安く済ませるなら、宿の飯。
しかし別れの席に、それでは足らず。
なら、俺達が宴の店に選ぶのは――【実りの定食】。
「乾杯っ!」
全員で連結された長机を囲み、体を乗り出してグラスを中央で小突き合う。
前回と違って広々とした空間を用意してもらったため、見たまんまパーティ状況となっている。
しかも運良く、今回は俺ら以外が店内に居ないため、どんちゃん騒ぎが許されるという感じだ。
当然、全員がジュースだ。
「この席は僕が出しますので、遠慮なく食べてください」
「いやそれは……って言いたいところだが、お言葉に甘えさせてもらおう」
「そう言ってもらえると、こっちも気が楽だからありがたいよ」
送別会だというのに、遠慮のし合いになってしまうと気まずくなってしまう。
それに、アルマからの報酬を貰ってそのお金で支払うことになるのだから、結局のところはどっちも同じことになるからな。
それに加え、店長も粋な計らいをしてくれた。
料金を半額にする代わりに、沢山飲んで食べてくれという条件を提示してくれたものだから、注文に拍車がかかる。
第一波というには相応しいぐらいには、飲食物が並ぶ。
「じゃあ、じゃんじゃん食べようぜ」
初見でお気に入りのラインナップとなった例のガーリックトマトスパゲティもとい、トラットスパッティは注文してある。
ちなみにファミリ盛りなんてものだから、一つの山となっていて、今回は新たにガーリックソルトスパゲティもとい、ガーックソートスパッティの山が追加された。
サラダ系やスープ系も加わり、本当に色とりどりとなっている。
「ボクが一番食べるぞー!」
ミサヤは自分の皿へてんこ盛りにし始めた。
そこからは宣言通りにガツガツと口に運んでいる。
「ほーら、お口が汚れちゃってるわよ」
「んーんーっむ」
まるでハムスターのように頬を膨らませているミサヤの口元は、真っ赤なソースまみれになっている。
それを横に座るアケミが、こうなると想定してあったであろう、店側が用意してくれていた拭う用の布で、ゴシゴシと拭く。
お世話してもらっているのにもかかわらず、それでも口の中に食べ物を運ぼうとしているものだから、顎を鷲掴まれて強制的にストップをかけられている。
「それにしても、味付け具合が半端じゃなく絶妙だよな」
「わかる。体を動かしたらこの塩気が絶対に合うし、小腹が空いた時にもサラダとかジュースっていう選択肢があるのも良いよね」
「二回目だというのにその考察、さすがケイヤ」
もはやアルコールでも入っているのではないかと思ってしまうテンションになってしまっている。
アンナとはいうと……右のサラダを口に運び、左のサラダを口に運び、一つの取り皿で調合している。
こんな時に研究熱心なところを発揮し、どの組み合わせが合うのかを試しているのだろう。
ためにウゲーッとやったり、「おー」と唸っている。
しかし、ジュースの飲み比べをしつつ、たぶん口の中で混ぜ合わせているのを見ると、そこまでする必要はあるのか……? と、純粋な疑問を抱く。
まあ、逆に言えばこういう時ぐらいしか気兼ねなくできないか。
「それにしてもこの味付けは忘れられないな」
「カナトさん達のお口に合うと思い提案させていただいた甲斐があります」
「なんと、まさかのバルドさんからの提案だったのですね」
「はい。アルマ様は、最初のお口にした時は重たすぎるとおっしゃっておりましたが、数日後に不思議と食べたくなる、と仰っていたの思い出しまして。お若い方々にはちょうど良いのでは、と思った次第であります」
「ほほぉ。見事、名案となったわけですね。ですが、バルドさんもお好きなようで」
「はっはっは。お恥ずかしい限りではあります」
「良いんですよ。好きなものは好きなだけ食べちゃいましょう」
というのも、俺らに負けないぐらいはバルドさんも自分の皿に盛っているだけではなく、上品かつ綺麗にスパゲティを食べているのにもかかわらず、そのペースが俺達と同じなのだ。
悪く言うつもりはないが、あまりにも見た目以上すぎる。
「ではこの場限りは無礼を承知で勝負を申し込みましょう。カナトさん、ここで手合わせを願えませんでしょうか」
「なんと……その勝負、乗りましょう。正々堂々やりますよ」
「ありがとうございます。このご老体、まだまだ現役でございますよ」
今食べている山はそのままに、新しく互いにガーックソートスパッティとトラットスパッティを注文。
「バルド、本当に大丈夫なの?」
「アルマ様、心配はご無用でございます。この戦、必ず勝利を掴み取ってみせましょう」
「そんな興奮気味に言われたらもはや止められないんだろうけど、あんまり無理はしないでね」
「お任せください!」
アルマはバルドさんの心配をしているが、それはそうなんだよな。
確実に年齢差が30以上はあるのは見た目でわかるため、そもそもこんな勝負に乗らずにバルドさんを労わるのが定石だろうが……こんな盛り上がる席で、催しに全力を出さずしてどうするというのか。
「カナト、勢いよく食べて喉を詰まらせないでよー」
「ああ任せとけ。勢いよく全部飲み切ってやる」
「いやそういう意味じゃないんだけど」
「俺は、この宴の王となる!」
「え、なになに! ボクも参加していい!?」
「ミサヤはダメよ。あっちは放っておいて、こっちの分も全部食べないといけないんだから」
「それもそっか。よーし、食べるぞー!」
量が量ということもあり、ミサヤは珍しく物分かりが良かったようだ。
「はーい、お待たせいたしましたー。じゃんじゃん食べてくださいねっ」
両手一杯に大皿を運んできてくれた従業員の子は、気持ちの良い笑顔でそう言う。
どことなく、あの子も俺達の宴を見て面白がっているんだろうな。
「さて、カナトさん。いざ、尋常に勝負ですぞ」
「よし来たっ!」
バルドさんが勢いよく食らい始めたため、俺も倣って食らい付いた。
「な、なんてことだ……」
「はっはっは、まだまだ私も現役ということが証明されましたな!」
送別会兼昼食会は無事に終わり、帰路に就いている。
しかしなんてことだろう、まさかの俺はバルドさんに負けてしまった。
詳細は、俺も完食したのだがアケミに忠告された通り、何回か喉に詰まらせてしまいタイムロスを連発してしまい、その間にバルドさんはスムーズに食べ進めていったという感じだ。
くっ……悔しい。
てか、早食いに負けたのは仕方ないとして、しっかりと完食しているのは凄すぎだろ。
バルドさん、恐ろしい人だ。
「本当なら晩飯で騒ぎたかったけど、次の日に響いて辛くなるから残念だったなぁ」
「まあ仕方ないさ。俺達は兎も角、アルマ達は移動になるからな。仕方ないさ。夜ぐらいはゆったりとした時間を過ごせば良いさ」
「そうだね。移動中にお腹を下しても仕方ないし」
「だな」
あれ。
「そういえば、帰り道は大丈夫なのか?」
「うん。それに関しては既に申請してあるよ」
「さすが、用意周到だな」
「練習はしたけどさすがにまだ怖いからね」
「だな。それが正しい」
俺達に頼む選択肢もあっただろうに、それをしないということは、こちらに気を使ってくれたのであろう。
実際、レベルアップしているとはいえ、もう一度あの道のりを再び歩くのは避けたい。
それに、アルマには俺達の目的を話してはいないが、何か察するものがあったのか俺達を強い人達みたいに認識してくれている。
正直、依頼を受ければ報酬金額は保証されるであろうが――まあ、そう判断してくれたのならこちらからわざわざ願い出ることでもない。
「お腹も苦しいことだし、もう少しだけゆっくり歩こう」
「ボクはまだまだ食べられるぞーっ! 甘い物とか食べたいなっ」
「あんた元気過ぎよ」
「へっへーん。じゃあボクが優勝ってこと?」
「ミサヤさん、甘い物を食べに行くのでしたら、私もお供致しますぞ」
「おー、ガルドさん行っちゃう? 二人だけで行っちゃう?」
冗談抜きでなんでそんな元気なの?
ミサヤもバルドさんもお腹パンパンに張ってますよ?
しかし、この流れをアケミが見逃すはずもなく。
「ミサヤ、それは許しません」
「えーなんでさー」
「お金、自腹よ」
「えっ」
「当たり前でしょ」
「むー……なら、諦めるしかないかぁ」
「バルドもそれ以上調子に乗っちゃダメだよ。明日に影響が出たらどうするのさ」
「アルマ様のおっしゃる通りです」
そんなやりとりに、俺とケイヤは苦笑いをする。
「じゃ、じゃあ、とりあえずゆっくりと歩こうぜ」