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第26話

「あ、ぐぐぐう、ぐっ!」


 彩音は何かを必死で引きはがそうとするように、両手両足をバタつかせている。


「や、やめて、や、やめてえっ……!」

「こ、紺野さん!」

「彩音はん!」


 なんで、とえりいは思った。彩音は眠らないように気をつけていたはず。もちろんそれでも、疲れていて一瞬意識が飛んでしまうくらいのことはありえただろう。だが。

 えりいと蓮子がいくら声をかけても、彼女はぎゅっと目を瞑ったまま開く気配がない。悪夢の中から抜け出せず、必死で体をばたつかせるばかりである。


「うぐううううう、い、いた、いたっ」


 突然、びーん、と彼女の右腕が伸ばされた。そのまま、脱臼してしまいそうな勢いでぐいぐいと空中へ引っ張られていく。まるで、見えない何かに腕を掴まれて引きちぎられようとしているかのようだった。


「だ、だめ!」


 えりいは思い出していた。赤澤亮子が、どのようにして死んでいたのかを。彼女は確か、両手両足をひきちぎられて殺されていたはず。ひょっとしたらあの怪物は獲物の抵抗を封じるために、四肢をちぎってから殺すということをすることが多いのかもしれない。

 このままでは、彼女の右腕が引きちぎられてしまう!


――ど、どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしよう!


「紺野さん、起きて、起きてよおお!ねえ、ねえ!死んじゃうよ、ねえっ!」

「彩音はん、起きてやああ!あかん、ほんまにあかんって!!」


 二人がかりで叫び、彩音の体を揺さぶる。しかし、彩音は呻きながらがくがくと体を震わせるばかり。

 やがて、みしみしと彼女の右の肩から嫌な音が響き始めた。次の瞬間、ごきい、と音を立てて関節が外されてしまう。


「ぎ」


 しかもそれにとどまらず、肩が外されてなお腕は引っ張られ続けている。何が起きるかなんて明白だ。骨を失った筋だけで、いつまでも引っ張る力に耐えられるはずがない。

 音は、ぶちぶちぶちぶちぶち、と筋が引きちぎれるそれに変わった――そして。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、い、ぎ、ぎゃああああああああああああ!!」


 ぶちぶちぶぶち、ぶちいいいいいいっ!

 制服の袖ごと、彼女の右腕が引きちぎられて――宙を舞った。

 飛び出した白い骨が見えた。びらびらした筋肉の筋が、肉の断面が。

 噴き上がった大量の血が、えりいたちの顔にもかかって。


「い、い、いやあああああ!?」

「彩音はん、あや、や、彩音えええええっ!」

「痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいっ!腕、うで、う、わたしの、うで、うでえっ!?」


 三者三様の絶叫。さらに、引きちぎられた方の腕にも変化があることに気付いた。そう、誰も触っていないずなのに、腕が空中でくるくると回っているのだ。まるで、誰かが引きちぎった腕を弄んでいるかのように。


――どういうことなの。


 えりいはパニックに陥っていた。

 あくまで、自分達は夢の中で異空間に連れ去られ、そこで怪物に追われたり扉を探したりということをしていたのではないのか。

なんで、こんなに呼びかけているのに彩音は目覚めない?

現実の体が破壊されていく?

わからない、どういうことなのかちっともわからない!


「いだい、いだいよおっ……!」


 目を閉じたまま泣き叫ぶ彩音。えりいの目の前で、彼女の引きちぎられた右腕がさらにおかしな方へ曲がった。あらぬところに関節が増え、さらに手首のあたりに大きな噛み傷ができる。そこから、だらだらと新しい血があふれ出した。さながら、腕をちぎった何者かがそこにいて、腕に噛みついて食べているかのように。

 痛い、痛いと左手で右肩を押さえて泣きじゃくる彩音。このままでは彩音は死んでしまう。救急車を呼ばなければ、いや、それで防げるとも思えないけれど――とようやくそこまで思い至ったところで、さらに悲劇が起きた。


「ひぐう!?」


 びくん!と彩音の体が跳ねる。腰を突き出すように背中をのけぞらせ、びくびくと痙攣を始めたのだ。びりりりり、と彼女の制服の腹部のあたりが破られる。白い下着と、白魚のような腹部が露出した。

 何をする気なんだと思った次の瞬間。


「やあああああ、やめで、もうやめで、やめでえええええっ!」


 ぶちり。

 彼女の臍のあたりの、爪で引き裂いたような傷が生まれた。ポーン、とさっきまで宙を踊っていた右腕が放り出され、床に転がる。

 まるで誰かが、彩音の腹を鋭い爪で引き裂きにかかっているような。


――だ、だ、だめ。


 腹の傷が広がっていく。まるで、傷に両手を入れて横に引き裂きにかかてちるような。


「あが、が」


――だめ、こんなの、だめ。なんで、なんで?こんなの、こんなの、現実であるはずが。


 ぶちぶち、ぶちぶちぶちぶち、ぶちいいいいいいい!


「ぐううううううううううううううっ!!」


 まるで、何かが破裂するような音がした。腹筋と腹膜が破け、彼女の腹の中身が風船でも破裂するかのように飛び出してきたのだ。その中身を、間近ではっきりと見てしまった。言葉も出ない。血と、それだけではない凄まじい臭気があたりに満ちていく。

 悪臭と、恐怖と、絶望。えりいの胃が激しく痙攣した。


「げ、げえええええっ!」


 思わず、その場で嘔吐してしまう。お昼に食べた大好きなおにぎりを全部戻してしまっていた。

 彩音を助ける方法を考えなければ、そう思うのに、体が震えて、まったく言うことを聴いてくれない。霞む視界の中、彩音のお腹の中身が引きずり出され、ぶちぶちとちぎられながら何かに喰われていくのを目撃してしまう。

 これは、一体誰の冗談だろう。自分はなんの悪夢を見せられているのだろう。ああ、こんなに酷い光景が、現実であろうはずがない。あっていいはずがないというのに。


――こ、紺野、さ……。




『貴女に本当に求められているのは、勇気だと思うわ。自分が幸せになるために、覚悟を決める勇気よ。翠川くんがどうのっていうんじゃなくてね』




 彩音の言葉が浮かんでは消えていく。

 美しくて、強くて、どこまでも家族のために願いを叶えようとした少女。それだけだったのに、一体彼女のどこに、こんな目に遭わなければならないほどの罪があったのか。


「がああ、ああああああああああっ……!」


 彩音の断末魔が、どんどん弱くなっていく。それを耳にしながらえりいは、己の意識が遠ざかるのを感じていたのだった。




 ***




●ジュリジュリジュリジュリ

『どんな願うでも叶っちゃう!

最強にして最高、スリル満点のおまじないを知りたい人はあたしのところまでご連絡くださーい!

あ、既にあるリプライを見て頂いてもいいです!


この素晴らしいおまじないを一人でも多くの人に知ってほしくて拡散してます。

みんなで扉鬼様のおまじないを実行して、幸せになっちゃいましょー!!』



●こわこわメロンちゃんねる!

『その節はありがとうございました、ジュリジュリさん٩(*´꒳`*)۶

新しいネタげっとげっとで、またいい動画作れそうです。アップしたらこちらからまたご連絡しますねーっ!♪ヾ(๑╹ ▽╹)ノ ルンルン♪』



●らっだぁ!

『ジュリジュリジュリさん、面白いおまじないありがとうございましたー!

これ、マジっすね。

俺リプ見てからちょこっとだけうたた寝したんだけど、マジで不思議な世界に行けましたよ。扉がたくさんある謎空間っていうか謎屋敷っていうか?


つーことでこれマジです。本当に夢の中で異世界に行けます!

興味がある人は一緒に冒険たのしんじゃいましょー!』



●SUWRO

『何か胡散臭いなーって思ってたけど、リプライにホンモノだって言ってる人がちらほらいるみたい?

本当にどんな願いでも叶うのかな。お金持ちになりたいーとか嫌いな奴ぶっ殺してほしいーとかでもおkなわけ?』



●オクラ浜ゴロゴロにゃーん

『メロンちゃんねるさんが紹介しようとしてるし、マジっぽい。

とりあえず動画見てから決めようかな。

あ、動画見たらもう伝達者ってことになるから関係ないのかー』



●Oliver9

『何でこのおまじないを拡散しようとしたんだ。

ジュリジュリジュリさんとやら、あんたこれがどれだけ危険なおまじないなのか本当はわかってるんじゃないのか?

無関係の人を巻き込むのはやめろ。このままじゃ、扉鬼のおまじないの犠牲者は加速度的に増えてしまう。

沢山の人が死ぬ。死んだあとさえも空間に閉じ込められて永遠の地獄を味わうことになる!

頼む、コメントを消してくれ。これを見ている人も面白半分で試そうとするんじゃない!』




●ジュリジュリジュリジュリ

『なんか変なアンチが沸いてますけど、スルーでお願いしまーす!

あたしはみんなを幸せにするためにおまじないを広めているだけなんで!


まあ、多分そういうのが妬ましい人もいるんでしょう。

もしくは、扉鬼の力を独り占めしたいだけかも?許せませんよねー!

みんなで幸せになって、こういう奴をぎゃふんと言わせてやりまっしょ!』



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