「さぁ、皆ッ! 思う存分食べてくれ! ここの倭国料理は絶品だぞ! ちなみにお代は自分持ちだからな!」
カリナはさもおごりそうな勢いで連れてきた冒険者達に言っている。
冒険者達も「そうですか、姐さん。そいつは楽しみですぜ」と受け入れ期待に胸を膨らませていた。
たった数時間で他国の冒険者達と仲良くなり「姐さん」とまで呼ばれるとは……。
カリナはウォアナ王国の第二王女であり、嘗ての勇者パーティの中で最も身分の高い姫騎士でもある。
反面その高貴で凛とした美しい見た目とは違い、性格は大らかで特に自分が認めた者には身分差なく同等に接してくれる。
したがって彼女の独特なカリスマ性も相俟って人を惹きつけやすいのかもしれない。
僕も勇者の偽物を演じていた際、そんなカリナに戦闘以外で何度も支えられていたっけ。
っていうか、やっぱり材料足りないや……。
「セティお兄ちゃん。ヒナ、食材買ってくるね!」
「わかった、頼むよ。必ずシャバゾウと一緒に行くんだぞ!」
「わかったぁ!」
ヒナは素直に返事をしてシャバゾウと市場に行った。
「では我がヒナ殿の穴埋めをしよう」
「ありがとう、カリナ。助かるよ」
「構わんよ、セティ殿……そのぅ、これも花嫁修業の一環だと思えばだ」
「え?」
「な、なんでもない! じゃんじゃん運ぶから任せてくれ!」
急にしおらしくなるカリナ、僕の背後でフィアラは鋭い眼光で見つめていることに気づいた。
「勝手な抜け駆けはルール違反ですからね、プン!」
料理作りながら、頬を膨らませ不満げにぶつぶつ何か言っている。
フィアラってば、どうしたんだろう?
「――おい、アツミ村の緊急クエストどうする?」
ふと近くのテーブル席で食事をしている冒険者達の話声が耳に入った。
「ああ、村に魔獣たちがいきなり襲ってきて大勢の村人らを食い殺したっていうアレな」
「討伐しに向かった自国の騎士団達も全滅したらしいぜ……んで緊急クエストとして俺ら冒険者に依頼が舞い込んできたんだ」
「アツミ村ってイズラ王国でも天然温泉が有名なリゾート地よね? このまま放置してたら温泉目当てで来る観光者も激減するわ」
「そうなりゃイズラ王国も終わりだな。だから国王は一刻も早く魔獣共を駆逐したいらしい」
「だが騎士団を殲滅させるほど凶悪となるとな……勇者パーティでなきゃ無理だろ? 明らかに『魔王級』だぜ」
「イズラ王国とその周辺国は災害とかなかったから『魔王』を想定した『勇者』はいなかった筈よ」
なんか深刻な話をしている。
魔王級の魔獣か……今の時代、『魔王』とは人類や他知的種族に仇をなす悪害の存在を総称であり、自然災害の如く現れる巨悪なる者をそう呼んでいた。
確か近隣国の数ヵ国で『魔王級』と認定された存在を『魔王』と名付けられる。
僕が偽勇者として以前に斃した「ガルヴォロン」という多頭竜もその類だ。
したがって各国を代表する勇者とパーティ達が、各国や他種族から選抜されたエキスパートとして討伐に向かうことになる。
冒険者達の会話だと温泉に入るのは無理っぽいようだ。
夜となり。ランチワゴンの営業が終わった。
僕がまかないもので食事を作り、みんなでテーブルを囲みながら食べている。
つい話の種にと昼間、聞いた話をしてみた。
すると、
「えーっ! 温泉入れないのぅ!? セティとの混浴はぁぁぁ!?」
最初にミーリエルが大声で不満の声を漏らした。
「仕方ないだろ、ミーリ。そういう事情なんだからね……あと混浴に入るなんて、僕は一言もいってないからね」
「しかし罪もない村人達を食い殺すなんて許せません……生き残った方たちは無事なのでしょうか?」
「うん、フィアラ。騎士団が逃がして別の村で避難しているようだよ」
「お客さんから、イズラ王国の主な収入源はアツミ村の温泉だと聞いたわ……この国も大変になるわね」
マニーサの言葉にカリナが頷いている。
「うむ、我もなんとかしてやりたいが、生憎ソロで行えるクエスト中心に限定すると決めている……多勢に無勢だと流石にな」
「お姉ちゃん達、その魔獣達を斃すのには専門家の『勇者パーティ』でなければ無理っぽいんでしょ?」
「「「「――あっ!?」」」
ヒナの一言で四人の少女は声を張り上げ硬直した。
「どうしたの、みんな?」
「いえ、セティ殿……よくよく考えてみたら、我らは勇者パーティではありませぬか?」
「まぁ、確かにそうだね。でもカリナ、ここに勇者いないじゃん」
「セティがいるでしょ?」
ミーリエルはきょとんと猫のような瞳を大きく開き見つめてきた。
「僕は勇者じゃないよ……元
「ですが、ガルヴォロンを斃したのは紛れもない、セティさんです」
「フィアラ……それは僕がアルタから依頼を受けて勇者に成り代わっていただけで……」
「じゃあ、セティお兄ちゃんが勇者じゃないのぅ?」
「え?」
「ヒナちゃんの言う通りだわ……こうしてベストメンバーが揃っていることに今更気づく私達もどうかしていたけどね」
「……マニーサ、つまり僕達でアツミ村に行き魔獣達を討伐するっていうのかい?」
「勿論、セティくん次第よ。キミの立場はわかっているし無理強いはできない……けど正直、困った人を見過ごせない気持ちもあるわ」
マニーサが気持ちを打ちかけると、他の三人も真剣な面持ちで頷いて見せた。
どうやらみんな戦う気満々らしい。
やっぱり彼女達は選ばれし勇者パーティだ。
別にこの国に恩義があるわけじゃないし、今じゃ庶民で料理人の僕がわざわざ出向く理由もないんだけど……。
でもみんなの気持ちは大切にしてあげたい。
それに今の僕の力は罪のない弱き者のために使うべきかもしれない。
嘗て『死神セティ』として数多くの人を殺めてきた贖罪にでもなればと思い始めてきた。
「――わかったよ。明日の朝一にアツミ村に行こう。それと僕は冒険者には登録できないからクエストの報酬はいらないからね」
僕の決断に四人はぱっと明るい表情になる。
彼女達の笑顔でこっちの気持ちも弾んでしまう。自分の判断は正しいと信じられる。
「うむ、流石は『我が君』よ。セティ殿、クエスト報酬の件は安心してほしい。我が冒険者として既に登録しているから問題ない。全員は名を伏せてゲスト扱いで良いだろう。無論、報酬は均等……いや、全てセティ殿に差し上げたい」
「カリナ、全額って……どうして?」
「ランチワゴンと馬車の改装費に当ててほしい。それと全員が休めるテントやもう一頭のロバも必要となるだろう……我らのせいで迷惑を掛けてしまっているからな。どうか我らの気持ちだと思ってほしい……ここにいる皆がそう思っている」
カリナに続き、フィアラ、ミーリエル、マニーサも優しい微笑を浮かべながら頷いた。
「そんな迷惑だなんて……」
言いながら、つい目頭が熱くなり胸が込み上げてくる。
彼女達の気持ちが凄く嬉しい……本当にいい子達ばかりだ。
それと、やっぱり心が戻ってから涙腺が弱くなったと思う。
翌朝、僕達はアツミ村へと向かった。
考えてみれば偽勇者としてではなく、セティとして初めてみんなと共に挑むクエストだ。
不謹慎ながら、つい心が弾んでしまう。
ヒナとシャバゾウは留守番してもらっている。
万一シャバゾウが吠えたら馬車を捨ててすぐ逃げるよう伝えた。
村に辿り着くと硫黄に混じった鉄錆の臭いが混じっている。
「……血の臭いか」
僕の直感がそう囁く。
きっと惨殺された村人と騎士達だろう。
辺りを見渡すと、すっかり荒れておりほとんどの建物が無残に崩壊し瓦礫と化している。
所々、血液が付着した剣や鎧が転がっている。おそらく騎士団の装備に違いない。
だが不思議なことに遺体らしきモノは見られない。
「鎧の爪痕から情報通り
そう呟いた矢先。
瓦礫から、10体の大型の何かが突き出すように出現した。
大きく隆々とした両腕に、鋭く肥大化した爪を生やした巨大熊。
ビックべアだ。
体内から魔力を溢れ出し、筋力を強化して爪を振り回して襲ってくる獰猛な魔獣である。
だが可笑しいぞ。
ビックベアは集団で群れることはない。
強力すぎてその必要がないから、大抵は一頭で活動している筈だ。
しかも隊列を組み、ゆっくりと地響きを鳴らしながらこちらに近づいてくる。
おそらく、こちらの恐怖を煽るための演出ってところか。
動きが訓練されており組織的だ。とても野生ではないだろう。
そういうことか。
「――どこかで魔獣を操っている奴がいる。おそらく
僕はそう確信した。