「いらっしゃいませ~。ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
「それではごゆっくり~」
上着は蒼色、下は白いスカートにフリフリが付いている制服を着た女性従業員は、ふわふわした雰囲気とは真逆にパッパッと仕事を終えてカウンターへ戻っていった。
時間帯はわからないが、店内にいる客は俺達以外に二人程度ということから、まだ昼食時には早いのだろう。
従業員も、店長だと思われるほぼ全身が黒い制服を身にまっとた男性と、今対応してくれた従業員が一人しかいない。
「これは美味そうですね」
「そうなんですよ。ここの料理は、他のお店より少しだけ味付けが濃い感じになってはいるのですが、体を動かした後にはもってこいなんですよ」
「最高じゃないですか」
そういうのは、どこにいっても同じなんだな、と納得せずにはいられないほどには味が濃そうな見た目をしている。
パッと見た感じ、トマトソースをふんだんに使われたスパゲティ。
現実で幾度も食べてきた物と瓜二つすぎて逆に混乱する。
しかし、匂いだけは似ても似つかないようだ。
食べなくてもわかるほどにはニンニクのような匂いが鼻を突き刺す。
口の中のよだれも腹の音も、まだか、まだなのか、とうるさいぐらいに騒ぎ立てる。
「気になるお値段は、こちらのトラットスパッティ――なんと200Gなんです」
「おお、それはお手軽ですね」
「ですよね。あまり他の店を知らないのですが、同じ値段でこの量と味付けを味わえるところはないと思います」
別の機会であれば、それはとても有意義な情報なのだろう。
だが、今は物凄く目の前に並べられた真っ赤な麺をすすり倒したくて仕方がない。
ペットと一緒に暮らしたことはないが、待てという指示はあまりにも残酷なんだとわかる。
「ここの看板メニューはまだまだありまして――あっ、ごめんなさい。つい話過ぎてしまいました。こういう話は食べ終わった後でもできますもんね」
「せっかくの美味しそうな食べ物が前にありますし、いただきましょうか」
俺達は……できるだけ礼儀を考えて木製のフォークで麺をすすった……んだが、アルマやバルドさんがお構いなしにススッススッと音を立てながらすすり始めるものだから、気づけば全員が目の間にある麺を思い切りすすっていた。
しょっぱくて味が濃い目ではあるが、それがまた良い。
ガラスに注がれていた冷水も、喉越しが最高で三杯は飲んでいた。
こちらの世界にも氷入りのピッチャーがあってくれて本当に助かる。
俺達が完食するまでにそこまで時間は掛からなかった。
腹六分目でさきほどの【実りの定食】を後にして、次の店に入る。
あそこから体感10分ぐらい歩いたところにある、【花の蜜】の店内は先ほどの店と比べると明るい。
【実りの定食】は装飾なんてない木の壁をむき出しに、食べる時に飛び散ったとしても掃除がしやすかったであろうに対し、こちらはソースなんて飛んでしまったら大惨事になってしまう。
真っ白い壁紙は、店内に吊るされる灯りを反射し、そこら中にハートマークやら花のイラストが描かれており、可愛らしい空間が広がっている。
従業員も、一言で表すならばフリフリの制服を着たメイドさん。
「ここってもしかして、甘い食べ物を取り扱っていたりするんですか?」
「よくわかりましたね。もしかして、甘党だったりするんですか?」
「そういうわけではないのですが……」
現実世界ではそんなの一目瞭然なんですよ、なんて言えるはずもなく。
アケミ・アンナ・ミサヤが目を輝かせているのを利用し、そちらに視線を傾ける。
「ああ、そういうことですね」
「時々、連れ回されるんですよ」
ゲームをしていた時、モンスターがケーキになったりクッキーになったりしているイベントがあり、その報酬を目的によく連れ回されたもんだ。
……というのは軽い口実だというのはわかっている。
あの三人は、イベント参加中に何度「かわいい」と言っていたかわからない。
そんなこともあったり、そういえばゲームとは関係なしに、時々アケミの用事に付き合わされてケーキ販売店に行ったこともあった。
まあでも、実際のところ俺も甘い物が好きであるから、他人のせいにしてはいけないな。
「それではごゆっくりとお召し上がりください」
メイドさんもとい従業員が小皿に乗せられたスイーツを卓上に置いていった。
「はぁ~っ」
「美味しそーっ」
「最っ高」
と、お三方は悶えております。
その反応は無理もないのかもしれない。
ラインナップは、苺だと思われる果物が乗っている、ショートケーキ。
ブルーベリーだと思われる果物が乗っている、ムースケーキ。
バナナだと思われる果物が入っているだろう、シフォンケーキ。
チョコだとしか思えない甘い匂いが漂い、見た目がもうそれでしかない、チョコレートケーキ。
チーズとしか言い表せない独特な匂いと見た目をしている、チーズケーキ。
俺達だけでこれだが、アルマとバルドさんもパフェや果物ジュースを注文してる。
ここまで来て、この店がどういう店かと聞くのは野暮というもの。
食後に足を運ぶのにはもってこいのスイーツカフェというわけだ。
「食べます、か」
これで各100Gというのだから、値段の感覚が現実世界と似ているということがわかった。
ダメだ。
ここではもっといろんなことを考えないとダメなんだろうけれど、我慢ができないどころか目の前にある、よだれが零れ落ちそうなスイーツが思考の邪魔をしてくる。
……もういいや、今だけは考えるのをやめよ。