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第40話

 その女性は、女性としてはかなり長身である方だと思われる。それ以上に筋肉質な男の体が横にも縦にも大きすぎるので、比較でやや小柄に見えてしまうが。

 男は三十代前半、女は三十代後半といったところか。足が高く、グラマラスな体型の美女だった。少々化粧が濃い目なのが気になる程度だ。美を損なっているから、などではない。この空間で、化粧をしているということの意味を考えてしまうからだ。

 大郷は今まで様々な“扉鬼の世界の招待者”を見て、なんとなくいくつかのルールを把握している。この空間ではどうやら、その人物が一番自分らしいと思える姿、もしくは自分の力を発揮できると思っている姿が再現されるらしい。眠っている時ならば、この場所にいるのはパジャマやジャージ姿の者だらけになっていただろうが、実際のところはスーツだったり制服だったりTシャツ姿だったりということが多いのだ。

 前に、少しだけ話した若い青年はテニスウェア姿だった。なんとなく尋ねると、彼は“俺がテニス部だからっすかねえ”と笑っていた。


『俺、これでも全国大会に行ったこともあるくらいの腕前なんですよー!テニスしてる時の自分が一番イキイキとしてるというか、自分自身がやれてるっつーか?だから、夢の中でもテニスウェアっていうのはなんとなくしっくりくるなーって思ってるっす。ほら、履いてる靴もそれ系のシューズでしょ?あとはラケットも持ってたらもっとテンション上がったんだけど……まあ、寝る時ラケットは抱えてないからしょうがないか。あはははははっ』


 あの彼がどうなってしまったかは知らない。そのままこの空間でもう一度遭遇することはなかったからだ。

 ただ、彼のおかげである程度仮説が成り立ったのも事実である。自分が自分らしくいられる姿。特に馴染んでいると感じる姿や、普段から着ることが多い服装になることが多い。

 ならば、化粧もその装いの一つであるはず。

 あの女性が寝る時にそんな濃い化粧をしていたとは考えにくい。ただ、あの化粧が彼女にとって“一番居心地の良い装い”の一部だったから再現された可能性が高いだろう。

 過剰なほど濃い化粧をする人間には何種類かいる。それが純粋に好きな人間、流行りだと信じている人間、顔に傷を隠すためである人間。

 それから――本当の自分を隠す、仮面として利用している人間。

 大郷が直感したのは、一番最後の可能性である。


――あーやだやだ。昔からわたくしの悪い癖ですねえ。ほんと、人の知りたくないとこすーぐ知っちゃうんだから。


 とはいえ、今回はそのスキルも役立つかもしれない場面。クローゼットの中から、白い部屋の様子を注視する。

 部屋に入ってきた人間は、四人だった。

 一人はあの美しくも濃い化粧の女性。

 最初に入ってきた筋肉質の男性。

 それと、二人からやや遅れて入ってきたショートカットの茶髪女子高校生らしき女の子と、小学生と思しき小さな男の子だ。


――ん?


 女子高校生らしき女の子の制服を見て、大郷は眉をひそめた。娘の茜屋舞が来ているのと、同じデザインであるような気がしたからだ。

 まさか娘と、それからえりいや織葉と同じ学校の生徒なのだろうか。


「とりあえず座って。この部屋は比較的安全だっていうことがわかっているから、大丈夫よ」


 どうやらこの集団で、リーダーはあの化粧の濃い女性らしい。彼女はにこにこ笑いながら、室内のテーブルに他のメンバーを誘った。女子高校生と男子小学生は、やや不安そうな顔をしながらも席につく。それを見届けて女性が着席し、最後に大柄の男が座った。

 カフェテラスにでもありそうな丸テーブルと花の模様が入った繊細な椅子である。大男の体からするとサイズが小さすぎるようで、彼が座った途端みし、と嫌な音がした。体重100キロくらいはありそうなので仕方ないかもしれないが、話している最中に壊れないだろうかとついハラハラしてしまう。


「……あの」


 やがて、女子高校生が口を開いた。


「お二人は、扉鬼の夢の中入って……長いって、話やけど。せやったら、鍵と本物の扉、についても詳しく知ってるっちゅーことやろか。ここから脱出できる方法も?」


 少し関西弁のような訛りがある少女である。憔悴しているのか焦っているのか、その声はややひっくり返っていた。


「そうね。ある程度なら知識があるわ。……と、その話をする前に、まずは自己紹介をしなきゃね」


 どうやらこの四人、長らく付き合った仲良しグループとか、そういうわけではないらしい。女性はにっこり笑って胸に手を当てると名乗りを上げ始めた。


「私の名前は、胡桃沢星羅くるみざわせいら。三十八歳の独身で職業は……ふふふ、秘密ってことにしましょうか。その方がミステリアスで素敵だものね。隣の彼が、私の恋人の橙山大貴とおやまだいきよ。三十二歳で、社会人リーグでアメフトの選手をやっているの。だからこんなに体が大きくて力持ちなのよ。……人を素手で、簡単に殺せてしまうくらいにはね」


 その紹介を受けて、大貴がぺこりと頭を下げる。なるほどそういうことか、と大郷は小さくため息をついた。自分が見かけた、あの首が折れた男性。恐らく、彼を殺したのがこの橙山大貴だということなのだろう。

 問題は、あの死体はほとんど出血していた様子がなかった、ということ。

 それなのに今、星羅と大貴は返り血らしきものを浴びているということ。

 ならば、殺したのは一人ではなく――。


「う、うちは……銀座蓮子って、言います。一応、高校生です」


 赤茶髪のショートカットの少女が、緊張した声で言った。銀座蓮子。大郷は目を見開く。娘たちと同じ高校の制服だったので可能性はあると思っていたが、まさか。


――確か、えりいちゃんと一緒におまじないをやったクラスメートだったはずです。亡くなってしまった紺野彩音さんのことをとても慕っていた、と。


 よく見れば、蓮子の顔色は悪い。

 えりいも相当参っていたようだが、親しかったならば蓮子が受けた精神的ダメージはさらにそれを上回るだろう。どうして彩音を助けられなかったのか、と後悔していたのかもしれない。実質、話を聞くにあの時えりいと蓮子で彩音を助けられた可能性は限りなくゼロに近かったとは思うが。


「……白根翔真。小学校、四年生」


 ぽつり、と小学生の男の子が口を開く。彼も緊張しているようだが、蓮子と違ってかなり星羅と大貴の二人を警戒している様子だった。それとなく、椅子をひいて星羅たちから距離を取ろうとしているように見える。

 その理由は、すぐに明らかとなった。


「俺たちに話って、なに?……たまたま廊下うろうろしてたら会っただけだよね。それとも、あんた達この夢から脱出できる方法とか、本当に知ってんの?それに、夢の中とはいえ平気で人、殺してんだろ。なんで?」


 どうやら、翔真は星羅たちの殺人現場を目撃してしまったということらしい。

 これが夢の中じゃなかったらすぐ通報してたんだけど、とぼそりと続ける翔真。――彼はとても健全で真っ当な小学生であるようだ。このような状況でも、ちゃんと通報と言う言葉が出てくるくらいには。


「そうね、一つずつ説明するわ。最初に断っておくべきことは……私と大貴にもまだ、この場所にある出口を見つけることはできていないということよ」


 本当に困った、といわんばかりに肩をすくめる星羅。


「でも、なんだかんだで長いことこの場所にいるしね。ある程度怪物が出る法則とか、出口の法則とかもわかってきたつもり。特に、この部屋があるあたりのエリアは地図まで作ってあるしね。貴方たちにも見せてあげるわ」

「地図!?すごい……」

「二人で頑張って調査したの。……そして、今後は貴方たちにも調査に協力して欲しいって思ってる。というか、二人を私達の仲間に引き入れたいと考えていると言った方が正解ね」

「仲間……?」


 人を殺しておいて仲間?と翔真の顔にはありありと書かれている。蓮子の方も戸惑っている様子だった。殺人者に対して警戒するのは実に当たり前の反応だろう。


「貴方たちに、まず伝えておかなければいけないことがあるわ。私、これでも霊感は強い方でね。だから確信できることもあるんだけど」


 す、と星羅の目が細められる。


「この扉鬼の世界。出口を見つけて、脱出して、願いを叶えて貰えるのは……恐らく招待者の中の一人だけよ。それ以外の人間は、永遠にここに閉じ込められて地獄をさ迷うことになるわ」

「え!?」

「は、はあ!?」


 がたん、と思わず蓮子が立ち上がる。勢い余って椅子が倒れてしまい、慌てて元に戻していた。翔真も立ち上がりこそしなかったが、青い顔で口をぽかんと開けている。


「……嘘だよな?」


 掠れた声で続ける翔真に、星羅は静かに首を横に振った。


「残念ながらこれは本当よ。……ちなみにこの空間には招待されていない異邦人……人ではないけど敵対的でもない存在が一人いてね。その人に出会えたらいろいろ教えて貰えるからラッキーなんだけど……私は彼からも同じ情報を得ているのよ。この場所から逃げられるのは一人だけ。願いを叶えて貰えるのも一人だけってね」


 つまり、と彼女は続ける。


「もし今、誰かが扉と鍵を見つけてしまったら。私達全員、その時点でゲームオーバーってことよ。実のところ招待者っていうのは全員ライバルで、自分が生き残りたいなら蹴落とさなければいけない存在だったというわけ」

「そんな……!」


――おいおいおいおい……。


 勘弁してくれ、と思ったのは大郷も同じ。一人しか生き残れない云々は自分も既に知っていた。それでも、他の招待者には話していない。話したら最後、どのようなパニックを招くかわかったものではなかったからだ。

 何より、招待者同士で殺し合うような惨劇だけは避けなければいけない。恐らく怪物や罠でなくても、この場所で死んだら現実でも同じ死が待っているのだから尚更に。

 同時に。


――異邦人は黒須澪のことだろう。その存在を知ってるってことは、会ったってのは嘘じゃなさそうだ。だが……。


 星羅は意図的に情報を捻じ曲げている。澪はのらりくらいと煙に巻くことの多い人物だが、少なくとも扉鬼をなんとかしたいという目的では一致しているのだ。

 つまり、災いの種になりかねない嘘などつくはずはない。

 澪は“願いを叶えてくれるというのは方便だろう”とはっきり言っていた。世界を憎むような怨霊にそんなサービスなどあるはずがないと。

 にも拘らず、出られたら願いも叶えて貰えるだろう、的なことを口にしているのはつまり。


「そこで、二人に相談があるわけ」


 彼女は明らかに、人を騙し、トラブルを誘発させようとしている。冷や汗をかく大郷の目の前で、あっけらかんとのたまったのだ。


「貴方たち、私と大貴に協力する気はない?……他の招待者を全て排除し……仲間の誰かがクリアすることで、全員の望みを叶えるのよ」


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