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第51話

 白い大理石エリアは比較的安置。バックルーム的にはレベル1くらいかなあ?なんてことを考えるえりいである。ちょっとだけ危険はあるけど、避けられる程度の危険――くらいの認識だ。


「安全なところだと、みんな拠点作りたがるもんだよね」


 はあ、とえりいはため息をつく。


「とすると、胡桃沢さんとかいう人達以外も、白いエリアには集まりやすいってことなのかな」

「それはどうだろうな。大理石エリアが安置に近い、というのはある程度探索して知識を得られた者だけだろう。実際、もうすぐ一か月近くになるのにえりいはそういうの全然知らなかったんじゃないか」

「……それもそうか。それに、最初にリスポーンするの白いエリアじゃないしね」


――そして、三つ目。洋館の屋敷の中、のようなエリア。


 仮に白い大理石エリアを中心として、灰色のコンクリートエリアを北と仮定した場合。おおよそ東側に位置するのが、この洋館エリアであるという。

 美女と野獣に出てくるお城の内装みたいだった、というような記述があったらしい。実際少しだけえりいもこのエリアに踏み込んだことがあるし、大郷も探索したことがあるという。

 怪物は二体ほどうろついていて、罠もそこそこあるので安全度は低い。ただ、それ以上に厄介なのは空間がねじ曲がっているところだと大郷は語る。


「このエリアに迂闊に入ってしまうと、探索自体が進みにくいんです。階段を降りたと思ったら階段が消えてしまったり、ドアに入ったらまったく知らないエリアに突然飛ばされたり。ゆえに、怪物を撒くこと自体はそこまで難しくない……というのが唯一幸いな点ですが」


 肩をすくめる大郷。


「一番困るのは、うろうろしているうちに出口を見失ったり、より危険なエリアに迷い込んでしまうことですね。庭に出たり、大理石エリアに戻るならさほど問題はないのですけど」


 ちなみに、えりいが昨晩いた屋敷の庭エリアは、この屋敷エリアに付属する別の部屋のようなものであるという。二つはドアや階段で繋がることが多いが、すぐ目の前に見えているのに思い通りに移動できないという特徴もあるらしい。

 確かに、えりいは木製のドアを潜った途端、屋敷の窓に囲まれた袋小路のようなゾーンからスタートした。ゆえに屋敷の窓が開かないかと触ってみたが、どれもぴっちり閉じていて動かなかったのを覚えている。

 鍵がかかっているというより、まるで空間に固定されているような雰囲気だった。


「屋敷の中よりは庭の方が安全です。怪物も一体がうろうろしているだけですし、向こうもさほど夜目がきかないみたいなのでやや離れた位置で遭遇してもこちらに気付く可能性は低いようですしね。それと、罠も少ないですね。そういえば、えりいさんは庭の門を乗り越えたところで昨夜は終わってたんでしたっけ」

「はい、そうです」

「庭エリアはまだ安全な方とはいえ、万が一怪物に襲撃されると逃げるのが少し難しいです。角を曲がって視界を外れたところで、転がっているロッカーや箱に隠れることができればやり過ごすこともできますが……一番の問題は、出口が少ないことなんですよね」


 ノートには、“基本的に出口は門を乗り越えることのみ”と書いてあった。門を乗り越えると、ランダムにどこか別のエリアに転移するというのだ。

 また、稀に腐った木箱やロッカーが出入口になっており、そこに入ると別の場所に転移することもあるらしい。が、基本的には出口がないことが多いので、いちかばちかで飛び込むのはおすすめしないとのこと。


――そして四つ目。……ここが、一番ヤバそうなのよな。


 四つめのエリアは、一見すると一つ目の“打ちっぱなしコンクリートの空間”にそっくりなのだという。ただし、壁も天井も床も何もかもが赤い塗料で塗られており、いかにも危なそうな雰囲気をかもしだしているのだそうだ。

 ノートにもただ一行“極めて危険、怪物大量発生、万が一入ったら即座に脱出すべし”とだけあった。


「怪物いっぱいいるんですか……」


 翔真が青い顔で言うと、しかもめっちゃ暑かったですしね、と大郷が苦笑いした。


「わたくしも一回だけ、うっかり足を踏み入れてしまったんですけどね。生き残れたのが正直奇跡だったなと思います」


 大郷いわく、曲がり角を曲がると怪物に鉢合わせし、ドアを開けて出てくる怪物もおり、ひたすら長い廊下を走って振り切ろうとするしかなかったという。

 しかも何が問題って、時々大きな地震が起きるということだ。地震が起きるとまず間違いなく転倒するし、小さな地震ではないので動くだけでも困難になる。幸い、怪物もスッ転ぶので、うまく利用すれば隙を作って逃げることも可能かもしれないというが。

 地震の折、時々床や壁に罅割れが出き、真っ黒な空間が口を開けていたという。あそこに落ちたらどうなるかはわからないが、ろくなことにならないと確信していると大郷は語った。


「最終的に、わたくしは階段を見つけて上に登ったところで別のエリアに逃げることができました。その階段は下へ続くものもあったのですが、下へ行ったらどうなったかはわかりません。明かりがついていなくていかにも暗く、嫌な予感がしたので多分登る方で正解だったのだと思いますね」

「う、うわあ……」


 ひょっとして、えりいだったら即死していたということでは。冷や汗をかきながら、コップの水を飲む。そういえば、こまめにメモを取れと言われていたのを思い出した。他の手帳を持っていなかったので、生徒手帳を取り出してメモさせてもらうことにする。


――えっとえっと……それから五つ目のエリア。


 ざっとさっきまでの話を書き起こしつつ、えりいはノートにもう一度目を落とす。

 五つ目は、大理石エリアを中心と見て西側に存在する青いエリアだ。相変らず鉄筋コンクリート造りのビルの中、みたいな殺風景な場所だが、特徴として左手に窓、右手にドアが並んでいることが挙げられる。全体的に青い照明が通路を照らしているため、なんとなく“青いエリア”という印象が強いらしい。


「あ」


 そういえば、とえりいは思い出して顔を上げた。


「私、来てすぐの頃にこの青いエリア、入ったことがあります。すぐに灰色のコンクリートのエリアに戻っちゃったけど」

「おや、そうでしたか」

「それで、左手側の窓から、お屋敷の庭みたいなのが見えてたのを覚えてます。多分あれ、洋館の庭エリアだったんだと思うけど。窓は全然開かなかったような。あとは、なんかちょっと肌寒かったですね」


 そうだ、ともう一つ。

 その場所を探索していて適当なドアを開けたら、自分が黒須澪と遭遇することになったのではなかっただろうか。

 ドアを開けた途端、昼間のように明るい洋館の一室だったので驚いたのだけれど。

 えりいがその話をすると、意外にも織葉が口を開いた。


「多分、黒須澪は扉鬼の空間の中に、自分の空間を作ることができるんだろう。話を聞いたかんじだと、扉鬼より格上の神か何かであるようだしな」

「へえ。じゃあ、一時的にお屋敷エリアに移動したとかそういうわけじゃないんだ」


 そういえば澪が指を鳴らしたら今度は灰色のコンクリートエリアに移動していたような。

 とすると、あの景色そのものが幻のようなものだったのかもしれない。


「青いエリアも、あまり情報がないんです」


 困ったような顔で言う大郷。


「わたくしが見た胡桃沢星羅のノートにも“怪物はいないかも?罠は多め”みたいなことが書いてありました。怪物との遭遇事例がないのかもしれません。ただ、だからといっていないと決めつけるのは早計ですし、罠が多いなら安全とは言えないでしょう。ドアが多い場所は、それだけでトラップを引き当てる可能性が高くなりますからね」

「……じゃあ、初日で何も考えずドア開けて、黒須澪と出会えた私は結構幸運だった、と」

「だと思います」


――そういえば、黒須さんってなんか変なこと言ってたな。今の今まで忘れてたけど、えっと……。




『本当に声をかけたい人物は、私にとっては少々相性が悪い相手でしてね。直接その前に姿を現すのは避けた方が無難だろうと考えました……私のためではなく、彼のために。だから最終的に彼に繋がるであろう人物にスカウトをかけたのです。それが紺野彩音さんです』




 そうだ。

 彼は、扉鬼を止めてくれるであろう人物を巻き込むために、紺野彩音に声をかけたと言っていたのではなかったか。彩音が死んでしまったり、蓮子がやばい計画に巻き込まれたりと騒ぎが続いてすっかり忘れていたけれど。


――彼、っていうことは男性。つまり、少なくとも私や銀座さんじゃ、ない。


 止めてくれるであろう人物、ということはつまり“世界が滅びかねない怪異を放置”せず、かつ“止めるだけの力量を持った人物”ということだろう。

 今一番戦力になっているのが大郷であるのは言うまでもない。しかし、彼は彩音と直接関わりがある人物ではない。勿論、娘が彩音と同じ学校に通っているというところで繋がっていると言えなくはないが。

 彩音の性格上、それが良いおまじないだと思ったら他の人にも声をかけて一緒にやらないかと誘うだろう。実際その経緯でえりい、蓮子も誘われたわけだ。ならば、えりいや蓮子と関わる可能性が高い人物か?


――まさか……。


 ちらり、と織葉を見る。

 彼は霊能力もあるし、正義感も強い。えりいよりよほど、あの夢の世界でも生き抜くことができるだろう。

 澪は、織葉が夢の世界に来ることを望んでいる?


――い、いやいやいやいや、考え過ぎだよ、うん。


 えりいはぶんぶんと首を横に振った。

 とりあえず、この話は胸にしまっておこうと思う。織葉が知ったら、扉鬼の世界にやってくる良い口実となってしまう。織葉まで死の危険がある場所に招くなんて絶対にごめんだ。


「実はこの青いエリアの調査が進んでいない理由は、踏み込むのが難しいというのがあるんです」


 とんとん、とノートを指で叩きながら言う大郷。


「隣あっているグレーのコンクリートエリア、白い大理石エリア、赤い廊下エリアのどれかから行くことができそうなんですけどね。特定の条件があるのかランダム要素があるのか、この場所に入ることがなかなかできないんです。ドアを開けると罠に行くか、高い確率で別のエリアに転移してしまって戻れなくなるというのもあります」


 ただ、と彼は続ける。


「わたくし達は、なんとしてでもこの青い廊下のエリアに向かう必要があると予想しています。えりいさんが言った通り、学校に関わるもの……それが扉鬼の謎を解くヒントになるならば」

「まさか」

「そう。第六のエリア、木造校舎を模した学校のエリアは、この青いエリアからしか行った記録がないようなのです」


 その言葉に、えりいは目を見開いたのだった。


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