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第46話『肩慣らしに暴れられるんだ』

「逃げてください!」


 村の戦力は、本当に微々たるもの。


 アルマが住む屋敷に使える兵士数名と、バルド――それに冒険者三人。

 彼らは有言実行を果たし、無事に交戦と撤退を繰り返しているものの、やはり数が数というものもあり苦戦を強いられている。


 モンスター群――ウルフの群れは、そのほとんどが小型なためなんとか対処できてはいるが、時たま襲い掛かる大型のウルフは簡単に対処できず、数人がかりでなんとか討伐していた。


 しかし村陣営は思う。


 なぜ烏合の衆でしかないウルフ達は、こうして村に攻めてきたのかを。

 直近で村の近辺で出没しているのを確認できてはいたが、それ以上――村への奇襲という強硬策をとることはなかった。

 もしも村に攻め入ってくるとしても、まだ時間の猶予があると踏んでいたのだが。


「急いでください!」


 アルマは村の端である住宅地で避難の援助を行っていた。


 言葉掛けこそは荒っぽくなってしまっているが、最後尾を歩く初老の女性に手を差し伸べたりしている。

 その女性も、アルマに焦りが見える事の重要性を感じ取っているが、若者と同じように走ることのできない自らの足に心が逸る。


 そして、最も恐れる状況が訪れた。


『グルルルルルルルルルル』


 獲物である人間を発見し、喉を鳴らしながら睨みつけるウルフが、ゆっくりと忍び足で姿を現す。


「ここは僕に任せてください」

「で、でも……」

「大丈夫です。僕にはこれがありますので」


 アルマは女性に背を向け、抜刀する。


「アルマ様、お気を付けください」


 女性は、不自由な右足を引きずるようにして歩き出した。


 両者共睨み合う。

 牙をむき出しに殺意を向けてくるウルフに対し、アルマは自らの異変に気付いていた。


(どうして、どうしてなんだ。なんで、なんで震えが止まらないんだ!)


 アルマは心の中でそう叫ぶ。


 自らの意思に反し、震える手足。

 自らの意思に反し、固まる身体。

 自らの意志に反し、止まらぬ汗。

 自らの意思に反し、逃走が過る。


 心は前に向かおうとしているのに、脳が、体がそれを拒む。

 次の瞬間、ウルフが襲ってきたらどうするのか、どうなるのか、どうできるのか。

 睨み合っている時間はたったの数十秒程度だけだというのに、思考はどんどん加速していく。


(僕は戦うって決めたんだろ。カナトにも言ってもらったんだ、お前なら戦えるって。大切な人達を護れるって。だというのに、なんでっ!)


 徐々に、しかし確実に、アルマは恐怖に全身が支配されていってしまう。


『グルァア!』


 ウルフは沈黙を破り、アルマへ勢い良く駆け出した。

 もはやこれまでと思われた時、勢いのある足音が近づいてくる。


「はぁっ! そのまま突っ込め!」


 その声がアルマの耳へ届ききる前に、目の前のウルフは馬に蹴り飛ばされて灰となって消えた。


「アルマ様、遅れてしまい大変申し訳ございません。さあ馬車にお乗りください」


 姿を現したのは馬車に乗るバルド。

 冒険者と別れた後、進む方向に宛があったわけではないが馬車を走らせていた。

 ここへ来られたのは本当に偶然であったが、バルドはアルマであったらまずこの場所を目指すのでは、と考えを巡らせていたのもある。


「ごめんバルド。僕はまだ他の人が残っていないか確かめなければならない。できることなら少し先を歩いている女性を乗せて逃げてほしい」

「……」


 バルドは葛藤する。

 主の命令であるならそれに従うのは当然であり、人命救助に迷っている暇などない。

 しかし、その命令に従えば主の命が危機的状況に陥ってしまう。

 長年アルマに仕えていることもあり、アルマの想いを理解しているからこそ、その命令に従うか否かの答えが出せない。


「正直に言うと、僕はさっき戦えなかった。バルドが来てくれて、ウルフを倒してくれて安心してしまったのも事実だ」

「……」

「だから、こんな僕はここに残るよりさっさと逃げてしまった方が良いのかもしれない」

「……」

「僕はカナトに誓ったんだ。大切なみんなを護れるようになるって。今がその時なんだ」

「わかりました。その命令、承ります。そして、一人でも多くの人を救出します。アルマ様の護りたい人達を護るために」

「――ありがとうバルド」

「ではアルマ様、ご武運を」


 バルドはそう言い残し、馬に鞭を打った。


 それを見送り、アルマは深呼吸を一度。


「もう逃げ道はない。助けも来ない。気合を入れろ――想いを実現させるんだ」




「おいおい、マジかよ」


 現実味のない状況に、俺達は足を止める。

 目の前には数多くのウルフ。

 小型が数十体に、大型が数体。


「まるでダンジョンでMPKにでも遭った状況だな」


 ゲームをしていた時、たまに他のプレイヤーが討伐不可能なほどモンスターを引き寄せてしまい、逃げた先に居た俺達がそいつらを押し付けられたのを思い出す。

 あれに関しては悪意がなかったとしても、正直良い気分ではなかった。


「さてみんな。この状況は想像できていたと思うが、ぶっちゃけヤバい。それに、あの橋を見るに渡った先がアルマの住む村なんだろう」


 ウルフ群の先に見える川を跨ぐ橋が視界に入る。


「ってことはだ。あそこに待機しているのは後発隊で、第一軍やらはすでに村へ侵入していることになる可能性が大。つまりは急いであいつらを倒さなければならない」


 俺の話を聞いているのか聞いていないのか、みんなはインベントリから装備を取り出し始めた。


「準備はできているか――なんて、聞くまでもないな」

「そうだね」

「もちろん」

「うひょー」

「いけるわ」


 今まではいろんな目を気にして制限してたことも、今ではお構い出しだ。


「じゃあみんな、肩慣らしに全力で暴れるとするか」


 俺達は地面を蹴り、ウルフ群へと駆け出した。

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