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第35話

 恐らく、扉鬼を作り出すにあたり、別の神か何かが力を貸した可能性が高いのだろう、と大郷は語る。


「かつて、その村には守り神とされる神様がいて、それをお祀りする神社があったそうです。ところが百年以上も昔、その神様と神社の信用が失墜するようななんらかの事件が起きた。その事件は村でもタブー視されているので、私のクラスメートの……そうですね、A子さんとでもしておきましょう。A子さんもまた、その事件の詳しい内容までは知らなかったのだそうです。確かなことはそれによって神社は取り壊され、信仰は失われ、神社を守っていた神主一族が村八部に近い扱いを受けるようになった、ということ。……それも、百年もの間、ね」

「なんか、それ祟られそうな気が」


 えりいは率直な感想を述べてしまう。


「神主さんどうのっていうより、そこにいた神様が……社とか神社壊して、本当に大丈夫だったのかなあって。私、そんな信心深い方じゃないですけど」

「そうですね。これは推測でしかありませんが、もしかしたらその神様と神主一族が、村を裏切るような何かをしていたのかもしれません。そもそも、元々どのような神様を祀っていたのかが問題です。A子さんも知らされていなかったようですが……村では、神様の存在に言及することさえ禁忌に近い扱いをされていたそうなので」

「それは、なんで……」

「例えば、守り神だと思っていたのが恐ろしい邪神で、生贄を捧げる儀式を続けていた……とか。まあこれは想像でしかありませんが、そのような事実が発覚すれば怒る人がいるのも当然でしょう」

「な、なるほど……」


 ホラーでよくある、因習系の話を思い出した。村でヤバイ神様を祀っていて、ひそかに生贄を捧げており、その儀式が失敗して祟りで村が破滅するとかなんとか。ホラーゲームでもホラー小説でもあるあるのシチュエーションだ。

 ただ、現代の日本で(これは大郷の過去の話なので平成の時代の頃ではあろうが)そのようなことがあるかというと疑問ではある。

 昭和くらいの文化を残している村もあるかもしれないが、かつてとは倫理観も常識も異なるし、祟りとされてきた多くの天災や事故の原因も明らかになりつつあるからだ。ああいうものが神様の祟りだの呪いだのとされた背景には、知識がなくて事象の理解や説明が追い付かなかったから、というのもあるはずである。


「とにかく、どういう神様だったのか、何故神主一家が冷遇されていたのかについてはわかりません。A子さんも知らないですし、わたくしも知りようがありませんでした。確かなことはひとつ。……A子さんと同じくらいの少女が、特に酷い虐めを受けていた、ということです」




『かつてとある場所で、この鬼遊びを使って行われたいじめがありましてね。……それが、ある人物の心に本物の鬼を産んでしまったのですよ』




 澪の言葉を思い出す。

 扉鬼という鬼ごっこが、元々その村には存在していた。その鬼ごっこを使って、一人の人間を虐めていたのではないか、と。


「それが、扉鬼という鬼遊びを使った、いじめ……」


 えりいは澪の言葉を反芻しながら呟く。


「黒須澪……さんが言ってました。その鬼ごっこを使った虐めが、特にその人物の印象に残った。だからそれを使って虐めをしてやろうと思った、と」

「そうでしょうね」


 苦々しい顔で頷く大郷。


「いじめを行っていたのは、主に少女と同年代の少女達。一部少年も混じっていた、と。どうやら、彼女らは少女の弱みを握って、何度も何度も果てしない鬼ごっこに誘うという虐めをしていたようですね。その弱みというのが……A子さんいわく、少女の恥ずかしい写真か何かを撮って、それをバラまいてやるぞと脅していたのではないか、とのことで」

「ひ、ひどい……」

「ええ、本当に酷いことです」


 実際、神主一家の少女がどれほど酷い目に遭ったのかは、想像する他ない。ただ、虐められるとわかっていながら鬼ごっこに参加するしなく、そのたびに嘲笑され悪口を言われることがどれほど苦しかったことか。あまりにも、あまりにも残酷な話である。

 もちろん、だからといっていじめっ子を殺すことが正しいと言い切ることはできないが――。


「その虐められていた少女は、自殺したんでしたね?」


 織葉が口を挟む。


「そして彼女が死んでから、異変が始まった?」

「そのようです。まず、虐めの直接的な実行犯だった人間たちの様子がおかしくなりました。変な夢を見る、夢の中で鬼に追いかけられる。あの鬼はあいつだ、あの女で間違いない、このままでは夢の中から現実へやってきて殺される、と。次第に夢を見る人間が増えていき、最初に夢を見た子供たちから順に奇妙な死に方をしていくようになりました。A子さんと両親は恐ろしくなり、逃げるように村を離れたそうです。でも……」


 大郷は静かに首を横に振った。


「それで逃げられるほど、呪いは甘いものではなかった。東京へ来て暫くした後に、A子さんも扉鬼の夢を見るようになってしまったそうです。残念ながら、まだ若かった私にはどうすることもできませんでした。彼女になんらかの悪霊が憑いていることまでは分かったものの、それを祓うことはできなかったのです。……結局、A子さんもそのまま亡くなってしまいました。この時は、その怪異は“扉鬼”とは呼ばれていませんでしたね。村そのものがそれから暫く後に土砂災害で潰され、なくなってしまったと聞きます」

「ま、待って」


 何かがおかしい。

 えりいは口を挟んだ。その話が本当ならば、今自分達が知っている扉鬼とは明らかに異なるではないか。


「村の人は、今みたいに扉鬼の儀式をやってたの?ち、違いますよね?じゃあなんで、次々夢を見るようになったんです?それに東京に逃げてきたA子さんまで死んだ、って。村が土砂災害で潰されてなくなっちゃったって、それは、その……」


 この話だけ聞いていると、少女の恨みの矛先はあくまでいじめっ子と、それを黙認した村の人だけに向いているように見える。

 実際、村人たちが全滅し、村がなくなったというのならそこで少女の願いは達成されていそうなものではないか。何故、今になって扉鬼と言う名前で再度姿を現すことになったのだろう?

 それに、いくら神社の子供だったからといって、一人の少女が死んだだけでそこまで大それたことができるようになるものだろうか。


「ええ、そうです。この時の扉鬼と、今の扉鬼は明らかに違う。……それから何十年も過ぎた後、ある事件が起きました。一人の男性が自宅で怪死する、という事件です。彼は両足を引きちぎられ、腸を喰われた状態で発見されました。その男性とわたくしは全く接点がなかったのですが……彼の死にざまがニュースで流れた時は絶句しましたよ。A子さんと、まったく同じ死に方だったんですからね」


 何かがおかしい。そう思って、大郷は死んだ男性のことを調べたという。

 A子のいた故郷の村と、男性はなんらかの接点があるのだろうか。同じ故郷の出身だから呪われて殺されたのだろうか、と。

 ところが、そんなものは一切なかった。

 そもそも亡くなった男性は外国籍であり、就労ビザで日本に来て働いていた人物だったのである。その村がある県にさえ、足を踏み入れたことがあるか怪しいレベル。つまり、これは元々の少女に呪われて起きた事件では、ない。


「男性の部屋は密室であり、そもそも成人男性の両足を生きたまま引っこ抜くなんてこと、普通の人間にできるはずがありません。……これは、人外の呪いによるもの。そう確信したわたくしの元に、一人の少年が現れました。それが、黒須澪だったのです」


 実は、黒須澪とはこれがファーストコンタクトではなかった。

 幼い頃神社で友達と遊んでいた時、いつも遠巻きにして自分達を見ているので仲間に入れてあげた子供が彼だったという。

 まだ大郷が小学生だった時のことだ。つまり、もう何十年も前の事になる。

 それなのに、澪の容姿はあの頃から一切変わっていなかった。薄々そんな気はしていたが、やはり人外の存在だったのかと理解したという。


「あの時自分と遊んでくれたお礼をしましょう、と彼は言いました。多分単純なお礼だけじゃなくて、自分が思う通りに動いてくれる手駒が欲しかったのもあるんでしょうけどね。……黒須澪は教えてくれました。元々は“一人の少女の復讐”で終わったはずの呪いを、もっと強大な鬼……扉鬼に変えて野に放った人物がいる、と。その人物は、この世界全てを鬼の力で滅ぼすまで止まるつもりがないのだと」

「ひょっとしてそれが、占い師カルナ?」

「正解です。……澪さんは、わたくしにその企みを阻止して欲しいと言ってきました。彼が、わたくしではとても太刀打ちできないような強大な力を持つ神であることはすぐにわかりましたとも。その提案を、断ることなどできなかったでしょう。……もっとも、わたくしとしても断る理由はなかったんですがね。扉鬼の怪異が、村を滅ぼしても止まらない、強大なものになってしまった。このままでは世界さえ危ういというのは、わたくしも気づいていたものですから」

「なんで……その、邪神がそんなことを貴方に頼むんですか?世界が滅んだら、彼にとっても都合が悪いんでしょうか。それに、そういうの、自分でやればいいのに……」


 ついつい本音が出てしまった。どこかで本人が聞いていたらどうしよう、とついきょろきょろしてしまう。

 が、大郷も同じように思っていたらしく、くすくすと笑いながら頷いたのだった。


「まったくですね。……でも、きっと、人間ではない彼にはできない事情か何かがあったのでしょう。それに」

「それに?」

「かの人は、望まして人を壊してしまう怪異。……それはつまり、本当は人間に壊れてほしくないと願っているということでもある。完全に恨んで、嫌って、憎んでしまえないからこそ苦しいのでしょうね」


 まるで、同情するような大郷の口ぶり。友人かもしれない、と言っていたのは本当のことなのかもしれない。

 幼い頃、一緒に遊んだのがそんなに楽しかったのか。あるいは、他にも理由があるのか。


「我々がしなければならないことは、二つなのです」


 大郷は二本指を立てて言ったのだった。


「一つは、扉鬼へと進化させた“鬼使い”、占い師カルナを見つけ出して止めること。もう一つは……扉鬼そのものを浄化する手段を見つけること、です」


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