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第31話

 いじめは、いじめる方が圧倒的に悪い。そんなこと言うまでもないことだろう。

 ただし、いじめられない為にはある程度自衛が必要だ、という意見もわかる。いじめられる側が悪いとかではなくて、いじめる悪を完全になくせない以上工夫をして身を護るしかない、という意味で(不審者が出るから防犯ブザーを持っておこう、的なものだ)。

 そういう意味で言うなら恐らく、藍田清尾は自衛がとことん苦手なタイプだったのだろう。あるいは、灰島樹利亜たちに虐められて、余計おどおどしてしまうようになった可能性もある。

 彼は織葉が声をかけて樹利亜の名前を出すと、速攻で逃げようとした。――追いかけるまでもなく即座に一人でスッ転んで自滅したわけだが。多分、相当運動音痴だったのだろう。稀に運動神経がよくても変なところで転びまくる天然タイプもいなくはないけれど。


『ぼぼぼぼぼ、僕は、僕はななん、なに、なにも知らにゃいでふ、ふふふふうふふほほほほんとに!』


 まあ、こんなかんじ。スッ転んだら立ち上がれなくて、尻餅ついた状態で織葉から逃げようとした――完全にキョドりまくった状態で。

 織葉もけして高身長な方ではないが、清尾は小学生かと思うくらいの体格しかなかった。男子の中には、背が伸びるのが極端に遅くて、高校一年生くらいまで声変わりしないようなタイプもいると知っている。きっと清尾もそういうタイプだったのだろう。その上で気が小さい性格で、標的にされやすかったのだと思われる。あるいはその上に、お金を持っている裕福な家庭とかそういうのもあったのかもしれない。


『君を責めようってわけじゃない』


 織葉は思った。こういう時、愛想の良い態度と顔が欲しい、と。

 自分が、感情が表に出にくいキャラだという自覚はあるのだ。正直えりいに頼んで一緒についてきて貰った方が良かったかも、と思ったほどである。

 大柄で威圧感を与えるタイプでなかったのが唯一の救いか。


『ただ、扉鬼の呪いで、俺の友達が被害に遭ってる。俺は、彼女を助けたい。彼女は友達から“どんな願いも叶うおまじない”と聴いて軽い気持ちで試しただけらしい。誰かを傷つけようとか、悪意があってやったことじゃない。そういう人間が、君が灰島樹利亜に教えたのと同じおまじないで苦しんでる。少しでも情報が欲しい、それだけなんだ』

『う、うううっ』

『君から情報提供を受けたことを触れ回るつもりもない。その友達には教えるが、情報の拡散はそこまでに留める。ネットで触れ回るようなこともしない。だから頼む』

『ううううううっ……!』


 彼は顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らした。

 一体何故、この少年が樹利亜に扉鬼のおまじないを教えたのか、想像はついているのだ。恐らく、彼は別のところから、まったく別の情報を伝えられている。

 だってそうだろう。

 何でも願いが叶う、お金持ちになれるおまじない、なんて――そんな都合の良いものを、彼がいじめっ子に教えるメリットがない。ただでさえ恐怖の対象が、そのようなおまじないをしてもっともっと力をつけてしまったら。そう思って恐怖するのが当然だ。

 同時に、本当にそのような怪談だと理解していたならば、教えるまでもなく自分で試すはずである。そうしなかったということは、つまり。


『人を苦しめ、復讐するおまじない。……誰かにそのように聞いたんじゃないのか?』


 織葉の言葉に、少年ははっとしたように顔を上げ――やがて観念したように頷いた。


『……その通り、です。僕は、僕はずっと灰島さんとその友達が怖くて。でも、先生も助けてくれないし、むしろ先生に相談したらもっといじめが酷くなったし……そんな時、いじめられっ子が相談できる交流サイト、みたいなところで……教えてくれた人がいて』

『おまじないを、か?』

『おまじないじゃなくて、サイト、です。闇サイトというか、あるホームページのアドレスを貼ってくれた人がいて。ここの占い師さんに相談すると助けてくれるかもって』


 それは、真っ黒な画面に、あちこち髑髏の装飾がされたおどろおどろしいデザインのサイトだったという。

 サイトの名前は、“カルナの楽園”。占い師カルナという人が運営するサイトで、掲示板などの機能を使って“この世界で虐げられた弱い人”の相談に乗るということをしているようだった。

 占い師ならば、自分の鬱屈した状況を改善するアドバイスをしてくれるかもしれない。あるいは守護霊とかに働きかけて、自分の心を強くしてくれるかもしれない。そんな淡い期待を持って、そのサイトに入ったという。そして、メールフォームを使って、カルナと接触を図ったそうだ。


『カルナさん……多分女性、だと思うんですけど。その人は、僕の話を本当に真剣に聞いてくれて。そしたら、復讐できるおまじない、を教えてくれたんです。実行した人間が地獄のような空間に囚われて、苦しんで死ぬおまじないだって』


 それが扉鬼、だったという。

 カルナのアドバイスに従って、清尾は樹利亜たちにおまじないを教えた。その結果樹利亜たちが実行し、扉鬼の世界に捕まって――今に至るという。

 現在一緒におまじないを実行したと思しき樹利亜の友人達は、殆どが学校に来なくなっているらしい。それが扉鬼のせいなのか、あるいは他の要因なのかは不明。元々学校をサボって遊び歩くような不良少女達だったので、まったく関係な理由で死んだり行方不明になってもおかしくないと清尾は語った。


「残念ながら、そのサイトを見つけることはできなかった」


 織葉は首を横に振った。


「清尾に聞いて、教わったアドレスに飛んでみたんだけどな。とっくにサイトそのものがなくなっていたよ。……清尾にサイトアドレスを教えてくれた人いわく、このサイトは定期的に移転を繰り返しているらしい。ものすごく親しくなった人相手には、移転先のアドレスをその都度教えてくれるらしいが、清尾は知り合って間もなかったためか教えてもらえなかったみたいだ」

「なんか、そのカルナって人が怪しいよね。扉鬼を作り出した張本人かも」

「その可能性もある。もしくは、生み出された鬼をなんらかの理由で利用している人間かもしれない。何にせよ、元々は“どんな願いでも叶うおまじない”に見せかけた“人を苦しめて殺す呪詛”として作られた怪異だと思って間違いなさそうだ。確かに合理的ではあるんだよな。夢の中の出来事だと思ってみんな油断しているだろうし、実際夢の中で殺されたら現実と同じレベルの痛みを味わうことになるしで」

「うん。……あの、一つ気になったんだけど」


 はい、とえりいがおずおずと手を挙げてきた。


「その……えっとなんだっけ、藍田清尾くん、って子。その子は、おまじないを試してないんだよね?その様子だと、自分でやってみようなんて思うはずもないし。でも、それなら次の人に伝達することってできないんじゃないの?だって扉鬼の世界に他人を招待する条件は、“自分がどのようにして扉鬼のおまじないを知ったか”を人に伝えて、“扉鬼の夢を見たあと、その世界の絵を描いて相手に見せる”ことなんだよね?」


 その疑問はもっともだ。織葉も同じことを思った。

 清尾少年は、扉鬼のおまじないを試していないし、夢の中で扉鬼の世界に招かれたこともない。そういう人間は、二つ目の条件をクリアできずに伝達者の条件を満たせないはずなのだ。

 だから織葉も、その疑問を清尾少年にぶつけた。すると。


「俺も気になったからそこは尋ねた。すると彼は言ったんだ。……実際に扉鬼の夢を見ていない人間が、他人に伝達する裏技があるのだ、と」


 実は、二つ目の“扉鬼の夢を見たあと他人にその世界の絵を描いて見せる”は――“本人がその夢を見ていなくてもいい”という裏技があったようなのだ。

 清尾少年は、カルナから扉鬼の世界を描いた絵を見せられた。その絵を自らの手で丁寧に書き写して、灰島樹利亜たちに見せたのである。

 その上で“自分はカルナのサイトで扉鬼の情報を得た”という旨を樹利亜たちに伝えたのだ。それによって、灰島樹利亜たちには伝達が完了したとみなされたのである。


「こ、混乱する」


 織葉がそれを話すと、えりいは漫画みたいに目をぐるぐるさせて頭を抱えた。


「じゃ、じゃあ、なんでその、藍田清尾くんは扉鬼の世界に招待されてないの?あれれ?」

「簡単だ。清尾少年は条件を満たしていない。カルナが“自分がどうして扉鬼のことを知ったのか”を彼に話さなかったんだ」

「あ、あー……そっか、そっちを言わなかったら、条件コンプにならないのかあ……」


 問題は、カルナ本人も扉鬼の世界に招待されている人間なのか?ということ。彼女も同じ裏技を使って、実際は扉鬼の世界に入っていないのに伝達だけ行っている可能性もあるのだ。

 これは、かなり恐ろしい事実である。

 実際に扉鬼の世界に入っていない人間は、当然この怪異がどれほど恐ろしく、命の危機があるかなんてわからない。わからないまま、興味本位で人に伝達することも可能ということ。同じようなやり方で拡散する人間が現れたら、今よりもっと加速度的におまじないが広まってしまうことになるだろう。


「俺はこの占い師カルナ、が黒幕だと仮定した」


 その上で、と織葉は続ける。


「この人物を見つけ、捕まえることが扉鬼を除霊するための近道だと思っている。とにかく今は情報が足らないしな。その上で、この怪異に関して相談を受けてくれる神社仏閣を探したんだが」

「もう、そういうとこに相談してたんだ?」

「むしろ、お前がもっと早く相談しても良かったと思うけどな」

「う……それは、その、仰る通りで」


 目を逸らすえりい。もしかして、彼女も彼女で簡単に相談できない理由があったのかもしれない。ひょっとしたら、彩音あたりが止めていたのだろうか。自分のアドバイスを聞いていたのなら、えりいは彩音と蓮子に“扉鬼の本物の扉を見つけても、願い事は叶わないかもしれない”という情報は伏せたはず。だったら、彩音あたりが“自分の願い事を叶えるまで扉鬼を祓うのはやめて”と止めていてもおかしくはあるまい。

 とはいえ、仮にそうだったとしても――その彩音はもう扉鬼に喰われて殺されているわけだ。もはや躊躇う理由もないはずだが。


「今日えりいのところに来たのは、相談に乗ってくれる神社に一緒に行こうと思ったからでもある」


 着替えてくれないか、と織葉は続けた。いくらなんでも、パジャマ姿のままえりいを外に出すわけにはいかない。


「間違いなく、俺たちだけで解決できる案件じゃない。プロの手が必要だと、お前もそう思うだろう?というわけで、そのぐちゃぐちゃの頭もなんとかしてもらおうか」


 一応気を使って言ったつもりだったのだが、えりいはぷう、と頬を膨らませた。デリカシーがない、とのこと。やっぱり、女心というのはよくわからない。


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