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第24話『そんでもって次はアルバイトかよ』

 パンは非常に美味しかった。

 マリカさんも良い人だった。


 が。


「いらっしゃいませー」


 パンを食べ終わった俺達は、マリカさんのお店でアルバイトが始まった。

 人生初のアルバイトが、まさかゲームの中で体験することになるなんて。


 アルバイトといっても、一日限定なためそこまで難しいことは任されていない。

 客を呼び込んで、話し、要望を聞き出すというもの。

 やること自体はそこまで難しくないが、声を張って何かを喋るっていうのは抵抗があるし難しい。

 気恥ずかしいというのもあるが、白を基調とした花柄のエプロンを着ながらやっているのもマイナス方面に相乗効果を生んでいる。


「今日はどんなお花を探しに来たのかな?」


 そんな俺とは真反対に、アケミは一人で花を買いに来た女の子へ、膝を曲げて目線を合わせて話しかけている。

 話声も柔らかく、素直に凄い。


 他のお客さんが来店したと思ったら、ミサヤが気さくに話しかけに行き、アンナが要領よく話しを進めている。

 ケイヤは花の手入れをしたことがあるらしく、ハサミなどを手に、マリカさんからの指示通りに動いている。

 当の俺はというと……今のところ戦力外。


「どうだいカナトくん。この時間で仕事に慣れそうかい」

「本当にごめんなさい。自分の役立たず具合が恥ずかしくて仕方がありません」

「このままアルバイトを続けていくんだったら、もう少しだけ頑張った方が良いだろうけど、まあ、今は愛想を振り撒くだけで全然大丈夫だよ」

「ご迷惑をおかけします」


 みんなが活躍しているのを前に、自分が非常に不甲斐ない。


「情報とかは聞いてないけど、カナトくんってリーダー的なポジションなのかな」

「はい、一応」

「なら、こういう時ぐらいはみんなを頼ってもいいんじゃないかな」

「え?」

「まあなんというか、人の上に立つ人間ってのは自分だけが頑張り過ぎてもダメだしみんなを頼り過ぎてもダメだと思うの。普段がどんな感じかはわからないけど、みんな楽しそうに業務をこなしているし、何より嫌な視線を向ける子が誰一人としていない。意味、わかる?」

「ごめんなさい、あんまり」


 もう一度みんなに視線を送るも、誰とも目が合わない。


「こういうのは、当事者は言葉にしないもんだからね。カナトくんは、みんなから信頼されているってことさ」

「そう、なんですか?」

「憶測でしかないから断言はできないけれど、人間誰しも上手く感情を押し殺しているつもりでも、いずれどこかでボロが出る。しかも、こういう立場が逆転したような時にそれはとても出やすい。だから、今のこの状況でそう思っている子が誰も居ないように見えるっていうのは、そういうことなんじゃないかな」

「……そう――だと、いいですね」

「おうおう、照れちゃってぇ。かわいいねっ」


 頬をぽりぽりかき始めたところで、マリカさんから右肘で突かれる。


「まあこれから冒険者になるってんだから、そういう関係性ってのは良い方向にしか働かない。みんなは昔からの知り合いなのかい? 幼馴染的な?」

「んーあー……そうですね。マリカさんとリラーミカさんみたいな、親友であり仲間って感じですね」

「そうかいそうかい、それは今後とも大切にしなきゃね」

「はい、そうですね」


 一瞬、言葉が詰まった。


 それはゲーム仲間なんてことは言えない、と詰まったんだが、それだけではない。

 改めて、みんなとの関係性を考えた時、苦楽を共にし、ありったけの時間を共に過ごしたそんなみんなをどう位置付ければ良いのか迷ってしまったからだ。

 知り合いというには遠く、友達にしてしまっては浅く、親友というのは当てはまり、仲間という関係性に行き着いた。

 だが、俺はみんなとの関係性はもっと深いところにあると思う。

 マリカさんに対しては仲間というところで説明したが、俺達に一番似合うのはたぶん"戦友"という言葉なんだと思う。


 マリカさんの言う通りだ。

 言葉にしようろすると恥ずかしくて、それをみんなに告げるのは気恥ずかしいな。


「俺にも何かできることってありませんか」

「お、やる気になっちゃったねぇ。ん~……そうだね。明るい表情で声は出せるみたいだし、もっと大変かもしれないけど外で客寄せなんてどうかな」

「それは確かに大変そうですね。でも、今の俺にできるのはそれくらいなので、やります」

「いいねいいね、その意気だよっ。頑張れ~」


 マリカさんに背中を叩かれ、そのまま外に歩み出る。


「思っていた以上に恥ずかしいぞこれ」


 幸い人通りが多くはないため、縮こまるということはない。

 やると決めたんだし、やるか。


「お花はいかがですか~! 大切な人へのプレゼントや机の上に飾ることもお薦めですよ~。お花の匂いで落ちついたり、お世話をして可愛がるものいいですよー!」


 知識があったり育てた経験があれば、もっと良いセールスポイントがあるとは思うんだが、俺にはこれぐらいのことしか言えない。

 でもそんなことだけで臆するわけにもいかないんだ。

 今の自分にできる精一杯で取り組む。

 みんなだってそうなんだ、俺だって頑張らないと。


「いかがですか~! 当店は店主も美人で優しくて、相談にも親切に乗ってくれますよー! 綺麗なお姉さんですよー!」


 恥ずかしいなんて言っていられない。

 みんな頑張ってるんだ。

 俺ももっと頑張らないと。


「いかが――痛っ」

「おいこら、なんてことを叫んでるのよ」

「でも事実じゃないですか」

「もう、そういうのはあの子達の誰かにでも言ってやりなさいよ」


 背後から、脳天へ手刀が振り下ろされたのだろう、俺の頭はヒビが入ったのではないかと勘違いしてしまうほどに痛い。

 マリカさんも右手を「いたたぁ」とプラプラと振っているあたり、間違いない。


「そんな恥ずかしいことは売り出さんでよろしい」

「わかりました。でも、これからは――そ、そうですよねぇ」

「わかればよろしい」


 俺はマリカさんが構えた左手にビビッて笑いを作る。


「あと少しでお昼休憩になるから、私がご飯をみんなの分まで作ってあげるから。そんで食べ終わったら、ここの仕事も終わりで良いわよ。どうせ、次もあるんでしょ?」

「そうなんですよ、次が最後で。本当だと遠慮するところですが、もうお腹がぺこぺこで……お言葉に甘えさせていただきます」

「ははっ、若いのはそれで良いのよ。遠慮なんてもんはもう少ししたら覚えたら良い。今は若者は若者らしく、大人に甘えてたらふく食え食え」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

「そうと決まれば、あと少し。頑張ってねぇ~」

「はいっ!」


 自分に姉が居たらこんな感じなのかな、とつい嬉しくなって声高く返事をしてしまった。

 柄にもなく、なんて思ったがこれはこれで良い。


 ゲームの世界だから、てっきりNPCを相手にしているような寂しさを覚えるのではないかと思っていたが、この世界の大人の人はなんでこんなに優しい人達ばかりなんだ。

 控えめに大人しく、できるだけ目立たないようになんて思っていたが、自分がまだまだ子供だったことを自覚させられる。

 マリカさんは恩なんて感じるな、なんて言ってきそうだけど、これは俺の誠意だ。


 最後まで恥なんかに負けず声を張って、一人でも多くのお客さんを呼び込もう!

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