ふたご。
あね。
その単語をかみ砕くまで時間がかかった。だって。
「ちょっとお!?そ、そんな話聞いてないよ!?私なんも知らないよ!?」
何故幼稚園から幼馴染の自分がその話を知らないのか。織葉が双子だったというのがまず寝耳に水すぎる。
「そりゃそうだろ、そうやって驚くのがわかってたから黙ってたんだよ!」
織葉も頭を抱えて言った。
「できれば親が離婚している事実だって隠したかったくらいだ。変に気を使われるのが嫌すぎる。親が離婚しているなんて可哀想とか思われたくないし!」
「いやいやいやいや家族ぐるみで付き合ってんだからそれは誤魔化せないでしょうが!ていうかなんで離婚したのお父さんとお母さん。その様子だと、お父さんは生きてるんだよね?」
「明け透けに訊くなあ、えりいは……」
はあああああああ、と彼は深くため息をついた。そしてジト目でこちらを見る。
これはあれだ。それも話さなきゃいけない奴か?という顔だ。
「話さなきゃ駄目です」
えりいはきっぱりと言い切った。
「ここまできたら全部白状しなさい。ほれとっとと」
「厳しい……」
「あのねえ、こっちはね、あんたの姉を見て彼女と勘違いしたわけ!なんで私にナイショにしてたのかとか、そういうこといろいろ思ってずーっともだもだしてたわけ!双子がいて、親が離婚して離れ離れだから気を使われるのが嫌ってのもわかる。わかるけど、だからっておかしな勘違いしてずーっとイライラしてた私の気持ちにもなって!多少理不尽なこと言ってる自覚はありますけども!」
「自覚あるんだ……」
うううううう、としばし呻いた後、織葉は続けた。
「……信じられないかもしれないけれど」
彼は渋々と言った様子で口を開く。
「俺と夏葉には、幼い頃からちょっとだけ変な力があった。二人で一緒にいればいるほど、それが強くなるってことがわかってきて……両親も、俺たちをどう扱うかで揉めたらしい。俺たちは仲良しだったから引き離したくないけど、引き離さないと何が起きるかわからないし、っていう。それで最終的に、とりあえず一端離婚しておこう、ってなった、と……。何で別居では駄目だったのかとか、そういうことは俺もよく知らない」
本人的にはものすごくぼかして喋ったつもりなのだろう。何で別居ではなく離婚を選ばなければいけなかったのか、については本人も知らない――多分それは本当だ。子供にはわからないだろう、と思って親が離婚の本当の理由なんかを伏せてしまうことはままあることである。
「連絡を取り合うことは許されてたんだけど、その……あの日夏葉が、父さんにも母さんにも内緒で俺に会いに来ちゃったらしくて。サプライズとか、そういうの好きな性格なんだよ」
「あー……察した」
「しかもすぐ嬉し泣きするし。まるで飼い主と再会した犬みたいな喜び方するからさあ……それで宥めるために、昔みたいによしよししてた。それだけ」
「だっはあああああ……」
マジか、とえりいは遠い目をしたくなった。
蓮子との会話が蘇る。彼女は“それは本当に恋人だったのか?幼いころ生き別れになった妹だとかそういうオチはないのか?”みたいなことを言っていたが――まさかあれが、ドンピシャリで当たっていようとは。
とりあえず彼女達にはあとで謝っておこう、と決める。本当に、まさか本当に彼に同い年の姉なんてものがいようとは。
もっと早く確かめれば良かった、と思っても詮無き事ではあるのだが。
「……変な力っていうのは」
えりいは額をさすりながら言った。
「妙に勘が良いとか、変なものが見えるとか、そういう?子供の頃から、そういうの少なくなかったんでしょ、あんた」
「……えりいにだけは黙っておいてって言ったのに」
「いや、あんたの母さんもだいぶ悩んでたみたいだし、うちの母さんに相談するのはしょうがないでしょ。それに……ああもう、なんでそういうの、全部私に秘密にするかなあ……」
これでなんとなく話が繋がった。姉の存在自体を隠していたのは、離婚の理由が理由だったからというのもあるだろう。特殊能力について隠しておきたいなら、そちらの詳細に突っ込まれるのも避けたかったというわけだ。
「だって」
明らかにしょんぼりと肩を落とす織葉。
「えりいに、弱いところ見せたくない。悩んでるとか、そういうのもかっこわるい。わりいの前ではかっこつけてたかったんだよ、悪いか」
「んんんんっ」
なんだそれ。
なんだその理由。
そしてなんだ、そのお真っ赤に染まった頬、潤んだ目。反則がすぎる!
――くっそお!悔しいけど、超悔しいけど、かんわいいい!!
気分はまさに、推しに新たな一面を発見してしまってもだえ苦しむ熱烈ファンである。頭を抱え、ぶんぶんと振りながら悶えるえりい。わかっている、今の自分は傍から見ると不審者以外の何者でもないということくらいは!
ああ、今公園に、ほとんど人いなくて本当に良かった!
「ほんと、ほんともう、馬鹿……うううう」
そしてそんなこと言われたら、えりいだって頑張らなきゃという気持ちになってしまうではないか。
そうだ、自分のことだけて悩んで保身に走るなんて、こんな姿を見せられたらできるはずもない。
「ああ、もう、それで全部納得いっちゃった。……月曜日に、私に向かって怒ったのもそのせいか。変なものの気配がしたとか、そういうかんじ?」
「えりいがそういうってことは、心当たりがあるんだな」
「あるっちゃある。あの日、同じクラスの紺野さん銀座さんとおまじないして、その帰りだったし……」
とりあえず、もう織葉には包み隠さず全てを話すことにする。織葉に彼女がいたと思い込んで落ち込んでいた自分に彩音が声をかけてくれ、蓮子と一緒に、どんな願いでも叶えてくれるという扉鬼のおまじないをやったこと。彩音にそのおまじないを教えたと思しき“黒須澪”という謎の少年がえりいの夢の中に現れて色々教えてくれたことや、夢で出会った女性が現実の世界で死んだらしいということなど。
一通り聞いたところで、織葉は露骨にしょっぱい顔をしてきたのだった。
「俺が何も言わなくても、露骨にやばいのはわかるよな?そのおまじない」
「……ハイ」
「まあ、本当に素人目で危険だってわかったのは、儀式が完了した後だったんだろうからしょうがないとは思うけど」
「……スミマセン」
ぐうの音も出ない。今こうして冷静に考えてみると、彩音が自分達に扉鬼の話をしたのも、彼女が怪異にアテられていたからというのも考えられるだろう。
扉鬼の元となった人物は、いじめてきた相手のみならず、世界の全てを憎んでいたというふしがある。ならば一人でも多くこのおまじないを体験して、夢の世界に人を閉じ込めて苦しめたいと思うはずだ。
ならば影響された人間が、多くの人間におまじないを試すよう仕向けるようになるのもわからない話では、ない。
「えっと、織葉には何が見えたの?月曜日の段階で……私がまだ何の夢も見ていない時点で、やばいものに憑りつかれたってわかったんだよね?」
「まあ」
織葉は渋い顔で頷いた。
「俺の能力なんて大したものじゃない。ほとんど“変なもの”を見るくらいの力しかないし、現実じゃ極端に勘が鋭いくらいのスキルだしな。あとは、擬態が上手いヤツの場合は見破ることもできないし、生きている人間と死んでいる人間の区別がつかないことだってある。ただ……生きている人間が、妙なものを背負っている時は要注意だっていうのはわかる」
「背負っている?私の後ろに何かが見えるってこと?」
「ああ。例えば、その人間が誰かにものすごい殺意を向けられていたりするだろう?そうすると、背後に包丁持った女がぴったりくっついていて、今にも振り下ろそうとしているように見えたりするんだ。誰かに恨みを買ったなとか、ナニかに祟られるようなことをしたんだなって人間はそれで大体わかる。……そういう奴は近いうちに酷い目に遭うから、申し訳ないけどなるべく近寄らないことにしているんだ。残念ながらそういうものが見えても、俺にできる対処法なんてほとんどないようなものだしな」
「なるほど。……で、私も、何かに恨まれてるように見えたってこと?変なものをしょってた?」
「平たく言うとそんなかんじ。というか、今も見えてる」
彼はちらり、とえりいの後ろを見る。思わずえりいは背後を振り返ったが、そこにはいつもの銀杏の木があるばかりだ。
自分の目には、おかしなものなんて何も映らない。だからこそ、不気味でもあるのだが。
「……えりいの後ろ、そのかなり遠い位置に、妙な黒い扉が見える。そこから黒い糸が何本も伸びていて、それが全部えりいの頭や背中、腕や尻なんかに繋がってるんだ」
最初に見た日より近づいている、と。彼は低い声で呻いた。
「じりじり、じりじり。少しずつ扉が近づいてきていて、その扉が開いていくのが見える。その向こうから、何かとてつもない力を持つものがちらりと覗いてるんだ。人間の意思の延長線上にあるように見えるけど、人間が持つにははるかに重苦しく、深く、触ってはいけないなにか。あの扉が完全に近づいてきてえりいに追いついた時、多分えりいはなんらかの方法で殺されるっていうことなんだろう」
「そ、そんな……」
「だから、その前に決着をつけなければいけない。わかるんだ、あの糸を断ち切る鋏も、刃もこの世界にはないということが。扉鬼の世界のどこかにはあるのかもしれないが、それを探すくらいなら鬼が見つけて欲しがっている扉を見つけた方が建設的だろう。そいつはどこかに行きたがっている。そいつが行きたい扉……つまり本物の出口を開けば、そいつは一時的にそちらに逃れる。その隙に、えりいも脱出して縁を切ることができるだろう」
織葉は静かに首を横に振った。
「恐らく、黒須澪という存在が言うことは正しい。……扉鬼の世界から逃れられるのは、最初に扉を開いた一人だけだ」