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第53話

【月刊オカルトレディース ●●年七月号

 特集「今若い女性の間でホンモノだと話題!おまじない“扉鬼”について徹底特集!~謎と恐怖の実態に迫る~」より一部抜粋】




 さて、ここまで“扉鬼”と呼ばれるおまじないの概要と現在の状況について語ったわけであるが。

 そもそもこのおまじない、一体どこからやってきたものなのだろうか?

 特定の儀式を行った者が、夢の世界に取り込まれてえんえんと彷徨うことになり、最終的には極めて残酷な方法で死に至る。そして現状、鍵らしきもの、本物の扉と呼ばれるものを見つけたという情報が一切ない。見つかっていない以上、本当にそのようなものがあるのかどうかも疑わしいところだ。

 つまり、最初から出口などなくて、騙されておまじないを試した人間全てを夢の中で残酷に殺すためのもの、という可能性もあるのである。

 無論、おまじないの終着点である“出口を見つけたらお願いを叶えてくれる”というのが真実である可能性もゼロではない。現状、多少危険度を知っていてもなお試す者が後を絶たないのはそのためであろう。誰もが、叶わない願いや欲望を抱き、それを他力本願で叶えてくれる存在をどこかで求めているがゆえに。

 非常に興味深いものである。が、危険があるならば、安易に我々で儀式を試すわけにもいかない。まず、外堀から埋めていく必要があるだろう。


 当雑誌の記者が調べてみたところ、この“扉鬼”というおまじない、元々は地方で伝わる鬼ごっこだったようなのだ。G県の山間部エリアを中心に流行していたものであるらしい。

 ルールは極めて簡単で、複数の扉を使って鬼ごっこをするというものである。例えば鬼役がトイレのドアなどの内側に×印を書いておき、逃げ役を追いかける。逃げ役は鬼に捕まる前に、内側に×の印をつけたドアを探さないといけないという塩梅だ。

 ちなみに捕まった者ではなく、×印を見つけた者が鬼に交代するというちょっと変わったシステムである。最終的に一番沢山印がついたドアを見つけた者が勝利となるらしい。学校など、広い屋内で行うことを想定した遊びといっていいだろう。


 インターネットの情報だけではこの遊びの起源が一切わからなかったので、我々は実際にG件の山間部エリアに飛んでみることにした。近隣の村々に聞き込みをしてみたところ、扉鬼の名前を聞いて嫌な顔をする住人が多かったと言っておく。

 ちなみにこの付近の地域では最近――。


(中略)


 つまり、過疎化は深刻であり、なくなってしまう村は少なくない状況であるようだ。

 そして、扉鬼という遊びは、現在この近隣ではタブー視されているという。かつては確かに流行していたようだが、ある噂が流れてからはなんとなく気味が悪いものとなってしまったようだ。

 それは、かつて三千人ほどが住んでいたという黒戸くろど村に起因するという。黒戸村は大規模な土砂災害にあって多数の死者を出し、現在地図から消えてしまった村となっている。

 その黒戸村が災害でなくなったのは、今から三十年近く前のことである。この黒戸村は、近隣の村々からあまりよく思われていない土地であったらしい。閉鎖的で、陰鬱な雰囲気であり、妙な風習が残っていたからだそうだ。また、黒戸村には分校があったが(子供の数が少なかったため、小学生から中学生くらいまでの子が一緒に勉強していたらしい)、村が亡くなる少し前からそこでいじめが横行していたという。

 なんでも、黒戸村の神主の娘がいじめを受けていたのだとか。そのいじめに使われていたのが扉鬼の遊びだったというのだ。

 いじめを受けていたのは、当時小学生だった少女。名前を、紫原奈津子むらさきばらなつこというらしい。彼女は村の神社の、神主一族の娘であった。

 彼女は最終的に校舎から飛び降りて自殺。そのあと、村では妙な死者が頻発し、最終的には土砂災害でなくなってしまったわけである。狭い村社会で、そのあたりの噂は近隣の村々まで広がっていた。彼等が不気味に思うのも無理からぬことであるだろう。これは、奈津子の呪いではないか、と皆が思ったわけだ。

 なお、その時村で続いた怪死事件というのがまた妙なもので、人が引きちぎられたようになって死んでいたのだとかなんとか(このあたりは御老人たちの記憶違いかもしれないので確かなことはわからない。いかんせんネットが発達していない時代だし、紙ベースで保管されていたであろう情報の多くは村の駐在所と一緒に失われてしまっているからだ)。


 そもそも、ここで読者諸兄が疑問に思ったことだろう。

 何故、紫原奈津子がいじめに遭っていたのか?ということだ。


 実は彼女のみならず、神主一家そのものが村八分に近い扱いを受けていたというのである。

 通常、裏の守り神を祀る神社の者達は、村の中心として信頼されることこそあれ、冷遇されるなんて状況にはなりにくいものだ。

 このあたり、四十年以上前に一度だけ黒戸村を訪れたという、Aさん(御年七十二歳)から話を聞くことができた。


『あの村に行ったら、そらたまげたね。村の北側に神社があるんけど、大事にされてないのが明白でなあ。屋根もボロボロ、壁もボロボロ、今にも朽ち果てそうになってて、しかも鳥居には罵倒の言葉さ落書きされてたりとまあ、罰当たりなことしてんね。なんでそないなことしよるんかと村の人に尋ねたんよ。なんでも、元々この村には守り神がおって、その神様を尊敬してたんけども……百年くらい前にいろいろあってん。邪神だっちゅうことになってなあ。この神様は排斥せなあかん、信仰をなくすことで力を弱めないとあかんっちゅうことになったらしい』


 百年前に何があったのかは、彼女も知らなかった。というより、彼女が話を聞いた村人も知らない可能性があるという。

 確かなことは、“神様そのものをこの村から追い出そう”という雰囲気になった時、神主一族だけが猛反発したこと。

 それ以来、神主一族は邪神を崇めて祀る一族として、村から冷遇されるようになってしまったらしいということである。

 実際、どのような邪神だったのかはわからない。そもそも邪神なんていたのかも定かではないことだ。

 そして、揉めに揉めた百年前の人間は、既にこの世にはいない。

 にも拘らず百年もの間遺恨が残り、罪もない少女がいじめられるようになったというのはなんとも恐ろしい話である。

 しかも最終的に彼女は凄惨ないじめの果て、自殺に追い込まれてしまったわけなのだから。


 現在起きている呪いが彼女の霊によるものなのかはわからない。

 そもそも彼女を追い詰めた村と人々はもうないのだ。そこで何故恨みが収まらないのだろうか。

 さらには当時はほぼ村に存在しなかったであろうインターネットに扉鬼のおまじないが流出している点が奇妙だと感じる。何者かが意図的に、その霊の力を使っておまじないを広めているということだろうか?一体誰が、何のために?


 何にせよ、安易にこのおまじないを試さないことを進める。記者としても、命の保証はできないと断言しておく。どうしてもやるというのなら、完全に自己責任で。

 我々も引き続き情報を追っていく。

 万が一新情報が発覚したら、その都度新たな記事を書くとお約束しよう。




 ***




 さすがにびっくりした。

 この雑誌、どうやらゴシップとオカルトの両方を扱うものであるようだが――正直えりいも全く期待していなかったのである。

 まさか本当に記者が近隣の市町村まで足を運び、扉鬼の元となった村の名前や少女の名前まで調べ上げていようとは。

 まあ、伏字にもせずに村や少女の名前を載せるのが正しいのかどうかは別として。


「……言われてみればそりゃそうだ」


 織葉があっけにとられた顔で言う。


「扉鬼って遊びを使っていじめをしていたなら……その扉鬼をやっていた場所はどこか?ゲームの性質上、たくさんドアがある屋内でなければ成り立たない。公園なんかではこの鬼ごっこはできない。……子供が自由に走り回れて、扉がたくさんありそうな場所といえば、学校くらいなものだろうな。しかも分校ってことは、それなりに大きかったんだろう」

「で、三十年くらい前なんですっけ……?いじめられていた女の子が自殺したの。そのへんの時間はちょっと曖昧だけど、まあ三十年前なら田舎の農村にボロボロの木造校舎残っててもおかしくないかもね……」


 やっぱり、あの異空間の中でも、学校エリアは特別なものと思っておいてよさそうである。

 その場所に、恐らく元となった少女――紫原奈津子のトラウマや恨みの根源がある。そこで、何かが見つかる可能性は高そうだ。

 ひょっとしたら鍵や出口に繋がる“本物の扉”とやらもその学校エリアにあるかもしれない。


――問題は。鍵、と扉で……二つあるってことだよね。扉はどこかの場所にあるんだとしても、鍵も同じところにあるとは思えない。……どこか、いい隠し場所でもあるのかなあ。


「紫原奈津子の恨みを晴らす存在があの怪物。あの怪物が、恨みそのものの具現化。だとすると……」


 何か、織葉も思うところがあるらしい。ぶつぶつと一人で呟いている。

 この状態だと、多分えりいが話しかけても返事をしてくれないだろう。確証を持てるまでは情報を話さない、なんていうのも彼ならばやりかねない。――情報の抱え落ちが一番よくないし、できればやめてほしいのだけれど。


「その奈津子さんって女の子も、夢の中にいるのかな」


 少し泣きそうな顔で翔真が言った。


「ひでえよ、マジで。神主の娘ってだけでいじめられんの?村ぐるみで?本人なんも悪いことしてないじゃん。そういうの、ほんと嫌い。本人にはどうしようもないことで悪口言ったり、傷つけたり、苦しめたり……そう言う奴らこそ地獄に堕ちればいいのに」

「実際地獄に堕ちたのかもね。村そのものがなくなってしまったっていうし。ただ……」


 言いかけて、えりいは口ごもった。

 確かに、村ぐるみで一家を冷遇するなんてあってはならないことだ。だが、疑問に思う人間がいたとて、逆らうことができたかどうか。

 味方をすれば、自分達も村八分にされる。そう思っていたら、おかしいと思っても簡単に言いだせない。

 学校のいじめと同じだ。自分に矛先が向くのが怖くて、黙ってしまう人間は少なくないだろう。えりいも、きっとそうしてしまう。自分も弱い人間だったから。誰かに頼ってばかりの人間だったから。

 でも、これからの自分は。


――それじゃ、駄目なんだ。


 弱い人の気持ちがわかるからこそ、自分にできることはないだろうか。

 もし夢の中にまだ、奈津子の霊もまた閉じ込められているのであれば。


「……助けよう、うん!」


 誰が悪いとか、悪くないとか、今そんなことを議論しても仕方ない。それよりもまずは。


「その奈津子さんを助けたら、扉鬼そのものを浄化して、全員助けられそうじゃん!頑張ろうよ、翔真くん!」

「……はい!」


 えりいの言葉に、暗く沈んでいた翔真の顔が輝いた。


「一緒に、頑張ります。俺にもできること、きっとあるから」


 目的は決まった。

 まずは、夢の世界で青いエリアへ向かうのだ。


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