「……そうか、すまない。もし『彼』を見かけたら声を掛けてほしい」
とある国の冒険者ギルドにて。
姫騎士カリナは受付嬢と話し終えると、足早に併設されている酒場に向かいテーブル席に座る仲間の女子達と合流した。
「一応、ギルドに捜索願いの依頼を出しておいたぞ。しかし特徴がなさすぎるとのことで困難だろうと言われた」
「……無理もありません。何せ、わたし達は勇者アルタの姿をした『彼』しか知らないのですから……」
「声も、アルタだったし癖も同じ……唯一違うのはめちゃくちゃ強かったことと、純粋で優しい雰囲気だよね」
聖女フィアラとエルフ族の娘ミーリエルの言葉にカリナは頷く。
「アルタはあの方を『闇市の便利屋ギルドで雇った』と言っていたが、そんなギルドは存在していないようだ」
「ならいっそ各国の闇市に行く? 女の子ばっかのあたし達だと危険かもしれないけど……」
「闇市に行くのは問題ない。我らは仮にも勇者パーティ、その辺の男共になど負けん!」
「カリナの言う通り、少しでも『彼』の居場所が掴めるなら地獄でも行きましょう……ただ闇雲に動いても余計に迷走してしまうのではないでしょうか?」
フィアラの考えに他の二人も頷いて見せる。
元勇者アルタの仲間であり婚約者だったパーティの少女達。
婚約を解消した後、ずっと彼女達だけで『彼』を探していた。
――偽物の勇者こと、セティである。
しかしながら少女達はセティの素顔を知らない。話していた通り、みんなの前では常にアルタに扮した姿だったからだ。
おまけに声や癖も同じであり、唯一異なるのは戦闘力と接した時の受け答えや柔らかい物腰の独特な雰囲気だけらしい。
そのあまりにも少なすぎる情報。砂漠から小石を見つけるようなものだ。
「一つだけ手はあるわ」
今まで沈黙していた魔術師のマニーサが口を開いた。
「手とはなんだ? マニーサ、教えてくれ」
カリナに問われマニーサは頷くと、その豊満な胸元の谷間から一枚のハンカチを取り出しテーブルに置いた。
皆は「一体どこにしまっているのよ……」と問いたかったがあえて口を噤んだ。
「ねぇ、このハンカチはなぁに?」
「ミーリ、このハンカチには『彼』の涙が含まれているのよ。ほら、覚えていない? 初めて『彼』とご飯を食べた時――」
マニーサに尋ねられ、カリナとファアラとミーリエルの三人は「あ!?」と声を上げる。
かれこれニヶ月前。
勇者パーティが結成され、魔王討伐に赴き一週間が経過した。
当初は勇者アルタの婚約者達ということもあり、全員が今ほど結束しているわけでもなく、身分や種族の違いから極めてドライな関係であったようだ。
そんな美少女達に囲まれ、一番はしゃいでいたのは当然、勇者アルタただ一人。
他の女子達は己が背負う使命や血族の立場、政略的な理由などから決して自分の意志ではなく無理強いされた関係に、半ば人生を諦めていたと言っても過言じゃない。
特に口先だけのアルタに対し、全員が素っ気なく軽んじていた。
セティが組織の命令で勇者アルタに成り代わる形でパーティに加わった時も同様である。
だが戦闘時におけるセティの強さや的確な指示のおかげで、自分達では手に負えないであろう強敵の魔物やドラゴンを斃していく内に、少女達は次第にアルタに対しての見方が変わっていく。
しかし何かが可笑しいと常に疑念が過ってしまう。
勇者アルタの戦闘時と普段とのギャップに違和感を覚え始めていたのだ。
間もなくして証明する決定的な出来事があった。
その夜、勇者パーティは森で野営をすることになる。
ここから数キロ歩いた所に都があり繁華街があるらしい。
アルタはそこで宿を取ろうと言い出すも、少女達は誰も首を縦に振る者はいなかった。
理由として、森に討伐するべき凶悪なドラゴンが潜んでおりこのまま放置することはできない。
どうしても遊びたいアルタはセティを呼び出し、彼にアリバイを作らせ自分だけ繁華街へと飛んで行った。
女子達は知らずにアルタに扮したセティと共に焚火を囲い、共に食事をしていた時だ。
「……美味しい」
セティは呟き唇を押える。
その様子から自分でも何を言ったのか信じられない感じだ。
「勇者殿、どうされました?」
「いや、そのぅ別に……食事ってこんなに美味しいかったのかなぁって……」
申し訳なさそうに言う見た目はアルタで中身はセティに、尋ねたカリナだけでなく他の女子達も首を傾げる。
いつも「俺様~、フゥ!」と叫ぶチャライ男とは思えない、初々しい仕草が彼にあったからだ。
「一応、作ったわたしからありがとうと言っておきますが……特に味の工夫などしておりません。その場しのぎのモノですよ」
「いや、フィアラ……そういう意味じゃなくて」
「てっきり庶民の私ならともかく、王子様の口には合わないかと思ったわ」
隣に座るマニーサから嫌味っぽい口調が聞かれた。
彼女は特にアルタを軽蔑しており大嫌いである。
英雄と謳われた大賢者マギラスの娘とはいえ庶民には変わりない。
王族のアルタが度々マウントを取ろうとしてくるのでうざくて仕方なかった。
「ごめんなさい……いやごめん、けど美味しいのは事実だから。だけど、突然どうして美味しいと感じたのか、自分でもわからないんだ」
「そんなの簡単だよ、アルタ」
「え? ミーリ、どういうこと?」
「こうして、みんなで一緒に食べているからだよ。一人じゃ味気ないでしょ?」
「……みんなと一緒。そうか……だからか」
ふとセティの瞳から熱い何かが込み上げてくる。
つぅと雫が幾つも零れ落ちていく。
「勇者殿……まさか泣いておられるのか?」
「え? いや……あれ、なんだろう……変だな。止まらない、どうして?」
「もう仕方ないわね、ほら」
マニーサはハンカチを取り出し、セティの涙を拭き取る。
「す、すみませ……いや、ありがとう」
「いいわよ……フフフ、可愛いところもあるじゃない」
「本当ですね。そこまで喜んで頂けるのなら、もう少し凝った物にすれば良かったです」
フィアラも初めて優しい微笑を浮かべる。
続いてカリナやミーリエルも瞳を細め笑い、その場はこれまでにない和やかな雰囲気となった。
どうやらセティが流した涙に、少女達の母性本能がメロメロにやられてしまったようだ。
だが翌朝。
「うぃ~す、おはこんばんちわ! 今日も俺っちイケイケよ~ん、ってあれ? みんなどうったの? 目が死んでるよ~ん? なぁに? ねぇ、どうしたのよ~ん! どうしたのぉぉぉっ!?」
朝帰りして戻ったアルタを前に、全員が改めて勇者に対して幻滅する。
当初は何か夢を見ていたのかと興醒めした。
だが何度か同じことを繰り返していくうちに少女達は確信する。
――良い方のアルタは偽物だよね?
っと。
しかし少女達は追求しなかった。
もしバレていると知ったら、きっと『良い方のアルタ』が困るだろうと察したから。
そして彼が自分達の前から姿を消してしまわないか、そう不安が過ったから。
したがって魔王討伐した後に『彼』を呼び止めて、これまで秘めた想いを打ち明けようと話し合い決行しようとしたのだが……。
まんまとアルタに先手を取られてしまったのだ。
現在。
「――あの時、彼が涙を拭き取ったハンカチよ。魔法でコーティング加工してあるの。だから、乾かず残っているわ」
「だがマニーサ、どうしてハンカチをわざわざ胸の中に仕舞っていたのだ?」
「そんなの決まっているじゃない、カリナ。『彼』の温もりを胸に秘めて独り占めにしたかったからよ……思い出しただけでも胸がキュンキュンするわ」
「「「はぁ?」」」
三人の瞳が攻撃色に変わっていく。
「じょ、冗談よ……でもね、これは唯一の証拠なのよ。流石の『彼』も涙だけは偽れないでしょ?」
「「「た、確かに……」」」
三人からすうっと敵意が消えた。
「ですが、マニーサ。そのハンカチからどうやって『彼』を探すのですか?」
「ええ、フィアラ。これを媒体に《ペンデュラム魔法》で、ある程度『彼』の位置が特定できる筈よ。闇雲に探すより遥かに確率が高いわ」
「なるほど、流石は大陸に名を轟かせる偉大なる魔術師、大賢者マギラスの娘だ」
「そうだね……伊達におっぱい糞デカくないね。スレンダーなエルフ族にとって嫌味だわぁ」
「ちょっとミーリ、あんた喧嘩売ってんの?」
活路を見出したからか、朗らかに笑い合う少女達。
嘗ては互いの接点がなく、あくまでドライだった関係が、今では家族以上に一致団結している。
これも偽勇者に扮しながらも、心を取り戻した