「あそこだよ、お兄ちゃん!」
ヒナという少女は僕の手を引きながら、とある場所に向けて指を差し示した。
木々に囲まれた自然公園の広場に人だかりとなっている箇所がある。
そこには一台の大きな馬車が停められていた。
馬車の側面が開かれ屋台式となっており、店主らしき男性がせわしなく調理している。
料理を受け取った客は用意されたテーブル席に座ったり、立ち食いしている人もいた。
にしても……いい匂い。それに美味そうだ。
空腹の僕には酷な光景なのは確かである。
「お父さ~ん! バイトのお兄ちゃん、連れてきたよ~!」
ヒナは店主に向けて大きく手を振って見せる。
ん? バイト? 僕が?
「おお、こっちに来い! 腹減っているだろ、まずは食ってから働いてくれよ!」
活気に満ちた渋みある声で男は僕に手招きをする。
おや、よく見ると……片腕がない。隻腕か。
店主の左肩からすっぽりと腕が抜け落ちたように見える。
その他は筋肉隆々で精悍な顔つき、口元と顎に髭を蓄えた黒髪の中年の男性だ。
「ほらぁお兄ちゃん、行こ!」
ヒナに手を引っ張られ、僕は屋台へ向う。
空席に座ると間もなくして店主は片腕で料理を持って来てくれた。
大きくて底の深い器に黒いスープにつけられたパスタが入っている。
他にも色々な野菜やハムが幾つもトッピングされていた。
なんだこりゃ? 見たことのない料理だ。
でも香ばしくて凄く良い香りがする。
僕は店主に教わりながら、ハシという道具を使ってパスタを食べてみた。
「うん、美味しい! こんな美味しい食べ物は初めてだぁ! この料理、一体なんて言うんだい?」
「ラーメンだよ。他にもチャーハンとか、天ぷらとか、色々作れるんだから」
ヒナが自慢げに答えてくれる。
でもどれも聞いたことのない料理名ばかり。
「ヒナ。グランドライン大陸の人に言ってもわからんぞ。兄ちゃん、俺が作る料理は『
「倭国? 聞いたことがあります。確か東方面のエウロス大陸ですね? グランドラインから相当離れた大陸であると」
「ああ、そうだ。俺はイオ。イオ・シラヌイだ。この移動式『ランチワゴン』の店主で娘のヒナと一緒に大陸中を回っている。兄ちゃんの黒髪や瞳も『
「え? いや……まぁ点々とです。グランドラインには違いませんが……あっ、セティといいます」
何せ物心ついた時から孤児院にいたからな。そこが故郷なのかすらわからない。
「ふ~ん、そうか。セティ、よろしくな」
イオさんはそれ以上言及せず、僕の食べっぷりに微笑みを浮かべている。
「セティお兄ちゃん、一緒に食べよ」
ヒナがラーメンをテーブルに置き、僕の向かい側席にちょこんと座った。
「うん、いいよ」
「えへへ、みんなで食べると美味しいよね」
「え?」
ヒナの言葉に、ふと彼女達との思い出が過った。
僕が偽りの勇者として接していた少女達……。
共に戦い、共に過ごした日々。
彼女達を欺き続けた偽りの関係だったけど、僕が失っていた心を戻すきっかけを作った大切なひと時に違いない。
つっと瞳から涙が零れ落ちる。
「……お兄ちゃん、どうしたの? 泣いているの?」
「ん? ああ、美味しすぎてね……しばらく何も食べてなかったから」
「そう、いっぱい食べてね!」
「……ありがとう、ヒナちゃん」
また人の温かさに触れ優しい気持ちになれる。
改めて自由を手に入れて良かったと感じた。
完食した僕は早速イオさんのお手伝いをする。
皿洗いから後片付けまでやれることは全て行った。
雑用なのに何故だろう。凄く楽しい。
これまで暗殺や他者を欺く仕事ばかりしていたからか、初めて感じる労働感と充実感。
やばい……また涙が出そうだ。どうも感情が戻ってから涙腺が弱くなったようだ。
ヒナも健気ながら笑顔いっぱいで手伝っている。偉いなぁっと思う。
だけど、店主のイオさんも凄いよな……。
左腕がないのに器用になんでも手早く行っている。まるでハンディキャップを感じない動き。
けど所々に見える、あの動き方……いやなんでもない。
いたずらに詮索するのはやめよう。いい人には変わりないのだから。
そんな中、馬車の隅で何かごそごそと動いていることに気づく。
「アンギャ!」と変な鳴き声まで聞こえてくる。
僕が覗き込むと、そこには「竜の子」ことベビードラゴンがいた。
全身が真っ白な鱗で尻尾だけ虹のように鮮やかな七色で煌々と光っている。
大きさは中型犬くらいで、角もなく全体的に丸み帯びていた。
長い首にロープが巻かれ、馬車の柱に繋がっている。
ぱっと見は
「――シャバゾウだよ、セティお兄ちゃん」
ヒナが教えてくれる。
「シャ、シァバゾウ? 何それ?」
「この子の名前、お父さんがつけたの」
「ハハハッ、そいつは威勢がよくいつもイキっているが酷く憶病な奴なんだ。だから
妙な名をつけるな……なるほどね。
そのシャバゾウは僕を見て「グゥ~!」と唸り声を上げ威嚇しているも、少しでも近づこうとすると、すぐさま物陰に隠れていた。
「このベビードラゴンは
「いや知らなねぇな……旅の途中、ヒナがどっかで拾ってきたんだ。それ以来、なんとなく飼っている」
「酷く怪我をしていてね……それで助けたの」
「きっとハンターだろうな。兄ちゃんが聞いた通り、珍しい竜には違いない」
イオさんとヒナの説明に僕は「そうなんですね」と頷いた。
それから薄暗くなり、夕食もご馳走になる。
職のない僕をイオさんはウォアナ王国にいる間はアルバイトとして雇ってもいいと言ってくれた。僕は喜んで頭を下げてお願いする。
そんな中、
「――ちょっと厠に行ってきます」
僕は馬車から離れ、木々の中へと消えていく。
「さっきから、そこで何してんの?」
木の物陰に隠れている三人の男達に声をかけた。
黒装束に身を包み、口や顔も黒い布を巻きつけていて素顔はわからない。
だがどいつも昼間、ヒナをさらおうとした男と同じ匂いがする。
「黒髪の小僧、お前こそなんだ? 何故、我らの邪魔をする?」
「毒牙を向ける輩から、無垢でいたいけな幼い子供を守るのは当然だろ? 今の僕はそのために『力』を使う」
「小僧……貴様も同業者か?」
「ということは『ハデス』か?」
組織を知っている? だがその口振りから別組織の
グランドライン大陸じゃない……ってことは。
僕が思考を巡らせる中、男の一人が懐から
「邪魔するなら死――ぐわぁ!」
「遅い。もしかして隙をついたつもり?」
僕は圧倒する速さで黒装束の男との距離を詰める。
男から
「き、貴様ァ!」
もう一人の男が
僕は軌道を読み放たれた矢を素手で掴むと、男へ向けて投げ返す。
男の額に矢が刺さり、その場で膝を崩し倒れた。
「ひ、ひぃ! つ、強い!」
最後に残った男は悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。
しかも魔法で足を強化したのか、明らかに常人を超えた身のこなしと素早さだ。
でも、
「僕にとっては遅すぎる――もう死んでいいよ」
あっという間に僕は男の背後に追いつき、その首をへし折り屠った。
こいつらの目的と狙いは既に察している。
だから尋問せず即キルことにした。
僕は木々から抜け出ると、案の定。
月明りの下で僕を待ち構えるように、イオさんが立っていた。
そう、連中の標的はヒナじゃない。
――イオさんだ。