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第32話『お前も護りたいものがあるんだな』

「おはようアルマ」


 俺とアルマは早朝、宿の裏庭に集まっている。

 一応、アルマがここの使用許可を得てくれていた。

 稽古場とは大袈裟な場所ではなく、言ってしまえば整地だけされた空地。


 そんな、無邪気な眼で清々しく「おはよう!」なんて返されると、キラキラ眩しすぎて目を逸らしたくなってしまう。

 別に悪い気はしないが、友人ができたってだけでそこまで喜ぶかね? と思う反面、それほどまで今の今まで心許せるような間柄の人間が居なかったのだろう。

 俺はそんなプレッシャーや孤独感と付き合ったことがないからわからないが、一人で抱え込むには相当な気苦労があったに違いない。


「ねえ! まずは何をするの!?」

「そうだな、まずは準備運動からだ」


 たった一晩しか経っていないというのに、キャラ崩壊しすぎだろ。

 作っていた壁が壊れたのは良いが、一緒に箍が外れるというかどっかに吹っ飛んで行っちまってるぞ。


 俺は何気なく準備体操を始めると、アルマもそれに倣えと健気に真似し始める。

 これじゃあまるで友人ってよりは兄弟って感じになっているな。


「アルマはどうして強くなりたいんだ?」

「僕は今まで父や母、バルドに護られて生きてきたんだ。それだけじゃない。村の人にも。今はそんな時じゃないかもしれないけれど、いざその時になった時、自分の力でみんなを護れるようになりたいんだ」

「そっか、なるほどな。立派な心意気だ」

「ありがとう」


 アルマは嬉しそうに頬をゆるゆるにしている。

 感情がそのまま表情に出ているのは、なんだか……――そうだ、犬だ。


 忠義を示すために力を手に入れたい、か。

 まさに犬っぽいが、本当に素晴らしい心意気だ。


「お前も護りたいものがあるんだな」

「うんっ」


 太陽のように眩しい笑顔だ。


「じゃあそろそろ始めるか」

「よし来たっ」

「最後に確認するが、武器の選択は本当に盾と剣で良いんだな?」

「うん」

「わかった。まずは基本的な話をするが、盾で攻撃を防ぐのは良いが受け止めるのではなく受け流すような考えでいてくれ」

「え? 盾って自分を護るためにあるんじゃないの?」

「それはそれで間違っていない。だが、持つ盾の大きさを考えてみるんだ」

「あー、なるほど。面積的な話だね」


 そんな無邪気な反応を示しておいて、物分かりが早いのは素のものか。


「覚悟を受け取った後に言うのはズルいかもしれないが、盾持ちっていうのは戦い方が難しい。例えば、剣や槍といった武器は攻撃と回避の二択を基本的に考えていればいい。それに反復練習をして体に動きを沁み込ませれば、自然と相手の攻撃に反応出来るようになる」

「でも盾は、攻撃と回避と防御の三択に増えるということだね」

「そういうことだ。だから、いくら動きを覚えようとも絶対に思考停止してはいけない」


 そう、これは盾の役目。


「護りたい人が居るのなら、逃げるな。立ち向かえ。護れ。絶対に」

「……うん」

「まあこれは、その時が来たらで良い話だ。それまでは、自分の命を最優先に、だ」

「頑張ってみるよ」

「よし、まずは木刀と木盾で打ち合ってみるか」

「お手柔らかにお願いね」


 俺も同じく木刀と木盾を手に持ち、感触を確かめながらアルマへ向く。


 インベントリから取り出した盾は、腕の部分に二本の革紐があり、一本に腕を通しもう一本を握って盾を固定するようになっている。

 しかしこの木盾は、そんな自由性はなく、肌触りなんて気にされていない木の細い湾曲した木の棒が付いているだけ。

 木刀に関しても、形だけは剣身・鍔・柄と別れているように型取りされているが、実際は一本の木。

 剣と盾を握っては緩めを繰り返し、少し振ってみる。

 いつも使っているものではないから、まあこんなもんだろう。


 なんだか変なことに例えてしまうな。

 普段使っているキーボードとマウス以外を使うと、パフォーマンスが著しく低下する、なんて。


「それじゃ、俺に打ち込んで来てくれ」

「わかった、行くよっ」


 アルマは真正面上段から剣を振り下ろしてくる。

 俺はそれを剣ではなく盾で軌道を外す。


「えっ」


 受け流された剣は宙を切った。


「そうなるよな」

「不思議な感覚になるね。もう少し力を入れていたら、このまま前に進んで転倒していたところだった」

「そう、それが大事なんだ。人間を相手にする場合はもう少し駆け引きとかが関わってくるが、モンスター相手は別だ」

「なるほど。特にウルフのような、攻撃の種類が多くないモンスターになら有効ってわけだね」


 正直、そこまで理解力があると恐ろしいな。


「盾の使い方は、防ぐ・弾く・流すの三つを覚えておけば大体は大丈夫だ。後は握り方、だ」

「え、グッと力を込めて握っているんじゃないの?」

「敵に囲まれているような状況ではその通りだ。しかし、単純な話で、剣でも盾でもそうだが力を込めて握りっぱなしでいると疲れる。だから、力を込める時はさっきの三つを行動する時に絞るんだ」

「最小限の力で戦闘を行い、長期戦を見込んで立ち回る、と」

「そういうことだな」


 理解力ありすぎだろ。


「それじゃあ、とりあえずこれだけの情報を元に打ち合ってみるか」

「わかった!」




「今日はここら辺で終わりにしよう。長くやっても集中力が欠けて失敗が増えたりで得られるものが少ないからな」


 頭では理解していても、体が追いついてこない、か。

 少し習っていたとはいえ、間合いや力の入れからを変えるだけで疲労度はかなり変わってくる。


 歴戦の猛者、みたいな感覚で語っているが、マウスの感度を少し変えただけで感覚が変わったり、キーボードの置く位置を変えるだけで疲労度が変わったりする、というのに当てはめているだけだ。


「はぁ……はぁ……そ、そうだね。僕もこれ以上は動けそうにないや」


 しかも普段から自分の足というよりは荷台に乗っていたりするであろうから、単純な体力的な問題もあるのだろう。

 アルマは既に両手の装備を手放して地面に脱力して座り込んでいる。


「休憩した後、無理のない程度に個人練習をするのは良いと思う」

「そうだね、無理し過ぎてもダメだからね。でも、これから頑張るよ」

「その意気だ。じゃあ俺は出掛けてくるから、もし続きをやるとしたら晩飯前に小時間だけだな」

「わかった。自主練習をした後、しっかり休んでおくよ。ぷはぁー」


 俺は地面に倒れ込んだアルマを置き去りに、この場を後にした。

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