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第33話 愚かな元勇者へ送る言葉

 元勇者アルタに決闘を挑まれてしまった。


 これぞ逆切れっていうのだと思う。

 そもそも僕に勝っても負けても、四人を取り戻せるとかの話じゃない。


 みんな最初からアルタのことを嫌っていた。


 ただ政略結婚と魔王の出現でやむを得ずパーティを組んでいただけのこと。


 アルタが勇者としての自覚を持ちそれなりに対応していたら、彼女達の心も動いていたかもしれない。

 けどこいつはそれを怠り、それどころか身代わりの勇者として僕を雇ったんだ。

 自分が楽をしたいためだけに。


 偽物を雇ったと知られれば、女子達の心はますます遠のくどころか、自分の立場すら失ってしまう。

 そんなことすら想像しないで軽いノリで実行したアルタに落ち度があるんだ。

 まぁ、落ち度だらけなんだけど……。


「……決闘ですか。さっきも言いましたが、僕は貴方と戦う理由はない。僕が屠るのは自分を狙う暗殺者アサシンと弱者の生活を踏みにじる外道のみです」


「ひ、ひぃぃぃい!」


 アルタの足元で尻をつきお漏らししてる、ポンプルが再び悲鳴を上げる。

 組織ハデスの中でも下っ端そうだし、『死神セティ』と呼ばれる僕が怖くて仕方ないのだろう。

 こいつは放置しても無害そうだ。


 アルタだって自己中心的で嫌な奴だが悪党ではない。

 そんな奴と戦う理由はないからな。

 ボコりたいなら好きなだけボコらしてやってもいいさ。


「んじゃよ~。テメェが決闘しねーんなら、今から女共を無理矢理に犯すぜ」


「なんだと? 冗談でもそういうこと言うなよ」


 僕の口調と声のトーンが変わる。


「冗談じゃねーよ。俺はホストクラブの男娼じゃ『ゴットフィンガー鷹』って呼ばれ指名ナンバーワンだったんだぜ。異形の雌魔族に比べちゃ、そのムカつく女共の方が興奮するし何回でもイケるぜ。そういやランチ屋に黒髪の可愛い小娘もいたよな? 俺は幼女だろうと全然犯れるぜ~、ヒャハハハッ!」


 こいつ……ヒナまで。


「彼女達に対する侮蔑の言葉を今すぐ訂正しろ……じゃないと……殺すぞ」


「ひゃあぁぁぁ! アルタの兄貴ッ、すぐ謝ってくださいっす!! 『死神セティ』だけはガチでヤバイっすぅぅぅ!!!」


「ポンプル、テメェは黙ってろ! 文句があるなら、俺に勝ってからにしろよ、『偽物セティ』がよぉ!」


 アルタはニヤつきながら『聖剣』を抜いた。


 簡単に挑発に乗ってしまった僕も問題だが、どうも大切な人達を傷つける発言だけは許せない。


「仕方ない……戦おう」


 僕はエプロンを脱ぎ、フィアラに渡した。


「……セティさん」


「大丈夫だよ」


 そのまま剣を構えるアルタと向き合う。


 あの『聖剣』……何かの魔法を施されているぞ。

 以前は名ばかりのバスタードソードだったが、今では剣身から『闇』の魔力が溢れている。

 どこぞの魔術師に付与魔法剣ルーンソードに変換されたのだろうか?


「おい、偽物ッ! 武器を取れ! それとも包丁は忘れたか!?」


「隠し持っているけど、お前如きに使用しない。素手で十分だ。遠慮せずかかって来いよ」


「舐めやがってぇぇぇ! 死ねぇぇぇぇぇ!」


 アルタは踏み込み、容赦なく斬りつけてきた。


 僕は見切り寸前で躱しきる。

 いくらパワーアップしているからとはいえ、《|生体強化《バイオブースト》》を発動するまでもない。


 と思ったが、


「もらったぁぁぁ、ハハハーッ!」


 聖剣は軌道を変えて、刃が僕の喉元に迫ってきたのだ。


 これは追撃能力か!?




 ガッ!




「なんだと!?」


 アルタは驚愕する。


 僕は以前に披露した『老婆のモルス戦』と同様、襲ってきた聖剣の刃を自分の指先で摘まむよう押さえ「白刃取り」をしたのだ。

 びくりとも聖剣は動かない。


「クソッ! テメェ、放せぇぇぇぇ!!!」


「アルタ、この聖剣……誰にイジってもらった?」


「誰が教えるか! とっとと放しやがれぇぇぇ!!!」


「仕方ない」



 バキィン!



 僕は聖剣を離すと同時に拳を叩き込みへし折った。


「嘘だろ!」


「返してやるよ、ほら」


 へし折った剣身をアルタに向けて投げつける。


「ひぃ!」


 アルタは声を裏返し、地面に尻餅を着いた。

 その足元に投げた剣身が突き刺さる。


「あ、危ねぇ!」


「これでわかったろ? いくら魔力と筋力を上げようと僕に勝つことは永久にない。もう諦めろ」


「う、うるせぇ! お前如きに俺の屈辱がわかってたまるか!?」


「……わからないしわかりたくもない。だがアルタ、お前は心が腐っていて嫌いだが、外道とまでは言い切れない……だから命までは奪わない。これからは僕達のことは放っておいて自分のやりたいことをすればいい……良識の範囲でな」


「偉そうに偽物如きが!」


「偽物か……そうだな。けど今の僕は本物の幸せを手に入れている。師匠から受け継いだ『ランチワゴン』に……ヒナと彼女達だ。みんなが傍にいてくれる限り、僕は店とみんなを守っていく。全力でな……もし彼女らに何かするのであれば今度こそ容赦しないぞ」


「クソォッ、クソォォォォ!」


 返す言葉を失い悔しがる、アルタ。

 僕からすれば、ここまで成長しただけでも大したものだけどな。本人が言うように相当な努力はしたのだろう。


 だけど……。


「それと、その剣……誰に改良されたのかは問わない。思い当たる節はあるからな……だけど、そいつとは手を引いた方がいい……一見、親しそうに人の心に入り込んでくる奴だが、心を壊すことを趣味とする魔王以上の怪物だぞ」


「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇぇぇぇぇ! テメェの話なんか聞くかぁぁぁぁ!! 覚えてろ、覚えてろぉぉぉぉぉ!!!」


 アルタは泣きじゃくりながら悪態をつく。


 もう何を言っても無駄のようだ。


「みんな行こう。心配かけてごめんよ」


「いいえ、セティさん……わたし達の方こそ。本当にアルタは自分のことしか考えられない愚かな男です……」


「バイバイ、アルタ……もう二度と会わないからね」


「貴様とは幼い頃から一緒だったが……結局一度も分かり合うことはなかったな。残念だ」


「全て貴方が悪いとは言わないわ……私達も周囲に流されたところもあったし。でもね、そんな私達をセティくんが変えてくれたのよ。貴方に扮した同じ姿でね……これからの人生で、その意味をよく考えなさい。それしか言えないわ……じゃあね、アルタ」


 女子達はそれぞれの言葉でアルタに別れを告げる。

 嘗てのパーティとして、最後の情けのつもりなのだろう。


 アルタの心にどこまで届くのかわからない。きっと届かないと思う。



 僕は何も言わずに、みんなを連れてその場から離れた。

 もう掛けてやる言葉は思いつかないし、言いたいことは全て伝えたつもりだ。


 一つだけ言葉を送るとしたら「みんなと会わせてくれてありがとう」という感謝になるだろうか?


 けど、アルタに言える筈もない……それこそ火に油を注ぐようなもの。






**********



 セティに完膚なきまでに敗北し、蹲る元勇者アルタ。

 何度も地面を拳で叩き、屈辱にまみれ絶叫していた。


「うっぐ……ぐぅ、ちきしょう! ちきしょう! ちきしょうぉぉぉぉっ!」


「だから言ったんっすよ、兄貴……相手が悪すぎるって。『死神』相手に、こうして生きているだけでも運がいいっす」


「うるせぇ、お漏らし野郎ッ! オシメして糞たれて寝ろぉぉぉ!!!」


「なんっすか!? それ、なんっすかぁ!? 身の程知らずの自分を棚に上げて、ボクに逆ギレっすか!? 言っときますけどねぇ、『死神セティ』とまともに戦える奴は、ボスか最高幹部の『四柱地獄フォース・ヘルズ』だけっすよ!」


「やかましい! 俺なんて『ゴットフィンガー鷹』だぁ、バーカ!」


「兄貴、それ枕営業の異名じゃないっすか~? そんな「ゴット」なんて自慢にならないっす……ただの見境のないドスケベ野郎っす」


「んだと、テメェ!」


 慰めようとするポンプルに食って掛かるアルタ。

 すっかり心が荒んだこの男に、どんな言葉を並べてもただ藪蛇やぶへびであった。



 その時だ。



「――ふおっふぉふぉふぉ。盛り上がっているのぅ、アルタよ」


 どこからともなく、現れた白髭の老人。


 アルタはその姿に目を見開き驚いた。


「ル、ルンペ爺さん?」


 ドヤ街の長老ルンペ。


 また暗殺組織ハデスのボス、モルスであった。

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