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第9話 新たな旅立ちと全ての発端

「ヒナちゃん、もう目を開けていいよ」


 《生体機能増幅強化バイオブースト》を解き、通常に戻ったは優しい口調で少女に促した。


「――お父さん!」


 ヒナは大きな瞳を開けると、そのまま床に倒れているイオさんの下へ走っていく。

 僕もその後を追う。


 イオさんは震える右手で、ヒナの頭を撫でている。


「……ヒナ、無事で良かった。ありがとう、セティ……にしてもお前、強すぎだろ」


「いえ、そんな……それより早く医者に見せましょう! 教会でもいい、傷を癒せさえすれば……」


「セ、セティ、気休めはよしてくれ……もうわかっているだろ? 俺は助からない」


 イオさんはわかっていたのか。この傷は肺と心臓まで達しており、ほとんど動いてない状態だ。

 辛うじて話せているのは、肉体をコントロールして負担を最小に軽減させているからであり、彼が元暗殺者アサシンとして相当優秀な実力者だったということ。


「ごめんなさい、師匠……あの時、やっぱり僕が行けば……」


「それは違うぞ。これは俺がなすべきケジメだ……お前は関係ない」


「でも……」


「いいんだ、もう……暗殺者アサシンだった頃はクソッタレ人生だったが、抜けてから9年間も充実して楽しい日々を送れることができた……良い思い出を抱いたまま逝ける……これも、ヒナ。全てお前のおかげだ……ありがとう、そしてすまなかった」


「お父さん……お父さん、死んじゃ嫌だよぉ!」


「だ、大丈夫だ。お前にはセティとシャバゾウがいる……セティよ、ヒナとランチワゴンのことを頼んでいいか?」


「はい……はい、僕に任せてください師匠ッ!」


「良かった……セティ……ありがと、な……」


 イオさんは瞳を閉じて満足気に笑みを浮かべたまま遠くの世界へ旅立った。

 ヒナは大声で泣き崩れ、僕は黙って見守るしか術はない。


 悲しくて、寂しくて、切なくて……。


 取り戻した僕の心は悲痛な気持ちでいっぱいになる。

 きつく苦しいほど締め付けられていた。



 翌日。


 イオさんは教会の牧師さんに依頼し、この地で丁重に埋葬することができた。


 ヒナはあれから何も言及してこない。

 どうしてイオさんが暗殺者アサシン狙われていたのか。自分との関係など。


 きっとこれまでも、心のどこかで察していた部分があったのかもしれない。

 けど、ヒナにとって父親はあくまでイオさんだ。

 たとえ血の繋がりはなくても、そこは真実だと思う。


 そして僕とヒナは、イオさんの墓標に祈りを捧げていた。


「……それじゃ、行こっか。ヒナちゃん」


 一通りの準備を整え、彼女に声を掛ける。

 すぐこの国から離れた方が良いと思った。


 きっと今後は僕だけじゃなく、これからはヒナも狙われる。


 ――エウロス大陸の暗殺組織、『闇九龍ガウロン』から。


 あの黒装束達の執念を察するに、ヒナも標的に内に含まれていた。


 連中は案外イオさんよりも、ヒナの方を付け狙っていた可能性もある。

 最初に出会った時もそうだったからな。

 おそらくヒナが生きていることで、何者かの都合が悪いのだろう。

 何せ彼女は倭国の王族らしいからな。


 ヒナも僕も共に追われる者同士か……。


「……あのね、セティお兄ちゃん」


 ヒナが体をもじもじさせて上目遣いで話しかけてくる。


「ん? なんだい?」


「これからはね……ヒナのこと、ちゃん呼びじゃなく『ヒナ』って呼んでほしいの」


「うん、いいけど……どうして?」


「気持ちだけでも早く大人になりたいから……ヒナね、お父さんのような料理人になりたい」


「そっか。わかったよ、ヒナ。今後は僕がヒナの師匠でお兄ちゃんだ」


「うん、お兄ちゃん!」


 ヒナは健気に笑って見せる。本当はまだ辛い筈なのに芯から強い子だと思った。

 自分なりにやりたい事を見つけたようだしな。


 ――イオ師匠。


 貴方が命懸けで守ってきた愛娘さんを、今後は僕が守っていきます。

 たとえこの命に代えてでも……だから安心して休んでください。


 僕はヒナの小さな手を握り締め、ランチワゴンの馬車へと乗り込む。


 次に行く国へと向かった。


**********


「ちくしょう……なんなんだよぉ、一体!」


 元勇者アルタは一人、各国を点々とし彷徨っていた。


 父アルロス王に勘当を叩きつけられ、祖国である神聖国グラーテカを追放されてしまい路頭に迷い途方に暮れていたからだ。

 幸い勇者としての退職金が貰えたので、三ヵ月は問題なく過ごすことができた。


 しかし持ち前の身勝手な性格とボンボンぶりから無計画であり、ろくに働かず夜遊びしては娼婦館巡りをしていたため、あっという間に金欠に陥ってしまう。


 それだけならまだいい。


 仮にも元勇者。冒険者として働けばなんとでもなる。

 だがアルタにはもう一つ最大の受難が待ち受けていた。


「なんで俺が殺し屋に狙われるんだ!? ちくしょう! 俺が何したってんだよぉ!」


 そう、彼は暗殺組織『ハデス』に狙われていた。

 強引に『死神セティ』を不当に解雇したことで依頼を失敗させ、組織の面子を傷つけた。


 それが理由である。


 だがアルタはそんな事情は知る由もない。

 いきなり現れ命を狙ってくる追手達を振り切り、逃走を繰り返す日々を送っている。


 おかげでまともに働くこともできなかった。

 冒険者は足が着きやすく知られやすい。

 特に『冒険者ギルド』に登録することで居場所が知られたり、どんなクエストを行っているのかバレてしまう。

 グランドライン大陸の裏社会を仕切る暗殺組織であれば容易に探れることだ。


 何しろ暗殺者アサシンの大半は副業として冒険者を生業としている者が多い。

 当初セティが懸念し渋っていたところもこの辺にあった。


 だがアルタの怒りの矛先は別の方向にあるようだ。


「これもあいつらのせいだ! 俺をハメやがってぇ!! クソッタレ共がぁぁぁぁ!!!」


 その対象者は二人いる。


 まず一人目は、


「――姉ちゃん! いや糞姉のイライザめぇぇぇ! 全てあいつが事の発端だったんだ!」


 実姉であり神聖国グラーテカの第一王女こと、イライザ・フォン・ユウケイン。

 彼が言う通り、全てはイライザが起因している。



 それはアルタが勇者として神託を受けて間もなくの頃。

 もう明日にでも婚約者達と共に「魔王討伐」に行かなくてはならなかった。


 だが彼はとても憂鬱な気分に苛まれていたらしい。

 才能がないわけではない。散々甘やかしていた王妃とは違い、父であるアルロス王は教育には熱心でアルタもその英才教育を受けて常に期待に応えている。


 ただ当時のアルタは面倒くさかった。

 王城に居座って婚約者である美少女達とイチャコラしたくて仕方ない。

 さらに「働いたら負け」という謎の心理すら働いている。


 しかし婚約者達と両親から突き付けられた結婚条件は『魔王討伐』であった。

 なのでこのまま旅立たなければ、いつまでも美少女達との初夜を過ごすことはできない。


 そんなアルタが色々な意味で悶々としていた時。


「――アルタ、それなら『替玉』を作っては如何でしょう?」


 不意にイライザ王女が部屋に入り、そう進めてきた。


「姉ちゃん……いえ姉上、替玉とはなんでありますか? 随分と美味しそうですね」


「食べ物ではありません。要は貴方の身代わりを立て『魔王討伐』をさせる、都合の良い影の存在といえましょう」


「影の存在ですか?」


「そうです。例えば戦闘時など、屈強の魔物を相手にしなければならない場面に、貴方に扮したその者と入れ替わるとか……限定的であれば、姫達にも気づかれないでしょ?」


「なるほど……確かに。しかし城の騎士達にそんな器用なことができる者がおりますでしょうか?」


「騎士達では無理です。それに素人だと簡単にバレてしまいます。そのようなことを専門とした相応のスキルを持つ者が望ましいでしょう」


「専門ですか……冒険者を雇う? けど俺と違って品性なさそうだし、即バレそうだなぁ」


「……闇市に行けば、専門として生業している者がいるかもしれません」


「闇市ですか?」


「ええ、夫のロタッカから聞いた話ですが、どの国にも必ず裏社会があり闇市が存在すると……そこに『便利屋』がおり、お金さえ払えばなんでも応じていただけるらしいです」


「ほう、ロタッカ義兄上ですか? 流石、蛮族国の豚王子。高貴な我らとは違い、渡世の内情も詳しいのですね。卑しき豚、ミラクル・ザ・ピッグ」


 アルタはイライザの夫、ロタッカを酷く軽蔑している。


 理由は本人が言った通り、蛮族国出身であること。無害だが小心者で見た目もぶくぶくと太って、容姿が整っているアルタにとっては醜悪に見えてしまう。

 いくら貿易目的の政略結婚で婿養子になったとはいえ、自分らと同じ王族入りしたのに認めず納得してなかったことにある。


 イライザはニコニコと優しい微笑を浮かべつつ、瞼が若干痙攣していた。


「よろしければ、ロタッカから場所など聞いておきましょうか? 無論、この事はわたくしと貴方だけの他言無用。他所から漏れることは決してありません」


 なるほど悪い決して話ではない。

 義理兄のロタッカも姉の言う事には絶対で逆らうことはない。


 ――いいじゃないか!


「姉ちゃん! 早速教えてくり~!」


 アルタはやたらとチャライ素の言葉でイライザの提案を受け入れた。

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