目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第8話 死神セティ

 とある国が治めている村の広場で、僕達はランチワゴンを開店させる。

 普段通り屋台営業をしていた。


「ギャオッ! ギャオッ!! ギャーオッ!!!」


 馬車の柱にロープで繋がれている、白い幼竜がいやに吠えている。


「おい、シャバゾウ。さっきからうるさいぞ、お客さんに迷惑になるだろ?」


 調理を任されている僕が諫めるも、シャバゾウは吠えるのを止めない。

 このベビードラゴンは、ヒナにしか懐いていないんだ。

 したがって僕だけでなく、主であるイオさんに対してもイキって舐めた態度を見せてくる。


 基本僕は放置しているけど、イオさんは頭にきてお玉を振り翳すと、シャバゾウは怯えて隅に隠れては虹色の尻尾だけを見せて震えている。頭隠して尻だけってやつだ。


 だけど今日は特に吠えているな……なんか必死に見えるんだけど。

 それにヒナが食材を買い行ってから、一向に戻ってこないのも気になる。


 まさかあの子に何かあったのか?


「――セティ。ちょっとだけ店を頼むぞ」


「師匠、どちらに?」


「ちぃっとヒナの様子を見てくる」


「それなら僕が行きましょうか?」


「いや、お前は調理に専念してくれ……まだお客さんもいるし、もう店を任せてもいいだろう」


「は、はい……」


 尊敬する師匠に認められるのは嬉しいけど……なんだろう胸騒ぎがする。

 僕の暗殺者アサシンとしての直感がそう疼く。


「駄目だ――やっぱり行く! シャバゾウ、店番を頼むぞ!」


 代金を頂かず、急いで店を畳み駆け出した。


 走りながら僕は《追跡魔法》を発動させる。眼鏡を掛けるかのように両目から、幾何学模様の魔法陣が浮上する。視界上で道路に沿って淡く発光する足跡が点々とした光景が見られるようになった。

 これは指定した対象者が通ったルートを追跡し、ナビゲートしてくれる魔法である。


 一流の暗殺者アサシンなら大抵身につけているだろう。


 無論、倭国で名の知れる暗殺者アサシンだったイオさんも会得しているに違いない。

 きっと彼は同じような手段で、ヒナの足取りを追跡している筈だ。


 僕はそのイオさんが残した痕跡を追って行く。

 足跡は少し離れた大きな廃墟の館まで続いていた。


 気配を消して館内へと潜入し、足跡を辿りながらある一室へと向かう。

 扉が開けられており、僕はそっと室内を覗いた瞬間。


 既に最悪な事態となっていた。


「――イオ師匠ッ!?」


 僕は床にうつ伏せで倒れているイオさんに駆け寄る。


 イオさんは胸から血を流しており、その鮮血が床まで広がっていた。

 彼を仰向けにし、抱きかかえ状態を確認する。

 深く抉られた刺し傷、明らかに致命傷だ。


「う、ぐぅ……セティか? な、何故きた?」


「師匠、しっかり!」


「俺のことはいい……それよりヒナを……」


 イオさんは震える手で、奥の窓辺に向けて指を差して示している。

 そこには六人ほどの黒装束の男達がいた。闇と同化し全員が何らかの武装をしているようだ。


 奴らの真ん中にはヒナが猿轡さるぐつわをされ拘束されている。

 ヒナは「んーっ!」と唸りながら必死で何かを訴えていた。


「……貴様ら、その子を人質にして無抵抗な師匠を刺したのか?」


「小僧、貴様こそ何者だ? 何故そいつと行動を共にする!? イオとはどういう関係だ?」


「お前達に関係ないだろ! ヒナちゃんを放せ!」


「駄目だな。元々この娘は殺す予定だった。イオさえ情に流され裏切らなければな」


「だから裏切り者イオを誘き出す餌として利用したのだ! そして二人とも始末する! さらに我らの存在を知る、小僧貴様もだ!」


 問答無用ってわけか。

 もう9年前の話だろうに執念深い奴らだ。


 僕はイオさんを床に寝かせる。これ以上出血しないよう、治癒魔法で止血を施した。

 だけど僕はフィアラのような神官じゃないから、これが精一杯の処置だ。

 早く医者か教会に連れて行ってあげないと……。


「……すみません、師匠。1分だけ時間をください」


 僕は立ち上がり、黒装束の暗殺者アサシン達と向き合う。

 これまで感じたことのない焦燥が衝動となり全身に満ちて溢れていく。

 心の底から何かが湧き上がり沸騰し爆発しそうだ。


「な、なんだ……こいつ?」


 流石、プロ。僕の変化に気づいたのか?


 だがもう遅い! お前達は踏み込んではいけない領域に土俗で踏み込んだ!


「《生体機能増幅強化バイオブースト》発動――リミッター解除ッ!」


 僕は組織ハデスのボス『モルス』から貰った最大の力を解放した。

 それは死神から譲り受けた『恩寵ギフト』スキルとも言える。


 全身の力が漲り異常なまでに躍動しより昂られていく。

 皮膚全体に封印されていた古代魔法の呪文語が、羅列された刺青タトゥーのように浮き出され、赤く煌々と輝き出す。

 瞳孔が赤く染まり、攻撃的な衝迫が迸り高められる。


「――お前ら楽に死ねると思うなよ!」


 オレ・ ・は『死神セティ』へと変貌した。


「か、構わん! 殺せぇえぇぇぇ!!!」


 真ん中でヒナを押えている男が叫び指示を送る。

 あいつがリーダー格か。


 両端にいた三人の黒装束が片手剣の湾曲刃剣カトラスと槍である偃月刀シミターを掲げて襲い掛かってくる。

 どれもエウロス大陸で見られる武器だ。


 だがオレには関係ない。

 両腕に逆手持ちで握られた二刀の短剣だがーを携え疾走した。

 鮮やかな赤い軌跡の残光を描き、襲い掛かる黒装束達に纏わりつきすり抜けた。


「「「ぐわっ!」」」


 三人の黒装束達は揃って悲鳴を上げる。

 通過したオレを背後に、連中は瞬きする間もなく手足と頭部が切り離され血飛沫を上げて飛び散っていた。


 ヒナにだけはその凄惨な光景を見せないよう配慮する。


「ヒナ、すぐ終わるから少しの間、目を瞑ってくれ」


 オレはそう言うと、ヒナは素直に頷き瞳を閉じた。この子は素直だから助かる。


「き、貴様ァ、一体何をした!?」


 リーダー格の男が叫びながら問う。


「別に。普通にクズを斬り殺しただけだ。お前ら如きでは、本気になったオレの動きを見極めることは不可能」


 そう、これが本来の戦闘スタイル――。

 オレのスキル、《生体強化バイオブースト》は生体機能を極限まで高め増幅させる能力だ。


 ただ単に肉体を強化させるだけでなく、五感や直感などありとあらゆる機能が対象となり増幅されていく。

 さらにリミッターを解除することで天井知らずの増幅が見込まれる、ある意味チートと言えるだろう。


 伊達に裏社会を支配する暗殺組織ハデス最強と呼ばれていない。

 ちなみにこの状態になると、若干だが口調も変わってしまう。

 酷く興奮状態に陥り、気性もより攻撃的となり荒々しくなってしまうので仕方のないことだ。


 そんなオレは悠然と黒装束達へと近づいて行く。


「……残り三人」


「おのれぇ、図に乗るな――ぐえぇっ!」


「あがぁぁぁ!」


 両手に持つ短剣ダガーを同時に投げ、まずは両脇にいる男二人の顔面に突き刺した。

 《生体強化バイオブースト》状態での投擲は銃弾以上の速度を持つ。


 そのまま男二人は膝から崩れ落ち、ドサッと物音を立て床に倒れ伏せた。


「な、何ィ!?」


「……残り一人」


 オレは最後の一人ことリーダー格の男に迫る。

 男は露出された目が見開き驚愕し戦慄していた。


「来るな! こっちには人質がいるんだぞ!」


 言いながら男はヒナに短剣ダガーの刃を向けている。


「やってみろよ。その前に殺すから」


 オレは動じることなく突き進む。


「あ、あああ――このガキからブッ殺してやるぅ!」


「――だから遅すぎるんだよ。お前、もう死ね」


 オレは姿を消し、超高速移動でリーダー格の背後へと回り込む。


「ぐげぇぇぇ!」


 速攻で裸絞にして軽々と頸椎を砕き屠った。


 腕の中で脱力する男の死屍を横へ放り投げ、目の前にいるヒナの拘束を解いていく。

 リミッター解除したオレの動きを追随できる者はいない。


 気づいた頃には標的は死ぬ――死神の大鎌で狩られるかの如く。


 ――それが組織ハデスに通り名であり、オレが『死神セティ』と呼ばれる由縁である。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?