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第21話

 扉鬼、へんな名前のおまじないだなあ。

 正直、そんな印象しかなかった。小学四年生、白根翔真しらねしょうまは別に、ホラーやおまじないが好きだったわけではない。なんとなく、そういうのできゃーきゃー言うのは女子がすることだと思ってた。女はロマンチストが多いんだなあ、なんてちょこっとだけ馬鹿にしていたくらいだ。

 ただ、その日たまたまSNSを見ていたら、タイムラインでそんな話題が飛び込んできたというだけである。




●ジュリジュリジュリジュリ

「おけおけです!えっと、あたし高校生なんですけどー、クラスの男子がこういうの詳しい奴がいて。

お金持ちになりたいからどうすればいいかって尋ねたら教えてくれたわけですね。

そしたら、何でも願いが叶うおまじないだって教えてくれたんです。

で、そいつに絵を見せて貰ったら本当に扉鬼の夢を見るようになって……クラスの男子はネットで見たとか言ってたっけ?あれ、忘れちゃった。まあいいや」



●こわこわメロンちゃんねる!

「男の子でも、そういうの詳しい人いるんですねえ、びっくり!(σ≧▽≦)σ

これで経緯は聞けたわけですね。じゃあ、絵を見せてもらってもいいですか~?」



●ジュリジュリジュリジュリ

「はーい!

なんか、この画像うまくアップできないことが多いんですよ。なんでかしら???

アップローダーに画像アップしたんでよければドゾ!

これを見れば、今夜眠った時にはもう、メロンさんも扉鬼の世界に招待されてますよー!」




 翔真のフォロワーが、たまたまこのメロンちゃんねるという人をフォローしていて、リツイートをしていた。だからおすすめで流れてきたというそれだけのことである。

 学校の、朝のホームルームまでの暇な時間。今日は一番仲良しの友達が旅行で学校を休んでしまっているのでより退屈だったというのもある。

 だから何気なくその会話を見て、なんとなーく画像をDLして見た、それだけだった。それは小学生の自分が見てもお世辞にも上手とは言えない絵で、この人よくこんな絵をアップする気になったなあと呆れてしまったのだが。

 その絵を見た時、一瞬妙なビジョンが見えたのだ。いくつもの扉が並んだ広間に自分が立っているビジョンだ。


――白昼夢とか、思い込みとか、そういうものだと思ってたんだけど。


 オカルトなんて、信じていない。おばけなんて嘘さ、じゃないがそういうものはみんな誰かの思い込みでできているだけだと思っていた。大の大人がそういうのを本気で信じているなんて情けないなあ、とも。

 だからこそ。


「嘘だろ……」


 二時間目の授業。先生の話があまりに退屈すぎてうたた寝をした瞬間、翔真は妙な空間に飛ばされていたのである。

 扉鬼の夢だと、すぐに分かった。四方にドアがある真っ白な広間に一人佇んでいたのだから。


「え、え?これ、マジで……とびらおに、ってやつなのか?」


 正方形の部屋だ。壁も天井も、何もかも白い。前に美術館で見た“大理石”というやつに似ている気がする。四つの壁にそれぞれ金色のドアがあり、そのどれかを開かなければここから出られない様子だった。

 天井には何もない。つるりとした壁が広がるばかり。にも拘らず、空間は太陽の光でもさしこんできているかのように明るい。


――変な話見たから、うたた寝すると同時にそれっぽい夢見ちゃっただけ?にしては、やけにリアルだな……。


 つるつるとした壁を触り、ひんやりとしたドアをまじまじと観察していた時だった。


 ゴオオオン。


 ゴオン。


 ゴオオオオオオオオン。


 まるで、大きな鐘の音のようなものが聞こえてきたのである。最初は遠かった。その音はまるで、教会の鐘の音のよう。祖母がクリスチャンだったので、田舎に遊びに行った時日曜日を挟むとよく教会に連れていかれていたのである。

 お祈りの内容とか、神父さんの教えなんてのはよくわかっていなかった。ただ、ただ小さな頃一度だけ聞いた荘厳な鐘の音が、やけに耳に残ったのを覚えていたのである。ご近所への配慮とかで、最近は鳴らさなくなってしまったらしいが。


――なんだろう。


 遠かった鐘の音が、どんどん近づいてくる。今、自分が触っていたドアの向こうから聞こえてくるような気がする。


 ゴオオン。


 ゴオオオオオオオン。


 ゴオオオオオオオオオオオオオン――。


 よくわからないが、まずいような気がする。

 何か、巨大な怪物が警告のために鐘を鳴らしているかのような、そんな印象を受けるのだ。教会の鐘の音はもっとかろやかだった。からん、からん、からんとかそういう音だった気がする。だがこの音は、お寺の金と教会の鐘と、それ以外の様々なチャイムをまぜこぜにして響かせているような――いわば、ごった煮の不協和音のような印象を受けるのだ。

 聴けば聴くほど、背筋が泡立つ。このままここに留まっていてはいけないと、強くそう感じる。


――に、逃げなきゃ。


 所詮夢の中で、きっとこれは自分の思い込み。妄想のようなものだと、そう思うのだけれど。

 本能が警鐘を鳴らしている、とでもいえばいいのか。これに追いつかれたら、間違いなく酷い目に遭うと、何故かそう確信する自分がいるのである。


「く、くそっ……!」


 翔真は震える足でドアから離れると、そのドアの正面にある別のドアに飛びついた。もう鐘のような嫌な音は、ドアのすぐ前まで近づいてきている。


「開いてっ……!頼むから!」


 もし鍵がかかっていたら一環の終わりだと、そう思った。幸い掴んだドアノブはがちゃりと回り、翔真はドアを開けることに成功する。

 ああ、助かった。ほっと息を吐いた、その時だった。




「具合でも悪いんですかあ、白根くん?」




「!?」


 がばり、と顔を上げた。視線の先には、ニコニコ笑顔の中年女性が。彼女の顔には見覚えがあった。そう、自分のクラスの担任だ。


「せ、先生……?」


 はっとして周囲を見回した。そこは、いつもの教室。机に突っ伏して寝てしまっていた自分に、先生が声をかけてきたというわけらしい。

 いつもの教室。黒板。先生。タブレット。机。こちらを見ている呆れたようなクラスメートたちの顔。いつもならば恥ずかしいわ怖いわで固まるところであったが。


――も、戻ってきてる?授業中の、いつもの教室に……。


 夢だと、自分でもそう思っていたはずなのに。まるで本当に異世界からトリップしてきたような、妙な感覚があった。途中であれが夢であることを忘れるほど、自分は恐怖心を抱いていたのだ。帰ってこられたことに心底ほっとして息をつくと、こら、と先生に額を小突かれた。


「堂々と寝るなんて、いい度胸ですねえ、白根くんは。……そんなに先生の授業は退屈かしらあ?」

「あ、い、いえ。すみません……」


 教室のあちこちからくすくす笑う声が聞こえたが、それを不快には思わなかった。全身にびっしょりと汗をかいている。心臓がまだ、ばくばく五月蝿く鳴っている。あれは本当に、ただの夢だったのか、それとも。


――もし、授業中の居眠りじゃなくて、普通に夜ベッドの上で寝てたとしたら。


 自分は、追いかけてきた何かに捕まっていたのだろうか。

 そう思うと、心底ぞっとする翔真だった。




 ***




 SNSや動画で、積極的に扉鬼のことを広めている人がいる。

 どれくらい拡散されたかはわからないが、少なくともあの『ジュリジュリ』という人は公開アカウントで喋っているわけで、そして彼ないし彼女が声をかけた『こわこわメロンちゃんねる!』というのはかなりフォロワーの多いアカウントなわけで。

 このまま拡散されていったら、あの画像を見る人が増えたら、大変なことになるのは明らかだった。

 とりあえずえりいはアカウントで繋がっている友人たちには注意喚起を回した。とはいえ、正直効果が薄いとは思っている。いかんせん、えりいのフォロワーは25人しかいないし、繋がっているのはリア友がほとんど。彼女達だって、いてもせいぜい100人程度のフォロワーがいるくらいの一般アカウントだ。信じて貰えたところで拡散力が高いとは思えない。


――なんで、あんなことするの。


 信じられない。えりいはため息をついた。


――本当に、紺野さんみたいに……善意で人に広めているだけ?それとも、他に目的があるの?あの情報を知って誰かが傷ついたら面白いとか、実はそういう?


 既に扉鬼の世界に取り込まれている人物で、もし一人しか出口を見つけられないというところまで知っていたのなら。ライバルを無闇に増やしたい、とは思わないはずだ。人が増えれば増えるほど、自分が出口を発見できなくなる可能性は高いのだから。

 だとしたら、やはり一人だけ、というのはそんなに広まっていないのだろうか。

 あるいは、この行為も自分が助かるための手段ということなのだろうか。


――そういえば、呪いのビデオテーブでおなじみのホラー小説、あったな。あれ、確か原作だと……呪いのビデオテープを他の人に見せて拡散に協力した人は助かる、ってルールだっけ。


 まさか、と拳を握りしめる。


――まさか、本当に……自分が助かる可能性があると思って、人に拡散させまくってる人がいるとか?そんなこと、ないよね……?


 授業の内容はまるで頭に入ってこない。自分の成績では毎日必死でノートを取るくらいのことはしなければいけないというのに。

 ぼーとしているまま、チャイムが鳴ってしまった。


「はい、じゃあ今日はここまで。……英語の小テストあるから、みんな勉強してきなさいよー」

「うげええええ」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」


 女性教諭の言葉に、わざとらしく悲鳴を上げるクラスメート達。午前中の授業が終わった。とりあえず、さっさとお昼ご飯でも食べて頭を切り替えなければ。英語のテストは――今は忘れておこう、そうしよう。

 そんな風に思って、教科書を机の中にしまった時だった。


「あ、彩音はん!」


 椅子を鳴らして蓮子が立ち上がる。教室も、教室から出ようとしていた先生もざわついた。いつの間に入ってきたのだろう。スライドドアの前に、彩音が立っていたのだ。


「おはようございます、皆さん。……遅くなってすみません」


 彼女はどこかやつれた様子で、それでも精一杯の笑顔を浮かべてみせたのだった。


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