『カーッ! 死神セティが組織を裏切ったァ! カーッ! 始末しろ! 裏切り者を始末しろ!
密偵鴉より、グランドライン大陸に潜伏する
これからセティは各国に潜伏する
大陸規模を誇る『ハデス』を裏切るとはそういうことなのだ。
にもかかわらず、
「お腹すいたな……」
当の本人は呑気に焚火を前に野宿をしていた。
黒い革製の
「こんなことなら依頼料の分け前を頂いてから事を起こすべきだったな……はぁ」
僕は揺れる炎を愛でながら溜息を吐き空腹を堪える。
よく考えてみれば自分が無一文であることに気づく。
一流の
それには理由がある。
殺しで得た薄汚い金は綺麗になるよう全て各国の孤児院に全額寄付していたからだ。
匿名でね。
理由は、僕も同じ孤児院出身だったこと。
かれこれ12年前になる。
ある国で戦争が起きて、僕が暮らしていた孤児院も戦火に巻き込まれた。
みんな死に僕だけが奇跡的に生き残った。
だけど幼かった僕は独りでは何もできず路頭に迷うことになる。
空腹に苛まれ、もうじき餓死するのだろうと半ば諦めていた時、組織のボス『モルス』が僕の前に現れた。
「小僧よ、いっぱい飯が食いたかったらウチに来るか? お前に生きていける力を与えてやろう」
出会った当初、ボスは杖をついた痩せこけた男性の年寄りだった。
ただ「魔剣アンサラー」は腰元に装備していたのを覚えている。
僕は生きたいと強く望み、差し出された悪魔の手を握りしめた。
暗殺組織『ハデス』に入った僕はボス直々の指導の下に鍛えられ、一流の
王族や要人の暗殺、護衛や魔物の討伐など数多くの任務をこなし常に完璧に成し遂げた。
時には単独で一国を相手にしたこともあり、任務であれば壊滅まで追い込むこともある。
そんな容赦のない戦いぶりから同じ組織の者達から「死神セティ」と呼ばれるようになり、『ハデス』の象徴として祭り上げられるようになった。
しかしいくら最強の
いや、あの時は嬉しいという感情すら忘れてしまっていたと思う。
組織に入ってから、既に僕の心は壊れ死んでいたからだ。
ボスにそう仕向けられ、ただの殺戮
痛みや苦しみ、悲しみすら何も感じない。ただ淡々と任務をこなし常に誰かを殺していく日々。
唯一の良心は殺しで得た金は一切使わず、訪れた国の孤児院やボランティア施設に寄付すること。
これ以上、自分のような子供達が悪い組織に拾われませんように、そう思ってやっていた自己満足のお節介。
おそらく一生、この稼業から抜け出すことはない。そう諦めていた。
そう――彼女達に会うまでは。
勇者アルタの依頼で、僕は度々勇者に成り代わり彼の婚約者である4人のパーティと共に戦っていた。
以前にも話したが、戦い以外でもアルタは夜遊び目的で度々抜け出し僕に身代わりをさせている。
偽勇者に扮した僕は依頼に則り差し障りのないよう彼女と接していた。
カリナ、フィアラ、ミーリエル、マニーサ。
4人とも綺麗で美しくとても魅力的で信念と誇りを持って勇者パーティに加わっている。
とても軽い気持ちで勇者アルタに靡いているような女子達じゃないと思った。
案の定、彼女達には各々の事情があり、やむを得ず婚約を取り交わしていた背景がある。
それでも勇者アルタを信じ、彼の活躍次第では……という気持ちも少なからずあったようだ。
だけど結局、アルタは彼女達を裏切っている。僕が偽物として成り代わっている時点でね。
しかし僕にとって4人との出会いは運命を大きく変える出来事に違いない。
最初の頃は勇者アルタとして警戒されたけど、共に戦い接しているうちに打ち解け合い、彼女達の優しさに触れることができた。
凍てついていた僕の心は彼女達の温かさに溶かされ、失ったと思っていた感情が蘇ってくる。
気づけば一緒に笑い、戦闘中も互いに背中を預けられるほど信頼できる関係になっていたんだ。
たとえ嘘の関係だとしても、僕にとってはとても楽しく幸せな日々だった。
同時に、あんな子達を欺いている自分に罪悪感が芽生えてしまう。
けど打ち明けるわけにはいかない。
確かに依頼もあったけど、正直に話したところで何が変わるわけでもないからだ。
そして魔王を斃した直後、僕は勇者アルタに解雇される。
心を取り戻した僕は
ギルド本部で殺した男……間違いなくボスのモルス。
けど奴であって奴じゃない。
どうせ違う姿でまた現れる。あの『魔剣アンサラー』を持って再び。
その時は殺してやるまでだ……だけど。
ぐぎゅるるる~。
腹の虫が騒ぎ出す。
「やっぱり腹が減ったな……いざとなったら魔物でも狩って食べるしかない」
以前は味覚がなかったから割となんでも食べれたけど、今はすっかりグルメ志向になってしまっている。
これも彼女達のおかげかな。
次の日、神聖国グラーテカの隣国であるウォアナ王国に訪れた。
この国は確か、勇者パーティの一人である姫騎士カリナの出身国であり、彼女は正真正銘の第三王女だと聞く。
フルネームは、カリナ・フォン・アランバードだ。
なんでも政略結婚でアルタの許嫁として婚約したらしい。
王女だが優秀な聖騎士でもあるカリナは「我に相応しき殿方なら、当然我より強くなければならない」と最初の頃は偽勇者の僕に決闘を申し込んできたんだ。
ここで負けて勇者アルタが見限られたら任務失敗だと思い、手加減しつつなんとか勝った。
それ以来、カリナが僕、いや勇者アルタを見る目が変わったと思っている。
「つい最近なのに懐かしく思えてしまう……それに良い国じゃないか」
入国後、僕は王都の街並みを見渡して呟く。
けど腹が減ったな……あれから何も食べてない。
まずは職を探さないと……。
そう思っていた矢先。
人混みの中、妙な男が一人の少女を尾行しているのに気づいた。
少女はおさげの黒髪がとても似合う9才くらいで可愛らしい子だ。
一方で男の方は明らかに怪しい。
大きな鞄を肩からぶら下げ、とにかく息遣いが荒い。
その鞄から僅かに血の臭いが入り混じっている。あの膨らみからして武器の外に大きな布袋が入っていると察した。
こいつ……間違いなく人さらい、いや
幼女専門の変態にしちゃ血生臭い。動きこそ誰かに教わったような忍び足だが、追跡自体は、ここからでもバレバレのまだ素人の域だ。
少なくても
僕の
色々な糞野郎を見てきたから、一目で見極めることができた。
特にこれから殺しや犯罪を犯そうとする奴は、その身体から発せられる殺気でわかる。
大方、人気のなさそうな場所まで付け回し、あの子を拉致するつもりか。
どちらにせよだ。
「おい、あんた。その子に何しようとしてんの?」
僕は気配を消したまま近づき、男の背後で話かける。
「なんだ、テメェ――うごぉ!」
男が振り向いたと同時に、予め硬質化させた中指を奴の額に根本まで突き刺して素早く引き抜く。
無論、速すぎる動きで白昼だろうと誰も気づかれることはない。
「堂々と街中で臭い息してんなよ、下衆が」
僕は
それが僕が命を奪ってきた者達に対する、せめての贖罪だからだ。
男は額から両目や鼻と口から血を流して、そのまま蹲り前のめりで倒れた。
周りも異変に気づき、ひれ伏す男を中心に人集りができている。
僕は何食わぬ顔で颯爽と立ち去った。