「どうせなら、どこかに寄ってから帰らない?」
そう言い出したのはアケミだった。
「アケミがそんなことをいうなんて珍しいな」
「せっかくみんなで出掛けて来ているんだし、報酬のお金も入ったし」
「まあ確かにな。これからお金を稼げるようになったら、欲しい物は各々の足で目的に合わせて行動するようになるからな」
この街に来てまだ3日目ではあるが、生活圏内のマップは頭に入ってきた。
今回はギルドのパシリ――もとりお使いクエストでここに来たわけだが、ここら辺一帯は初見。
はぐれてしまって帰れなくなるかもしれないし、アケミの言う通りにせっかくの機会だからこそ、というやつか。
「みんなはそれでいいか?」
「問題ないよ」
「同じく」
「どこ行くの? 肉? 魚? 麺? フルーツ!?」
「ミサヤは少し静かにしてろ」
ミサヤから「ぶーぶー」とブーイングを受けるが、それは視界に入っていない耳に入ってこないで無視する。
「……とは言ったものの、これといって欲しい物があるわけじゃないし、行きたいところもないんだけどね」
「そっか。こうして立ち話もなんだし、とりあえず市場の方向にでも歩き出すか」
こうして俺達は、市場の方向なんてわからないが歩き出した。
一応、人の流れを察しながら、人が多い方へ身を任せるようにする。
「すっかり俺達もこの世界の住人になっちまったな」
「良いんじゃない? これはこれで」
「楽観的過ぎじゃないか?」
「そう? この世界で最強の冒険者になるって宣言した、どこぞのリーダー様よりは真っ当な考えかなって思うんだけど?」
「くっ」
後方では戦闘で歩く俺とアケミの会話を聞いている三人が、くすくすと笑っていやがる。
大声で後ろの三人に反撃をしたいところだが、そろそろ人も増えてきたため、グッと歯を噛み締めて怒りを飲み込む。
しかし、視線だけで睨みつけて反撃してやる。
すると、三人が息を合わせたかのように、手のひらを前で合わせて無言で謝ってきた。
まるで息を合わせたかのように。
視線を前に戻す際、アケミの荷物が視界に入った。
「ん」
「え?」
俺はアケミに左手を差し出して、荷物を渡すように催促する。
「持ってくれるの? 別に重くはないよ」
「いいから」
「わかった。ありがと」
そして、手に持った荷物を見てふと思う。
「そういえば、店で購入したアイテムとかこういう衣類っていうのは、インベントリに収納できるんかな」
「ほぉ、それは気になりますな」
「だろ。衣類だけなのか衣類と袋が分けられるのか、商品名がそのままアイテム名になるのか、否か」
「ゲーム世界のままであれば、上下が同じ名前のセットだったら1ブロックに収まっていたけど、別名だったら2ブロック使ってたもんね。袋はゲームになかったからどうなるんだろ」
「ほう、そんな感じだったのか。俺はオシャレ装備とかはイベント配布の物しか持っていなかったし、なんならほとんど倉庫に入れっぱなしだったからそういう情報は助かる」
「わー、思い出すー。カナトって、本当に攻略とか戦術とかばっかり考えてたから、全然そういうのを気にしてなかったよね。しかも、イベントで配布されたやつだって、経験値何%アップのやつを狩りの時に装備するとかしかやってなかったもんね」
「まあ、ゲームの楽しみ方っていうのは人それぞれってことだ」
しかしどうしたものか。
「この購入した物で試したいところではあるが、失敗とかして粉々になったら、なんて考えるとどうしても試せないな」
「あー……確かにそうだね」
「んー……」
と、考えていると、全員の口が止まった。
「こ、これは!」
全員が鼻を鳴らす。
想像に容易い、嗅ぐだけでわかる香ばしい肉の匂い。
現物がなくても、目の前に肉汁が滴り落ちる分厚い肉が想像できてしまう。
「行き先、決まったな」
「うわあ、これは……やばいな」
「やばいね」
「やばい」
「やっばーい」
「やばいわね」
満場一致。
俺達が匂いに誘われてたどり着いたのは、上空から見たら円形になっているであろう露天市場。
パッと見渡しただけでも、食べ物、食べ物、食べ物。
一番近い露店に展示されている商品の値段を確認してみると、一本20G。
焼き鳥に焼き豚に……現実世界で言うところのそこら辺なんだろう。
「値段はお手頃、しかし量はマシマシ」
「一人当たり10本は余裕で食べられるよね」
「ああ――ダメだ。各々、食べたい匂いの元へ行くんだ。大体30分後ぐらいにまたここに集合。いいな?」
みんなに視線を向けると、高速で何度も首を縦に振っている。
「んじゃ」
合図と共に、全員が散って行った。
「これを一つください」
「はいよー。若いのに良い目してるねぇ。特別サービスに特製ダレをマシマシにしてあげるよぉ」
「ありがとうございます! こんな美味しそうな匂いを漂わせていたら、一発でわかっちゃいますよ」
「お世辞も言えるなんて大したもんだねぇ。ほうら、これはおまけで一本追加であげちゃうよぉ」
「いいんですか! ありがとうございます!」
「こんなに褒められたの初めてで嬉しくなっちゃったよ。サービスサービス」
「次はもっと買えるようにお金を頑張って貯めてきます」
「ありがとうねぇ。じゃあその時もきちんとサービスさせてもらうよぉ」
気さくで言葉も柔らかく優しい人だ。
見た目だけでの判断になるが、大体50代、60代ぐらいだろうか。
白髪に上下黒い服で統一してあり、真っ赤なエプロンをしている。
腰は曲がっていないし、パッパッと仕事をしていることから、この人はたぶん生涯現役なのだろう。
「ほいじゃあこれ」
「我慢できないので、一口、ここでいいですか?」
「お、いいねぇ。是非とも感想を聞かせておくれ」
お言葉に甘え、小さい木船――現実で言うところのたこ焼きが入っている容器のようなものの上に乗る、謎肉が四個突き刺さる串を一本掴む。
そして、豪快に一口。
「んん!」
謎肉の正体は豚肉であり、甘じょっぱい……これはてりやきの味。
そこに、【実りの定食】で堪能した、ニンニクマシマシが加わって口の中に広がる。
空腹ではないにしろ、こんな美味しい物を一本20Gだと!?
こうして一個を豪快に頬張ったが、現実世界の焼き鳥のサイズとは桁違いで、油断してしまうと噛んでいる最中に外へ飛び出してしまいそうなぐらい大きい。
このまま噛み続けたいところだが、感想を言うために飲み込まなければ。
「――こ、これ、美味しすぎますっ!」
「あら本当かい! こんな嬉しそうに食べてもらったのは、もう数年もないもんだから、こっちも嬉しいわぁ。もっとサービスしてあげたいんだけど……」
「い、いえ! 一本サービスしてもらっただけでも最高です。また来ますので、その時はたんまりと買わせてください」
「ありがとうねぇ」
「それでは」
「またねぇ」
俺はしっかりと店主に頭を下げ、この場から離れた。
なんでこんなにこの街の住人は優しいんだろうか。
こんなに心が温かい気持ちになったのは初めてだ。
あんなにも良くしてくれる人達のために、お金を稼いでお金を使うっていうのも悪くはないな。
アケミの言葉を思い出す。
そうだな、俺もすっかりこの世界の住人だな。
――俺はもう少しだけ匂いに誘われ、次の屋台に足を進めた。