時は少しだけ遡る。
「よぉ、兵士共~ッ。真の国王様のご帰還だぜ~、とっとと平伏しろ!」
神聖国グラーテカの領土にて。
母国へと戻ってきたアルタは、下僕のポンプルを連れて入国を果たしていた。
現在、王城の前で門番の兵士達に向かって白昼堂々イキっている。
兵士達は「なんだと、貴様?」と呟き眉を顰めた。
目を凝らして若者を見入っているも、誰もアルタだと気づけないでいる。
まさか勘当された自国の王子がしれっと戻って来たとは思う筈もない。
それに装いと身形は勿論、漂わせる雰囲気は嘗てのチャライだけのバカ王子とは明らかに異なっている。
したがって検問にも引っ掛からず、すんなりと入国できた経緯があった。
「ま、まさか……アルタ王子?」
一人の兵士がようやく気づき始める。
「やっとわかったのかよ。わかったんなら、とっととそこを通せや! コラァ!」
「なりませぬ」
「あん?」
「前国王であるアルロス様から、貴方様を通してはならぬと言われております。どうかお引き取りを」
「あっそう――なら死ね」
アルタは胸元の
「ぐぇ?」
兵士は何をされたのか理解できず、そのままうつ伏せで倒れ込む。
「何をされますか! アルタ様!?」
「ご乱心ですぞ!」
「うるせーぞ、糞雑魚共がぁ! 俺の言う事を聞けねー奴は全員殺す! そうだろ、テメェーら!」
アルタは腰元から歪な形をした鞘に納められた
同時に彼の背後から、漆黒のローブを纏った者達が一斉に姿を見せた。
その数100名はいると思われ、あまりにも大世帯で列を成している。
どれもフードを深々と被り顔はわからないも、全員が何かしらの武装をしていた。
この者達は全員、暗殺組織ハデスに属する
アルタはモルスと身体を共有したことで、事実上ハデスのボスとして指令を下すことができるようになったのだ。
もう落ちぶれた元勇者はそこには存在しない。
グランドライン大陸を支配する裏社会のトップとして成り上がったと言っても過言ではないだろう。
「――行くぞ、テメーラ! このまま突破して王城に乗り込むぞ! 逆らう奴は構うことはねぇ、全員殺せぇ! 女は犯してやるから、見つけたら俺によこせぇ!! ヒャハーーーッ!!!」
アルタは『魔剣アンサラー』を掲げ奇声を発する。
それに反応し
その勢いは蝗害の如く、城門を制圧してからも殺戮と暴行を繰り返していく。
反面、王城の最上階まで到達するのに半日を費やした。
決して手こずっていたわけではなく、ただ単にアルタが城内の女性達を手あたり次第に姦淫していただけである。
今のアルタに好みなどない。散々醜悪な魔物達と交わり「ゴットフィンガー鷹」と通り名で呼ばれるまでなった彼にとっては、人間であれば老若だろうと問題なかった。
ようやく謁見の間に辿り着き、分厚い扉を蹴り破った。
「オラァ! 待たせたなァ! 姉ちゃん、いるゥッ!?」
「アルタ!? 貴方は本当にアルタなのですね!?」
イライザは王妃用の玉座に腰を掛けた状態で、武装した護衛の聖騎士達に囲まれていた。
隣の玉座には夫であり現国王のロカッタが座って身を震わせている。頬と腹部の無駄肉がブルブル揺れるほどだ。
両角の壁際には、大臣職に就いている重鎮達が身構えている。
「実の弟の顔も忘れたのかよ!? テメェのせいで臭せぇ肥溜めから這い上がってきたぜぇ!」
「わたくしのせい? 何をバカなことを……貴方がお父様に勘当されたのは自ら撒いた種ではありませんか? 確かに『替え玉』を雇うよう進言したことは認めましょう。けどそれは、勇者としての実力が伴わず不安がる弟を思えばのこと……実際に暗殺組織と契約し、しかもルールを破棄して追われる立場になったのはアルタ、貴方自身が招いたことではありませんか?」
イライザの理屈に、重鎮を含む聖騎士達は「そーだ、そーだ! これもアルタ王子がチャライからだろ! 王妃はちっとも悪くないぞ!」と同調している。
「根源は俺を次期王位から引きずり下ろすためだろうが! それにまだあるぜぇ! 姉ちゃん、テメェ、そこのユウーロっていう聖騎士とデキてんだろ!?」
「なっ!?」
思わぬ弟からの言葉に、イライザは玉座から立ち上がる。
アルタはニマ~っと口角を吊り上げた。
「どうしてそれをって顔してんな? ここまで来るのに色々な女を犯してやったぜ……中には城内の情事に詳しい貴婦人もいてよぉ……『ゴットフィンガー鷹』のテクで、たっぷりサービスしながら吐かせてやったんだよぉ! テメェがユウーロに抱きつかれているところとかよぉ! ついにそこのミラクル・ザ・ピッグに飽きちまって、イケメンとの不倫に走ったってか? 王妃でも血は争えねーよな、オイ!」
アルタの嘲笑に、イライザは唇を震わせる。
一夫多妻は認められているも、その逆は認められていないのが理不尽である今の時代。
いくら王家直系の王妃であるイライザでも、このようなスキャンダルは痛手に違いない。
「イライザちゃ~ん……どういうこと? さっきからアルタくんは何を言っているんだい?」
「ロカッタ……そ、それは……」
国王であり夫であるロカッタからの言及に、イライザは言葉を詰まらせる。
現に周囲の重鎮や騎士達が、ざわついて「まさか……」と動揺する声が漏れていた。
仮にこの場で上手く誤魔化せても、その噂はすぐに国内に広まってしまうだろう。
そうなれば父親であるアルロスとて黙ってはいない。
隠居したとはいえ、発言権は未だ健在だからだ。
きっとイライザも修道院入りされ、下手をしたら戻ってきたアルタが王位継承されてしまうのではないか……そう思考を過らせていた。
すると前方で護衛していた、ユウーロは前に出て来た。
振り返り、ロカッタに向けて跪き深々と頭を下げて見せる。
「――陛下、申し訳ございません! 全ては私の責任です! 私がイライザ王妃を
ユウーロは、国王であるロカッタに向けて自ら告白した。
「……それは本当なのかい?」
「ハッ! ですが一夜だけの過ちです! それ以降はいくら私がお誘いしても、王妃は毅然と振る舞われておりました……おそらく陛下の助言役として激務に追われるあまり魔が差されてしまったのでしょう! ずっとイライザ様に憧れていたとはいえ、私も立場をわきまえず……申し訳ございませんでした! 悪いのは全て私です! どうか存分に処罰してください!」
「いいねぇ、ユウーロ! テメェの好色ぶり気に入ったぜぇ! 俺様が王になった暁にはよぉ、テメェを『好色大臣』に任命して兄弟にしてやんぜぇ! ギャーハハハハッ!」
アルタは第三者として余裕の高笑いする。
これで完全にイライザは終わったと確信していた。
だが、
「なんだ~、つまりイライザちゃんはつまみ食いしたんだね~。僕もよく内緒で盗み食いしているから、お相子だよ~ん」
「はぁ!?」
ロカッタの思わぬ反応に、アルタは大口を開ける。
「ロ、ロカッタ?」
イライザでさえ瞳を丸くして驚いている。
「だってイライザちゃん、綺麗だもん。こんな僕と結婚してくれただけでも奇跡だよ~ん。それに不甲斐ない僕の代わりに国を支えてくれているからねぇ、イライザちゃんあってのグラーテカでしょ?」
「……ロカッタ、貴方という人は……ごめんなさい。ごめんなさい……ううう」
イライザは涙を流し、その場で泣き崩れた。
日頃、陰で見下している重鎮達でさえ「なんて寛大なお方だ……まさにミラクル・ザ・ピッグ」と国王の人柄に賛美している。
「バ、バカなの!? お前ら全員バカなの!? ざまぁ期待してたのにふざけんなよ、コラァァァ!」
ただ一人、アルタだけは激昂した。
いくら色気より食い気が優先のバカ国王だとして、おめでたいのにも程があるぞ!
つーか、俺はこんな奴から王位継承を奪われたってのか!?
アルタにとっては美しい婚約者四人を奪われたと思い込み、それが怨みと憎しみの糧となり這い上がった経緯がある。
そんな男がロカッタの思考についていける筈もなく、また認めるわけにもいかない。
「つまんねーな! もういいわ!! テメェら全員、皆殺しだぁぁぁぁぁッ!!!」