目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第50話

「こ、こんにちは。その、し、白根翔真です。小学生です……」


 少し緊張しているようだったが、翔真は礼儀正しい少年だったようだ。ぺこり、と頭を下げると同時に少し襟足の長い黒髪が揺れる。


「えっと、金沢さんと翠川さん、ですっけ。一応話、聞いてます。金沢さんも扉鬼のおまじないやっちゃって、夢の中をさ迷っている最中だって」

「あ、うん。そうなる。えっと、それで幼馴染の織葉が助けてくれてるんだ。よろしくね」

「はい」


 年上に丁寧語が使える小学生。それだけで、育ちの良さがわかるというものだ。

 なんだかえりいの方もドキドキしてきてしまう。勧められるままテーブルについた。

 正面に大郷と翔真、えりいの左隣に織葉である。


「早速ですがまず、状況と……現在ある情報を整理しましょう」


 全員に紙コップを配り、ペットボトルの麦茶を入れてくれたところで大郷が切り出す。


「もう何回、こうして会えるかもわかりませんしね。状況は昨日よりも悪くなってると言っていいでしょう。とりあえず、わたくしは翔真くんから話を聞いたんですが……彼は、ネットで扉鬼のおまじないを見て、なんとなくそれを試したらこんなことになってしまったということです。叶えたい願いがないわけではなかったけれど、全然信じてなかったと」

「うん。メロンちゃんねる、ってひとのコメントが流れてきて、なんか面白そうだから試すかーみたいな。まさかこんなことになるなんて思ってみなかった、です」

「まあ、試した人の殆どがそれでしょうね。それこそ酔っぱらったノリで試した人とかもいるんでしょうし」


 それなあ、とえりいは昨夜のことを思い出してしょっぱい気持ちになる。

 えりいの目の前で怪物に襲われ、下半身を喰われたおじさんも似たようなことを言っていた。

 危険度が広まっていないおまじないはこれだから恐ろしい。何の覚悟もなく扉鬼の世界に来てしまい、殺されていく人達。これからもどんどん増えていくことだろう。


「さっき、こんな雑誌を買いました」


 えりいはコンビニで買った週刊誌をテーブルに載せる。中身はまだ見ていないが、表紙だけでも言いたいことは伝わるだろう。案の定、その場にいた全員が揃って渋い顔をした。


「雑誌まで紹介されるようになったとなると、本当に一刻の猶予もない、と思います」

「……その中身もちゃんと読んでおきましょうかね。有益な情報が載っていないとも限りません」

「はい。そのつもりで購入しました。……それでその、今日学校に行って、翔真くんが会った同じクラスの友達……銀座さんと話してきました。もちろん、翔真くんが誘いを受けたこととか、計画を知っていることは伏せた上で」


 えりいは語る。蓮子が恐らく自分のことも計画に誘うつもりだということ。それで合流を望んでいること。

 怖かったので、実際に自分がいる場所とは違うエリアを教えたことも。


「銀座さんは、本気、だと思います。本気で、紺野さんを蘇らせるためなら人殺しも辞さないだろうなと。どうすれば止められるんでしょう……?」

「そうですね……」


 えりいの言葉に、大郷は難しい顔をする。


「現実世界で説得しなかったのは正解です。翔真くんが情報を流したと疑われる可能性が高いですしね。そして、夢の中でもし蓮子さんと出会った時どうするべきか……それも決めておくべきでしょう。もちろん今夜、翔真くんがどうするべきなのかもです」


 言いたいことはわかる。計画に乗ったフリをして穏便に流すか、もしくは彼等から即座に逃げる選択を取るのか、だ。


「まず、翔真少年のことから決めるべきですね、緊急性が高いし」


 最初に切り出したのは織葉だ。


「正直、逃げても従ってもリスクがあるかと。特に、あんたらの現在位置……その白いテーブルやクローゼットがある部屋だったか。その場所は彼等が半ば拠点として使っている可能性が高いと俺は思います」


 冷房のある場所に急に入ると、どっと汗をかくものである。

 額に浮いた汗を手の甲でぬぐう織葉。そんな仕草さえ色気を感じてしまうのだから、惚れた弱みは恐ろしい。


「つまり、そこから闇雲に逃げたところですぐ見つかる可能性も高い。大郷さんなら大人なので逃げ切れるかもしれませんが」

「一方、従うフリをしてスパイをするとなると、リアルタイムで彼等の情報を得ることができるし……なんなら一時的に怪物からも守って貰うこともできるかもしれない。ただ、裏切りがバレた時が怖いよね」

「そうなるな、えりい。ただ、話によると翔真くんは“人を殺すこと”そのものは要求されていないんだろう?なら、従うフリをして探った方が得策かもしれないとは思う」


 どうだろう?と織葉が水を向ける。翔真はしばし考えたあと、わかりました、と頷いた。


「今日の夜は、例の部屋に残ってあの人達を待ってみます。なんとか疑われないように、します」


 多分本人もその方がいいと考えていたのだろう。大郷も“そうですね”と肯定した。


「翔真くんにも、金沢さんに渡したのと同じ鈴を渡しておきました。うまくいけばそれでもう一度合流できるかもしれません。で、次はえりいさんですが、どうしますか?」


 どうするのか、というのは夢の中で蓮子、星羅、大貴の誰かに遭遇してしまった場合だろう。自慢じゃないが、えりいの運送神経は良くない。通常のかけっこでも、蓮子に勝つのは難しいだろう。

 できれば出会うことなくかわし続けるのが理想だが。


「えりいも、従うフリの方がいいと思う」


 迷っているえりいに、織葉が口を挟んだ。


「できれば遭遇せずに避ける方向で行くべき。万が一遭遇したら逆らわない方がいい。えりいの足じゃ逃げきれないだろうし、万に一つも橙山大貴とタイマンなんかになってみろ。0.1%の勝ち目もないだろ」

「……まったくもってその通りなんだけどそこまではっきり言わなくてもいいじゃん」

「えりいの強さは運動神経とかそういうところじゃないだろ。だから運動音痴でもいいんだよ」

「喜んでいいのか悲しむべきなのかわかんないよ!」


 一応本人は褒めているつもりなのだろう。がっくりと肩を落とすえりいに、大郷は苦笑した。


「仲良しでいいですねえ。……えりいさんは、仲間になった場合人を殺せと命令される可能性が高い。万が一遭遇したら従うフリをするしかないでしょうが、できれば逃げ続ける方向で頑張ってください」


 彼は語りながら、一冊の大学ノートを広げてみせた。そこに書かれた文字と、簡単な図形。

 えりいは背筋を伸ばした。今日スマホに送られてきた、扉鬼の世界の地図だとわかったからだ。


「彼等への根本的な対策は、現状ほぼ無いと言っていい。それこそ最悪、彼等を殺すしか止める方法がありませんが……当然、それは本当の本当に、最後の手段です。ならば、一刻も早くこの空間の探索を進めて、扉鬼の“真の望み”を突きとめて浄化を狙いつつ、真の鍵と扉なるものを見つけてゲームセットするしかない」


 そこでこの地図です、と大郷。


「夢の中には持ち込めませんが、可能な限り覚えてください。思想はともかく、胡桃沢星羅らはかなり優秀だったとみて間違いないようですからね」

「……ですね」


 えりいは織葉、翔真とともにノートを覗き込んだ。

 胡桃沢星羅、橙山大貴の二人によると。扉鬼の空間は、現状いくつかのエリアに分かれていることがわかっているらしい。

 今現在判明しているエリアは六ケ所。


――一つ目は、夢に入った人間が最初にスポーンする可能性が高い……灰色のコンクリートの廊下。


 打ちっぱなしのコンクリートの壁、床、天井がどこまでも続く長い廊下。少なくともえりいがスタートしたのはそこだった。翔真は違ったようだが、SNSで大郷が集めた情報などと照らし合わせてもこの空間がスタートになることが多いらしい。

 廊下は暫く歩くと曲がり角やT字路に出くわすこともある。ドアの数は平均的だが、罠も比較的多いので注意が必要であるようだ。恐らくうろついている怪物は一体か二体と思われるが、運悪く遭遇してしまうこともあるとのこと。あの赤澤亮子もこのエリアで追われていたはずだ。


――二つ目は、翔真くんがスタートしたエリア。真っ白な大理石のような部屋がいくつも繋がっている場所。


 廊下は少なく、天井が高いことが多い。大理石のような美しい壁や床が特徴で、部屋のドアを開けるとまた別の部屋であることが多いようだ。大郷も、最近はこの白いエリアを調査していたので此処に関しては少し詳しく知っているという。

 机や本棚、食器棚、椅子やソファーなどのオブジェクトが見つかることもある。罠が非常に少ないこともあって、比較的安全なエリアだという。


「ただ、この白いエリアも完全な安置ではありません」


 大郷が眉間に皺を寄せて言った。


「時々、教会の鐘のような音が聞こえてくることがあります。それが聞こえたら、恐らく逃げた方が懸命です。トラップの一部なのか、あるいは怪物が近づいてきているのかはわかりませんが、音の本体に追いつかれたら死ぬと思われます」

「え、え?ちょ、待ってください。俺、それ初日に聞いてるんですけど!?なんで死ぬってわかるの!?」


 翔真が青い顔で言う。聞いていて無事、ということはちゃんと逃げたということなのだろうが。


「わたくしが白いエリアで遭遇した中に、足の悪い老婦人がいまして。明らかに嫌な予感がするので一緒に逃げようといったら、彼女は自分の足では逃げ切れる気がしないからとテーブルの下に隠れることを選んだんです」


 ですが、と大郷は首を横に振った。


「残念ながら、私がしばらくしてその部屋に戻ると、彼女は全身から血を抜かれ、ひからびたミイラのような姿になって発見されました。現実でも、同じような姿で死亡したものと考えられます。あの鐘の音の何かに見つかってしまったのではないかと」

「う、うわ……俺、逃げて良かった……」


 何が相手かわからない。それがかえって恐ろしい。えりいもぶるり、と体を震わせた。

 大郷のメモによると。

 白い部屋は、その鐘の音さえ聞こえなければ、比較的安全に探索できるという。ただ、恐らく他のエリアと比べてさほど広くはない。そして、多くのエリアのほぼ中心部に位置する可能性が高いようだ。

 この白い大理石エリアはコンクリートエリアも行き来することができる。コンクリートエリアから白いエリアに逃げられた人間は幸運だと言っていいだろう、とのこと。


「なるべく、ここを起点に調査を続けた方がいいでしょう」


 困ったように肩をすくめる大郷。


「問題は、胡桃沢星羅らが、このあたりを拠点にしていて、出くわす可能性が高そうだということなんですけどねえ」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?