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第2話 死神と呼ばれた暗殺者

「――セティ、仕事だ。しばらく神聖国グラーテカの王子である勇者アルタに成り代わり、魔王ガルヴォロンを討伐すること」


「魔王ガルヴォロン? 一年前から『聖なる深き森』を根城にする九つ頭のドラゴンですね? 他の野生ドラゴンを洗脳し従わせる能力を持つという」


「そうだ。任務は魔王を屠り王城へ帰還するまでの間。ただし依頼者クライアントの要望で成り代わるのは、戦闘時と勇者から要請があった時のみ。普段は近場で待機してほしいとのことだ。ちいっとややっこしいが、カンストしたお前の隠密スキルなら問題ないだろう」


「了解しました、ボス。依頼者クライアントは勇者アルタ本人ですか? それとも国王?」


「勇者本人だ。ふらりと闇市のギルドに現れてな……当人は訪れた先が『便利屋ギルド』と言っていたようだがな」


「ウチが暗殺者ギルドだとは知らないで依頼したとでも?」


「かもな。だが関係ない。どんな依頼も遂行するのが、我ら『ハデス』だ。暗殺稼業だけに至らず冒険者紛いの討伐もこなす、依頼者クライアントの要望通りに正確かつ精密にな。したがって受けた以上は絶対だ。失敗は許されん」


「ボス、わかりました。必ず任務を遂行します」


 こうして僕は依頼を受け、勇者アルタに変装して成り代わることになる。


 依頼どおりに戦闘時は、彼と入れ替わり勇者としてパーティ達と共に魔物らを打ち倒した。

 夜は頻繁に娼婦館や夜遊び行くアルタのアリバイ役として彼に扮し共に過ごした。


 無論、彼女らとは変なことになっていないさ。それも勇者からの条件だからね。

 あくまで自然体かつ紳士的に接してきたつもりだ。

 みんな上辺だけじゃなく内面も素敵な女子ばかりだったから……僕なんかじゃ眩しいすぎるくらいに。


 そう。


 全てはパーティである婚約者達の目を欺くためだそうだ。

 詳しい理由は知らない。僕が知る必要もない。


 でも何も知らない彼女達が、あんな勇者を信じていいようにされ結婚まで……。

 そう考えると正直切なく悲しい気持ちになる。


「……悲しい気持ちか。こう感傷的になれたのも、全て彼女達のおかげなんだ」


 カリナ、フィアラ、ミーリエル、マニーサ。

 どうかみんな幸せなってほしい……あのアルタじゃ無理だろうな。


 僕が物思いに耽ながら夜空を見上げていると、一羽のカラスが向かってきた。


『カァーッ、死神セティ! 任務どうした! 任務に戻れ、カァーッ!』


 甲高い鳴き声と共にそう訴えてくる。

 こいつは任務伝達及び監視用の密偵鴉だ。


「勇者に解雇されたんだ。ワケはギルド本部に戻ってから説明するとボスに伝えてくれ」


『駄目だカァーッ! 任務絶対ッ! 任務絶対ッ! 失敗は許されないカーッ!』


「黙れ、殺すぞ」


『カ、カァーッ! 用事思い出したカァーッ! カラスが鳴いたら帰るカーッ!』


 密偵鴉は妙なことを口走りながら、どこかへ飛んで行った。

 カラスが鳴いたらって……お前が鳴いてんじゃないか。


 ……任務失敗か。


 勇者からの一方的な不当解雇とはいえ、やはり組織にしたらそういう理屈になるらしい。

 このまましれっと姿を消すこともできるが……。


「まぁ、いい。ケジメくらいつけないとな」


 僕はあっさり言い切り、神聖国グラーテカの王都を目指した。



 数日後、王都へと辿り着く。

 繁華街から裏街道に入りさらに奥の奥へと進むと、そこに闇市があった。


 たとえ神聖国だろうと人が暮らす以上、必ずこういう場所は存在する。

 人間社会とは光と闇のように表裏一体なのだ。


 僕はとある館へと入った。

 そこはグラーテカ支部の暗殺者ギルドの本部であり、僕が所属する暗殺組織『ハデス』が取り仕切る館である。


 このグランドライン大陸に浸透する巨大な暗殺組織それが『ハデス』だ。


 依頼者クライアントの要望に応え、暗殺から潜入、時に魔物の討伐から慈善活動までなんでも行う。

 そういう点では勇者アルタが言った通り「便利屋ギルド」と例えられても可笑しくない。


 だが多額の報酬を受け取る分、依頼達成率は100%。些細な失敗すら許されない。失敗は「死」を意味する。

 徹底した厳粛の中で、僕達暗殺者アサシンは任務に挑まなければならない。


 反面、それは依頼者クライアントにも言える。一度取り交わした任務の変更は許されない。

 ましてや不当解雇など万死に値する。

 おそらく勇者アルタも契約書にそう取り交わしている筈なのに……きっとろくに読まないでサインしたのだろう。


 いずれ奴も別な暗殺者アサシンに狙われ命を落とすことになる。

 勇者だろうと王族だろうと関係ない。

 組織はメンツが命、舐められたら終わりなのだ。


 僕は扉を開けると、薄暗い一室の窓際にあるデスクで男が椅子に座っている。


 筋肉隆々とした大男。頭が禿げており髪の毛が一本もない、ある意味眩くて神々しい。

 容姿は如何にも屈強の戦士といういかつさがあり、露出された肌には幾つもの古傷が見られる。


 そしてデスクの脇に置いてある鞘に収まっている歪な形をした両手剣は、彼の愛剣『魔剣アンサラー(応える者)』だ。


「ボス、只今戻りました」


 彼が組織のボス、名は『モルス』。


「……話は密偵鴉から聞いている。任務に失敗したようだな。セティよ、お前らしくもない……と言いたいが、まぁあの勇者ならやむを得ぬだろう」


「では僕の失敗は不問ですか?」


「そうだ。お前は組織内でも『死神』と畏れられ最強に位置するトップの暗殺者アサシンだ。そんなしょーもない理由でキャリアに傷をつけることもあるまい。依頼者クライアントの勇者アルタは契約違反で処分するがな」


「ボス、寛大な措置ありがとうございます」


「うむ。どちらにせよ次の任務がある。セティよ、お前にしかできない仕事だ。内容は……」


「――辞めます」


「はぁ?」


「だから辞めると言ったんです。今限り僕は組織を抜けます」


「いや、何言ってんの、お前……自分の言っている意味をわかっているのか?」


「わかっています。僕は暗殺者アサシンを辞めて、これから自由に余生を送ります。ボスにはここまで育てて頂き感謝しています」


「……正気か? 組織を抜けるということは『裏切る』という意味だぞ。お前ほどの者が裏切り者の末路を知らんわけでもあるまい」


「はい十分すぎるほどに……なら僕も容赦しませんよ。組織ハデス最強の『死神』と謳われた暗殺者アサシンの名にかけて、命尽きるまで抗って戦ってみせます」


「……そうか、実に残念だ――」


 ボスことモルスは言いながら傍にある『魔剣アンサラー』を取り、素早い動きで抜刀しようとした。


 その瞬間


 グサッ


「遅すぎですね、ボス……それじゃ僕は殺せない」


 既に僕の短剣ダガーがモルスの喉元に深々と突き刺さっていた。


「ぐはっ……セティ、き、貴様ッ!?」


「これが僕なりのケジメです。さよなら――」


 吐血するモルスを他所に、僕は突き刺した短剣ダガーの刃をぐるりと抉り確実に仕留めた。

 短剣ダガーを引き抜くと、モルスは血飛沫と共にデスクに倒れ込み絶命する。


 僕は血塗れになったモルスよりも、彼が手にしていた筈の『魔剣』が紛失していることに気づき顔を顰めた。


「……魔剣アンサラーが消えている? やっぱりこいつも偽物・ ・だったのか……まぁ別にいいけど」


 あっさり言いながら、僕は清々しい気持ちで館を出た。


「さぁて、どこへ行こうかな」


 新たなセカンドライフに心躍らせながら。

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