ!」



 バキィン!



 アルタは剣を離すと同時に拳を叩き込み、剣身を両断した。

 これもセティにされたことだ。


「なっ!?」


「返すぜ、と同時に――ドーン!」


 折った剣身をユウーロに向けて投げつける。

 刃は高速に回転して、そのまま頭頂部へと突き刺さった。


「ぐふっ……イライザ様……」


 ユウーロは剣が刺さったまま、頭部や鼻腔そして口から血液を垂れ流して、その場で倒れ伏せた。


「ユウーロ!」


 イライザが真っ先に名を叫んだ。

 不貞にせよ、ユウーロが想う愛情は本物だったと彼女も理解している。

 互いの了承があったとはいえ、王妃という立場をわきまえず起こした軽率な行動が一人の聖騎士の人生を狂わせたのは事実であった。


「へへへ。一度、剣技自慢の相手にやって見たかったんだ……見たか、死神セティ! 今の俺はめちゃ強いぞ! 貴様と同等……いやそれ以上の力を得たんだぁ!! どうだ、セティ!!!」


 アルタはこの場にはいない者の名を叫んだ。

 あえて『魔剣アンサラー』を使わなかったのも、セティを意識したからだ。


 ――自分に成り代わっていた偽物の勇者。


 美しき四人の婚約者を奪い、次期国王の地位を奪った男。


 ちくしょう、ムカつくぜ……しかし強い! 強すぎる!

 そこは嫌でも認めなくてはならない!


 あんなバケモノ、いくら鍛えても永久に勝てない。一時そう思い絶望した。


 だが今は違うぞ!


 アルタは間違いなく、セティと同じ境地にいる。

 グランドライン大陸の裏社会を牛耳る、暗殺組織ハデスのボスことモルスと融合することで魔力と肉体が大幅に強化されたのだ。


「オラァ、糞共! これでわかったろ!? テメェら、聖騎士共を皆殺しにしろ! それからロカッタとイライザを俺の前に連れて来い! 邪魔する奴は容赦するなよ!」


 アルタの指示で、暗殺者アサシン達は無言で行動に移す。

 聖騎士達も応戦するも何分、数が多く手練ればかりだ。


 あっという間に全員が討ち取られ、謁見の間は制圧されてしまった。


 アルタの望み通り、国王のロカッタと王妃のイライザが配下達により引きずり出される。

 二人は実弟の前で平伏す形で両膝を床に着き、互いに身を寄せながら蹲っていた。


 アルタは『魔剣アンサラー』を翳し、二人に向けて切先を翳した

 唇を吊り上げ、不敵に微笑む。


「いいザマだな、糞豚のロカッタに姉ちゃん……いや、イライザ! まずはテメェから殺すぜ! 覚悟せいや!」


「待ってくれ、アルタくん! イライザちゃんを殺さないでくれ! 僕の首を刎ねれば、必然的にキミが王位を継ぐことになるだろ!?」


「ロカッタ……貴方というお人は……ごめんなさい。ごめんなさい……ううう」


 過ちを犯した妻に対して身を挺して庇う夫の姿勢に、イライザは心を打たれ涙を流し謝罪し続ける。

 生き残った周囲の重鎮達も「なんて情の深いお方なのだ……グレート・ザ・ピッグ」と、これまで食い気ばかりの愚鈍王と罵っていた心境が変わっていた。


 アルタはそんな姉夫婦の前で「チッ」と舌打ちをする。


「駄目だな、ロカッタ。婿養子であるテメェの首を刎ねたところで、俺にとって何一つ得はねぇ! だがイライザ、女であるテメェに王位継承はねぇが子供が生まれ男なら、そいつが王位を継ぐ可能性が高い! 剥奪された俺が再び王位継承を得るには『ユウケイン』の血筋は全て絶たなければならねぇ、違うか!?」


「……わかりました、アルタ。どうか私の首を刎ねてください。それがロカッタを裏切った、わたくしの贖罪です」


「イライザちゃ~ん!?」


「これでいいのです、ロカッタ……わたくしが最も愚かな女でした。己の性を呪い、貴方を利用し、忠誠心の高いユウーロまで憂さ晴らしに利用して……全て自分が招いたこととはいえ、ようやく貴方への愛に気づくなんて……今更ながら、わたくしも貴方を愛しています。愛しています……ううう」


「……イライザちゃん」


「あ~あ、うっせーな。他でやってくんない? どの道、テメェは終わりだ、イライザ。この世は建前ばかりで平等じゃねぇ。テメェがやらかした素行を愚民共が知れば、それ見たことかと言わんばかりに燃え広がり炎上し非難の的となる。それはテメェが女だからだ。それが今の時代なんだからな! この復讐劇に救済は認めましぇ~んってな!」


 アルタは言葉を吐き捨てながら、魔剣を高々と振り上げる。

 そのまま、イライザの首に向けて斬りつけようと狙いを定めた。


「待たれよ、アルタ殿下!」


 謁見の間中に響く男の声。


 アルタは声の方向を振り向くと、白髪で初老風の貴族が前に出て立っていた。

 彼のことは良く知っている。


「……テメェはムランド公爵か?」


 神聖国グラーテカの懐刀として知られる重鎮である。

 さらに嘗て、アルタの教育係でもあった。


 ムランドは臆することなく頷いて見せる。


「今イライザ王妃を殺めるのであれば、我らも含め国内の誰も貴方を『王』とは認めないことでしょう。仮に暴力で国を治めたとしても、到底長続きなどいたしません。この事を隣国であるウォアナ王国に知られれば、攻め込まれる口実になるのではありませぬか?」


 ウォアナ王国は元婚約者であるカリナの母国だ。

 姫騎士である彼女同様、強国として知られている。

 今でこそ同盟を結んでいるがアルタが略奪という形で強引に王都なった場合、その均衡が崩れてしまい、すぐさま侵略される口実を作ってしまい兼ねない。


 理由は単純、アルタは隣国の王からも嫌われているからだ。

 それは一方的に婚約破棄された本人が一番理解していることである。

 下手をしたら他の国々や元婚約者達の親が徒党を組んでしまうかもしれない。


 仮に戦争に発展した場合、今の戦力ではとても勝てる道理はない。

 現にアルタが指示できる暗殺者アサシンはせいぜい幹部以下の低レベルの者達ばかり。

 奇襲こそできても、総力戦では敵う筈もない。


「……何が言いたいんだ、ムランド?」


「まず正当な形で王位を継ぎ即位する必要があります。それには国王の『玉璽ぎょくじ』による調印が必要となりましょう」


玉璽ぎょくじ? つまり国王の印鑑ね。よし、ロカッタ、今すぐ持って来いや!」


「ごめ~ん、アルタく~ん。僕ぅ持ってないよ~ん」


「ああ!? なんだと、この豚ぁぁぁ!?」


 平和そうな口調で言ってくるロカッタに、アルタは憤怒した。

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