正直、心が躍った。
空を見上げるのと同じように目線を上げなければ、上限がわからない壁。
右を見ても左を見ても、端を見つけることができないほどに横へ広いだけではなく、ただの攻撃程度じゃ中を拝むことすら難しい分厚い壁。
こんなものを見たことがあるはずもなく、しかしゲームの中ではほぼ日常的に見ていた風景。
それを目の当たりにして、心が躍らないなんてゲーマーじゃない。
「手続きってこんなに簡単なものなんですね」
「はい。といっても、これは全部父が僕に持たせてくれたこの通行証があるおかげなんですけどね」
アルマは何の素材でできているかはわからない、黄色の手のひらサイズに収まる丸みを帯びた四角い物を懐にしまった。
「だから、たぶん僕がこの通行証を持たずに街へ来た場合、もっといろいろと手こずっていたと思います」
「そうだったんですね」
としか言えない。
なんせ、俺達はその恩恵がなければこの街に入れなかったということなんだから。
今のところ俺達が身分を証明できる手段は何一つないため、いち早く冒険者登録を済ませてしまわなければならない。
「皆さんみたいに冒険者という、どこに行っても証明できる職業に就いていれば問題ないのですが」
「あはは……これはこれで良いことばかりでもないですよ」
「人にはいろいろとありますしね」
本当にごめんなさい。
このままバレずに冒険者登録を果たせれば問題ないが、俺達からカミングアウトしなければならない時が来たら、と考えてしまうとどうしても罪悪感が込み上げてきてしまう。
通行手続きを終えたようで、検問をしている兵達から向けられる視線が変わったのを感じる。
どんな相手だったとしても、こうやってしっかりと疑ってくれるのなら、中で生活している人達は安心できるというもの。
こんな得体の知れない人間が街に入ってしまうこと、重ね重ね申し訳ない。
中に入っての第一印象――でっっかすぎ。
どこに視線を送っても、そのどれもが自分達より大きく、森の木々とは比べ物にならなすぎる。
圧巻な景色の前に、表情を変えないようにするのがやっとだ。
「さて、歩き始めましょうか」
アルマのその一言により、俺達は歩き出す。
検問所で並ぶ人々の列から脱出して壁の内に入り、まず最初に立ち止まったのは、学校の校庭ぐらいはありそうな広場だった。
広場というと人が集まりそうな印象を抱いてしまうが、ここはどちらかというと通路と言った方が良いのだろう。
俺達みたいに足を止める人達への配慮とありがたく思っておくとするか。
実際にこうして助かっているしな。
どこに行くかは流れに任せるとして、しっかしすげえな。
現実世界に生きていたら、まず間違いなく視界に収めることができなかったであろう光景が次々に飛び込んでくる。
造りとしては、木造や石造などが主になっているんだろうが、煉瓦や装飾によって彩られている家々やお店が並んでいるのは、もはや言葉にして語るにはハードルが高い。
これが、俗に言う呆気にとられるということなんだろうな。
自然と歩いているが、通路に使われているのはなんなんだろうか。
コンクリートなのか石細工なのか、俺には判断が付かないし、たぶんこの旅団メンバーは誰も知らなそうだ。
「ははぁ……」
道行く人々は、現実世界のそれとは完全に違っている。
現実世界と同じような素材で衣類が作られていないのは、異世界であるならば当たり前だが、ゲームの中という態で話すならば、どの服装も面白い。
衣類を細かく見ていたわけではないが、なんて言うんだろうか、雰囲気だけで話すのであれば昔の人達が来ていそうな服装だ。
「てか、この街でっかすぎんだろ」
俺はあえて一番後ろになるのを目的に、歩く速さを遅くした。
みんなも物珍しさに「お~」「ほほぉ」と歓喜が口から洩れているが、俺は抑えることができずに言葉に出してしまっている。
それにしても本当に凄いな。
道行く人々の服装を見ていたが、その手に持つ紙袋のようなものや、日本人離れしている顔立ちが、ここは本当に日本じゃないというのを嫌でも実感させられる。
しかし、冷静に観察すると二つのことが考えられるのか。
一般市民には俺達のようにインベントリというものがなく、冒険者になったとしてもそれは同じ。
もしくは、インベントリが既に一杯であえて腕に抱えて持っているのか。
まあそこら辺のことは、これから先いくらでも観察すれば解決するよな。
「おぉ」
関心を寄せないのは無理な存在が視界に入る。
人間のそれとは比べ物にならないくらい大きい耳や、腰の部分から垂れ動く尻尾の生えた人々。
あれは、獣人という人達ではなかろうか。
この世界での総称がわからない今、軽々しく口に出すわけにはいかない。
ここはいろいろと様子を伺うためにアルマと話をした方が良さそうだ。
景色を楽しむことを一旦は諦め、小走りにアルマの元へ走る。
「アルマさん。これからの予定ってどうなっているんでしたっけ。実はですね、俺達はここへ来るのが二回目で、できれば軽くでも街の案内を頼めないかと思いまして」
「そうだったんですね。僕としては全然大丈夫です。……ですが、このままギルドが経営する下請け依頼所に足を運んで、あちらのお三方へ報酬を支払い終えるのを優先させてください」
「はい、それで構いません。歩きながらいろいろとお話をさせていただければな、と思っていまして。なんせ、ここ数日はまともに会話ができませんでしたから」
「確かに、それもそうですね。せっかくのご縁ですし、是非こちらからもお願いします」
正直、人を疑うことを知らなそうな純粋な人間に嘘を吐くのは気が引ける。
だからこそ単身ではなくバルドさんが一緒に居るのだろうけれど、二人揃って俺達を不審に思っていなさそうだから、少しだけ心配になってしまう。
いや違うか。
そんな心優しい人達に本当のことを伏せている、こっち側が悔い改める必要があるんだよな。
少し聞き苦しいが軽い言い訳もしたことだし、このままもう少しだけ景色を楽しみながら歩くとするか。