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第52話

 実際のところ、あの扉鬼の空間にいくつのエリアがあるのかはっきりわかっていないという。

 現状あると確定しているのが六つのエリアであり、“比較的辿り着きやすい”のもこれらである、ということらしい。あるいは、大郷と星羅らの両方がある程度調査できているとでも言えばいいか。


「六つ目の学校エリアに関しては、まだ胡桃沢星羅らもほとんどわかっていないようです。古い木造校舎のような空間があることはわかっているけれど、どうやってそれに行けるのかを知らない、とでも言えばいいでしょうか」

「あれ?今、青のエリアから行けるって……」

「わたくしが見た胡桃沢星羅らのノートには、“教室エリアがあるらしい?”の言葉しか書かれていませんでした。恐らく遭遇した別の招待者から話を聞いたけれど、どうやってそこに行けるのかはわかっていないし、噂程度だと考えているということでしょう。ですが、そのエリアがあるのは間違いないです。わたくしも一度だけですが踏み込んだことがあるので」


 先述したように、青い光のエリアは、簡単に別のエリアに飛んでしまうことで知られている。本来彼はそのエリアをもっと探索するつもりだったのだが、うっかり扉を開いた表紙に別のエリアにテレポートしてしまったようなのだ。

 そして、辿り着いたのが学園エリアだった。

 ボロボロの木造校舎、時折遠くから獣が吠えるような声が聞こえ、危険な香りかぷんぷんしていたという。校舎の外は、紫色の空が延々と広がる荒野のようなものがあり、外に出たら最後死ぬだろうと考えて玄関や窓には触らなかったそうだ。

 校舎の中で何かに遭遇することはなかったが、地下から大きな何かが闊歩するような音が聞こえてきたという。怪物の足音とも違うので、何か未知の生物がいる可能性があると考えたらしい。いずれにせよ、下に行くのは危険と考え、上の階へ向かったそうだが。


「学校の校舎だというのに、妙に“階が多い”印象でしたね。十階くらいまで上ったところで疲れてしまって、適当な教室の中に入りました。そうしたらすぐ白の大理石エリアに飛ばされてしまって。結局、探索はほとんど進んでいません」


 大きな何か。ごくり、とえりいは唾を飲みこんだ。

 2メートルだとか3メートルだとかの怪物がいるだけで怖いのに、まだ他に巨人でもいるということだろうか。


「し、進撃の巨人でもいるのかな……」

「地ならし、洒落にならない、ダメ絶対」

「翔真もえりいもまだ冗談を言う余裕があるようで何よりだ」

「余裕あるように見えますカ!?」


 思わず織葉の後頭部をひっぱたいてしまった。彼は“いたい……”と言ってつっぷしている。ああハリセンがほしい。そうすれば、このびみょーな空気もコメディにできたものを!


「今の若い子は巨大な怪物といった時ゴジラより進撃の巨人が出てくるんですねえ。最近のゴジラ映画も面白いですけど」


 ついでに大郷までボケっ倒しを重ねてくる。織葉が“シンゴジもマイナスワンも面白かった”とかぽつりと呟いた。

 頼むから、話をナナメの方向に脱線させていくのはやめてほしい。


「と、とにかく!……胡桃沢一行がまだ学校エリアへの行き方を見つけてないなら、先手を打つチャンスってことだよね」


 えりいは明後日の方向に行きかけた話を軌道修正する。最初に悪乗りしたのは自分だというのは遠い遠い棚に放り投げて。


「ただ、学校に関わるものがヒントになってるとか、手がかりに繋がるんじゃないかっていうのは……完全に私の勘だけど。私が学校のロッカーみたいなの?を見つけたのは屋敷の庭エリアだったし。あそこ、位置的には青いエリアから一番遠そうだから、本当に関係ないかも」

「いえ、わたくしはその説、かなり的を射ていると思いますよ」

「そうでしょうか?」

「はい。扉鬼という怪異をここまでの邪神にしてしまったのは、何か別の力が働いているということでしょう。占い師カルナ、が手を加えたのかもしれません。ただ、元となった幽霊は恐らく、扉鬼という鬼ごっこを使っていじめられていて自殺しただけの普通の女の子です。恐らくその時の苦しい記憶や恨みから逃れられず、その場所に囚われてしまっているのでしょう。つまり、虐められていた空間に」


 ですが、と大郷は眉をひそめる。


「元々怪異が発生した場所……少女が死んだ村はもう、地図から消えてしまっています。既に失われた学校が異空間に再現され、その場所で地縛霊と課している可能性は高い気がしますね。再現されていたのは時代錯誤な木造校舎の学校でしたし、その中に“本物の扉と鍵”が存在するのはかなり濃厚だと思いますよ。同時に……少女の霊本体も」


 ならば、自分達の目標は決まったようなものだ。

 なんとしてでも学校エリアに向かう。

 そのために、まず青いエリアへ入ることを目指す。


「わたくしも招待者の方々数名から話を聞いたんですがね。わたくしの他にも学校エリアを見かけた方は一人だけでした。その方も、青いエリアを経由して入ったと証言してたので、恐らくこれで正しいのだと思います」


 大郷がノートのページを捲った。


「さて、それと……もう一つ皆さんに、お伝えしておかなければいけないことがあります。朝、皆さんに連絡した後でネットで調べて発覚したことです」


 もう一ページあるのか、とその中身を見たえりいは目を見開く。そこにあったのは、胡桃沢星羅に関するプロフィールだったからだ。


「胡桃沢星羅が……占い師だと?」


 織葉が驚愕の表情で続ける。


「しかも、あの“天上院海生てんじょういんかいせい”の弟子……?」

「おや、織葉くんはご存知でしたか」

「て、てんじょういんかいせい?」


 なんだか長い名前というか、厨二病くさい名前である。困惑して織葉と大郷の二人を見比べる。翔真も心当たりがないようで、同じく戸惑った表情をしている。


「知らないのか、えりい?かつてテレビにも出ていた高名な占い師だ。テレビに出るような霊能力者や超能力者なんてのは偽物が多いんだけどな。少なくとも俺が見た限り、天上院海生は本物だった」

「え、えっとお……」


 慌ててえりいはスマホを取り出して検索をかける。

 すぐにページがヒットした。天上院海生。長い紫色の髪、紫色の瞳が美しい男性だった。ウィキに写真が載っていたが、なるほどテレビ映えしそうな美青年である。性別の欄がなかったら、女性と勘違いしてしまっていたかもしれない。

 が、彼は享年二十七歳とある。今から約二十年前に亡くなっているのだ。死因は交通事故だったらしいが。


「リアルタイムで見ていた世代じゃないんだが、母さんが天上院海生のファンだから、DVDとか書籍が家にあるんだ」


 織葉は語る。


「彼は滅多に弟子を取らなかった。弟子を取るとしたらそれは、“本物”に限定されると」

「それは、霊能力者とか、占いの素質がある人ってこと?」

「噂だから、本当のところは知らない。ただ天上院海生に弟子入りしていたというのが本当ならば、胡桃沢星羅はなんちゃって占い師ではなかったってことなんだろう。もし本当に未来を占える能力や霊能力のようなものを持っているなら厄介だな」


 それに、と彼は眉間に皺を寄せた。


「これで、もう一つの疑念が強くなった。……扉鬼を作り出し、広めたの占い師カルナが……胡桃沢星羅かもしれない、という疑念が」

「うわ……」


 ビビると同時に、混乱してきた。

 彼女がもし占い師カルナ本人で、扉鬼を生み出して皆に広めた超本人ならば。どうして彼女自身が、夢の中に入っているのだろうか。

 自分自身が伝達を受けなくても、他人に伝達することは可能。その方法は既に、藍田清尾に浸かっているので明らかである。危険性をわかっていないはずがないのに、どうして自ら夢の中に入っているのやら。

 しかも、恋人だと呼んでいる橙山大貴も一緒にいる始末。

 命を危険に晒してまで、あの夢の中で何かを得ようとしているのだろうか。得られるものがあると、本気でそう考えているのか。

 だとしたら、一体それはなんだろう?


「……あの人が、扉鬼を……みんなに広めて、たくさんの人を苦しめてる元凶かもしれないってことか?そんな……」


 翔真がぎゅっと、テーブルの上で拳を握った。


「そんなの、絶対許せない!今もあのおまじながネットで広まって、学校の奴らも手を出しちゃった人がいて、怖がってる人がたくさんいるのに。人が傷ついたり、怖い思いをしたりしてもなんとも思わないってのかよ……!」

「翔真くん……」

「俺、やっぱ、あいつらぶっとばしたい。思い通りになんかさせたくない。従ったフリするのは癪だけど、俺がスパイすることで情報得られるなら頑張ります……!」


 その目に宿るのは、激しく燃える意思の炎。まだ十歳の子供なのに、なんて強い子なんだろう、とえりいは思った。

 負けていられない。えりいは頷いた。


「うん、そうだよね。私も頑張る!巨人やゴジラからは逃げるけど!」

「基本その二つからは逃げられないような気がするけどな」

「おーりーばー!そういう野暮なツッコミいらないの!ひっぱたくよ!?」

「もうひっぱたいてる……」


 再びぺしっと額をはたくと、織葉はしょんぼりした声を出した。ちょっとだけ可愛いと思ってしまった自分が悔しい。


「あとは、欲しい情報は“扉鬼”の起源となる村に関することですね。少女の霊に関して、そしてかつて村で起きた出来事に関して、もう少し解像度の高いネタが欲しいところですが……さて」


 言いながら、大郷はえりいが持ってきた雑誌の紐をほどいた。ゴシップ系雑誌の情報なんて当てにはならないかもしれない。ただ因習系を調べるため、実際に元の村へ足を運んだり周辺を聞き込みしたりと、プロの記者の行動力は馬鹿にならないものである。

 何か。自分達が知らない新情報があればいいのだが――。


「……ふむ」


 特集はカラー含めて2ページ程度だったようだ。しばし雑誌を開いて読み込んでいた大郷が、これはこれは、と小さく笑みを浮かべたのだった。


「どうやら、本当に村があった場所へ行って調べるということをしたみたいですよ」


 メディアも馬鹿にはできませんねえ、と大郷。


「簡単なものですが、参考にはなりそうです。是非、皆さんも読んでみてください」


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