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第30話 元勇者アルタの逃走劇5-終焉

「いい加減にしろぉ、ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 小人妖精リトルフ族の暗殺者アサシン達に追われる、アルタ。


 あまりにも数の多さと、本来の臆病な性格も相俟って逃げるしか術を持たなかった。


 以前なら、夜の繁華街に紛れてやり過ごすこともできただろう。

 しかし今は明け方。

 繁華街は眠りに入っている。

 つまり誰も咎める者がいない状態であった。


(このままじゃ、あっという間に追いつかれちまう!)


 ただでさえ俊足を誇るリトルフ小人妖精族。

 もう既に背後まで迫っているだろうと後ろをチラ見した。


(ん? 思いの外、距離が空いてるぞ……俺の足が速くなったのか?)


 魔力が向上することで肉体も強化される。

 長老のルンペからそう教えられていた。


 アルタは徐々に実感しつつある。


「クソォッ! 野郎ッ、以前より足が速くなっているっす!」


「この先の広場まで誘い込み、そこで囲むよ! まだ早朝で人通りも少ないから問題ない! みんなで袋叩きしてキルしてやろうじゃないのさ!」


 リーダー格っぽい幼女、いや女性であるパシャは叫び、他の小人妖精リトルフ族に指示を送った。

 仲間達は「うぃ~」と返答し、それぞれ行動を起こし始める。


 スリングショットで小さな鉄球を投擲し、アルタの逃走進路を誘導する。


「ちくしょうが!」


 当たれば結構なダメージを受けてしまうだけに、たとえ罠だとわかっても逃げざるを得ない状況に追い込まれてしまう。


 その時だ。


 前方から誰かが「ほっほっほっ」と言いながら走って近づいてくる。

 アルタにとって見慣れた容姿であった。


「ちょ、長老! ルンペ爺さん!?」


「よぉ、アルケン。朝からランニングとは爽やかじゃのぅ」


 ルンペはアルタと合流すると踵返し、彼と同じ速度で走り出した。

 普段、杖をついてやっと歩いている老人とは思えない脚力と、やたら綺麗なランニングフォーム。


 しかし今のアルタには、そこを指摘する暇はない。 


「見ての通りだ! 小人妖精リトルフ族の暗殺者アサシン共から逃げてんだよぉ! ったく、ガチしつけーわ!」


「――逃げるなアルタ、戦え。今のお前なら、わりとイケる筈だ」


 突如口調を変えてくる、ルンペ。

 もうすっかり慣れてしまったので、アルタは動じない。


「爺ぃ、わりとってなんだよぉ! 微妙って意味じゃねぇか!?」


「前にが教えたことを思い出せ、精神力の問題だとな……ここで一皮剥ければ、お前は必ず強くなる」


「……強くなるだと?」


 ルンペは頷いて見せる。

 同時に、アルタ達は広場へと追い詰められていた。


 後方だけでなく、前方と左右にリトルフ達が武器を構えて近づいて来る。

 既に先回りしていたようだ。


 小さき暗殺者アサシン達によって完全に囲まれる二人。


 アルタは双眸を動かし舌打ちした。


「……なぁ、長老。戦うって言ってもよぉ……多勢に無勢って言葉もある。確か、リトルフ族ってのは身軽さを活かした接近戦も得意と聞くぜ……しかもこれだけの人数相手じゃ、いくらパワーアップしたって勝てねーよ」


「確かにその名ばかりのなまくら『聖剣』じゃ無理だな。いいだろう――これを貸してやる。使え」


 ルンペは背中に背負っていた、布にくるまった細長い物体を取り出す。その布を外し、アルタに見せてきた。


 鮮やかな装飾が施され、歪な形をした鞘に納められた両手専用剣バスタードソード


「応えるモノ――『魔剣アンサラー』。追撃能力を持つ魔剣だ。自動追跡照準ロック・オンすれば相手が多勢だろうと関係ない」


「魔剣アンサラー……」


 アルタは『魔剣』を受け取った。

 鞘から剣を抜き、剣身を見つめる。まるで魔獣の牙を彷彿させる刺々しい刃、その禍々しく妖しい輝きに魅入られていた。


「気をつけなければならない点は使用する分、魔力が消費される。普通の人間なら一振りで死に至る場合もある。それが『魔剣』と呼ばれる所以だ。だがアルタよ、今のお前なら問題ない。自分を信じろ」


「わかった、長老。あんたの言葉だけは信じるぜ!」


 祖国を追放され全てが敵としか見えなかった、アルタ。

 ドヤ街に逃げ込んだ彼に唯一親身になってくれたのはルンペだけだった。


 一時はホストクラブで醜悪な魔族の雌を相手に男娼までさせられ、ブン殴ってやろうかと思ったが、こうして自信が持てるようになるまで至ったのは紛れもない彼のお蔭である。


「フン、なんだい! そんな剣一本で何ができるってのさ! 構わないよ、殺っちまいな!」


「アルタァ、覚悟するっす! お前の首を取って、3千Gはみんなで山分けっす!」


 パシャが抹殺の指示を送り、その隣でポンペルがイキっている。


「ポンペル、テメェ! その人数で山分けしたって、パン一個買える程度じゃねーか! どこまでも俺をバカにしやがってぇ! とっととかかって来いやぁぁぁぁ!!!」


 その挑発に小人妖精リトルフ族は「上等だぁ、キエェェェェイッ!」と怒気の雄叫びを発し一度に襲い掛かってきた。

 アルタは狙いを定め『魔剣』を振るってみる。


「うげぇ!」


 すると刃は軌道を変えながら、素早いリトルフ小人妖精の胴体を確実に捉え斬り裂いた。

 あまりにも鮮やかで電光石火の如き強烈な斬撃に、他のリトルフ族の動きが止まる。


「うおぉっ凄げぇ! まるで吸い込むように面白れぇくらいヒットする!」


「同時に複数の同時攻撃と遠隔攻撃が可能だ。やってみろ」


「おうよ! くらえぇぇぇ、とっつぁん坊や共がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 アルタは勢いづき縦横無尽に『魔剣』を振るった。


 使用する度に『魔剣アンサラー』は妖しく光輝を発し、小人妖精リトルフ族達を斬り刻んでいく。


 ルンペの教え通り、一瞬で5人の首を同時に刎ね飛ばし、真空の刃で遠い敵を確実に真っ二つにする。

 既に形成は逆転され、阿鼻叫喚の声が響き渡った。


「ひぃぃぃいっ、こんなの聞いてないよぉぉぉ! た、助けてぇぇぇぇ!」


 悲鳴を上げ逃げようとする、リトルフ小人妖精


「逃がさねぇよ、死ねぇぇぇ!」


 どんな敵だろうと、狙われたら追撃され必ず死が訪れる。


 これこそが『魔剣アンサラー』の性能であり真骨頂だ。


「よくも仲間達を殺ったねぇ! 死になぁ!」


「うるせぇ、雌ガキが! のこのこ来たお前らが悪いんだろうが! くらえ!」


 小剣ナイフで襲いかかるパシャにアルタは容赦なく『魔剣』を振りかざし、その小さな腹部に突き立て貫いた。


 パシャは吐血しその場で斃れ伏せた。


「あ、姐さん! ひぃぃぃぃい、バケモノォォォォッ!」


 最後に生き残った、ポンプルは尻餅をつき同族達の惨状に怯える。

 恐怖のあまりに失禁してしまったようだ。


「30歳のオッさんの癖にお漏らしか……残るはお前だけだな、ポンプル? どうする、まだ俺をつけ狙うのか?」


 アルタの問いに、ポンプルは首を大きく横に振るった。


「め、滅相もございません! アルタ様ぁぁぁ、どうかお助けを~、命だけはぁぁぁぁ!」


「高い3千Gだったな! せいぜいあの世で、組織ハデスに頼んで値を上げてもらえ、クソが!」


「待て、アルタ。それ以上、『魔剣』を振るうな。魔力を切らして死ぬぞ」


 トドメを刺そうとした瞬間、ルンペが止めに入る。


「ん? ああ……そういや、疲れた……気づかなかったぜ」


 両肩を大きく揺らし激しく息を切らす、アルタ。

 攻撃すると同時に魔力を消費してしまう、それが『魔剣アンサラー』の欠点でもあるようだ。


「ふむ。まさか、ここまで使いこなすとは期待以上だ……」


「ん? 長老、何か言ったか?」


「いや別に……おい、ポンプルとか言ったな。お前、今からアルタの下僕だ。生かす条件としてな」


「おい勝手に決めんなよ。こんな子汚ないオッさん、いらねーっ」


「まぁ、聞け。アルタよ、お前はこれから旅に出ろ。このポンプルを連れてな」


「旅だと? なんの?」


「祖国への復讐だ。それが本来の目的だろ?」


「ん、ああ……そうだったな。資金も貯まったし強くもなった。頃合いかもな」


「『魔剣アンサラー』は返せよ。それは俺の大切なアイデンティティだ」


「なぁ、もう少し貸してくれよ……こいつさえあれば俺は無敵なんだよ。誰にも負ける気がしない」


「……なら、お前の『聖剣』を簡易版として改造してやる」


 何故かルンペに勝手に決められ、ポンプルが部下となる。

 眩かった『聖剣』も、その場で魔法を施され禍々しい邪気を発する『魔剣』へと作り変えられた。


「一日に三撃まで追撃攻撃ができる。一騎打ちなら問題ないだろう」


「あんがとよ! んじゃ、ポンプル行くぞ、コラァ!」


「うぃす、アルタの兄貴……ズボン取り換えていいっすか?」


「しゃーねぇな。40秒で支度しな。それと長老……いやルンペさん、あんた一体何者なんだ?」


「ただのドヤ街の爺じゃよ」


 ルンペは年寄りに戻り、舌を出して見せる。


「食えねぇな……まっいっか。心から感謝するぜ、長老。ありがとうよ、じゃあな!」


 こうしてアルタはポンプルを部下にして、復讐へと旅立った。






 それから、



「――これで良かったのかい、ボス?」


 ルンペの背後で囁く声。


 アルタに殺された筈の小人妖精リトルフ族、パシャが平然と立っていた。

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