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第10話

 今日は火曜日なので、部活動はない。

 相変わらずどこか気まずいモードのまま織葉と一緒に家に帰り、マンションの部屋の前で別れた。手洗いうがいをして、自室ベッドの上で横たわり、スマホをいじるえりい。


「えりい、ご飯の手伝いくらいしなさいよ、たまには」

「……わかってるってば。ちょっと待ってよ、疲れてんだから」


 ついついドアごしに母につっけんどんに答えてしまいながら、扉鬼についてスマホで検索する。




『扉鬼。


 ●●県××市中心で流行っていた鬼遊びの一つ。

 たくさんのドアがあるトイレ、学校などでドアの内側に印をつけておき、印がついたドアを開けた者を鬼とするゲーム。

 鬼は印を剥がして別の扉につけなおし、次に誰かが扉を開けるまで逃げ役たちを追いかけまわさなければいけない。

 最もたくさん本物の扉を見つけて開けた者が優勝となる。』




――へえ、扉鬼、って遊びあるんだ。


 世の中に、鬼ごっこ、鬼遊びと呼ばれる遊びは多い。かくれんぼも一応、隠れ鬼という鬼遊びの一種だったはず。中には、正式にスポーツとして認められているものもあるようだ。缶蹴りも一応、鬼遊びの派生だっただろうか。

 あとは氷鬼とか、色鬼とか、高鬼とか。そういえば、ドロケイも一応鬼遊びだった気がする。地方によってドロケイと呼ぶかケイドロと呼ぶかが変わってくるらしい。あとは影踏み、影鬼。――子供の頃男の子たちとよく遊んだのは、自分達で作った“アスレチック鬼”なるものだったか。あれは正直、アスレチックを使っているだけのただの鬼ごっこだった気しかしないが。


――流石に、この鬼ごっこは関係ないかな。たまたま名前が一緒なだけな気がする。


 元の由来が気になる。彩音も、学校の帰りに扉鬼の話を聞いただけで、それがどこから来たのかは知らないという話であったし――。


「あ、れ?」


 その時、ふと思い出した。

 彼女は扉鬼の話を、誰から聞いたと言っていた?




『そう。小学生くらいの男の子だった。ウェーブした黒髪に、金色の瞳。女の子みたいな顔で……そう、言葉に尽くせないくらい、美しい男の子だった』




 小学生くらいの、男の子。

 その特徴はウェーブした黒髪に、金色の瞳、女の子みたいな美しい顔。


――ま、待って。


 どうして気づかなかったのだろう。

 自分はまさに、その特徴を持つ人物と、昨夜夢の中で遭遇したばかりではないか。




『お嬢さん、いつまでもそんなところに立っていないで、せっかくですから座ったらどうです?』




――あ、あの子……!


 黒い髪の美しい男の子、というだけならばどこにでもいるだろう。しかし、金色の瞳にウェーブした髪。そんな特徴を持つ人物、そうそういないのではないか。

 外見も何もかもが一致している。ということは、彼は自分の夢の中だけの、妄想の人間ではない?現実に存在するナニカが、本当に実在して彩音におまじないを教えたというのか?

 しかも彩音は、彼のことを“ニャルラトホテプを想起させるようなナニカだと思う”と語っていたではないか。


「……ねえ」


 思わず、声に出してしまう。


「本当に、このおまじない……大丈夫?」


 もちろん、部屋には自分しかいないわけで、返事なんて返ってくるはずもない。

 ただ言い知れぬ悪寒が全身を包んでいる。嫌な予感しかしない。そもそも、彩音の予想――“あの空間をうろついているナニカに見つかったら夢からはじき出されるだろう”、というのも希望的観測なのだ。実際は、もっと恐ろしいことになるという可能性もあるのではないか。

 それこそ、現実の体まで殺されるなんて、そんなことは。


――ま、まさか。あれは、あくまで夢の中の出来事で。本当に死ぬとか、苦しむとか、そんなことあるはず……。


 だが、やはり不安は残る。

 えりいはさらにキーワードを追加して検索をかけた。扉鬼、だけだとどうにも鬼ごっこの名前とか、どこぞの小説とか、そういうものが引っかかってきてしまうようだ。

 ならば“扉鬼”“都市伝説”でどうだろう?


――検索……!


 手に妙に汗をかいている。液晶の上で滑ってしまう。今日はそこまで暑い日でもないというのに。

 検索でトップに出てきたのは――Twitterの、誰かの呟きだった。

 どうやらこの人物が、扉鬼について知っているというわけではないらしい。しかし、フォロワーの数もそれなりにいるようだし、彼女?の質問にフォロワーたちが回答しているようだ。

 クリックして、リプライ蘭を覗いてみる。





のらえもんバースト

「扉鬼って都市伝説?おまじない?について知ってる人いる?

いたらちょっと教えて欲しいことがあんだけど」


ゴルゴンゾーラ

「扉鬼?読み方、とびらおに、であってる?

のらちゃんってそういうの興味あったっけ?」


のらえもんバースト

『こんな時間にごめんね。いや、ガッコの友達が、扉鬼について何か知らないかってみんなに聞いて回ってんのね。

その様子がちょっと切羽詰まってておかしいというか。早く出る方法を見つけないときっと殺される、みたいなこと言ってるわけ

あんまりにも鬼気迫る様子だからどうしても気になっちゃって。ツイッターって情報の宝庫だし、誰か知ってる人いないかなって」


ゴルゴンゾーラ

「扉鬼検索してみた。

鬼ごっこの名前は出てきたけど、それとが違うんだよね?」


のらえもんバースト

「あたしも調べたけどそれとは別ね

なんか、扉鬼のおまじないをすると、毎晩扉鬼の世界の夢を見ることになるとかなんとか。その世界で本物の扉とそれを開ける鍵を見つけると願いが叶って、夢を終わらせることができるみたい。

でも、もう一か月も探し回ってるのに全然見つけられなくて、ここ最近は変な怪物にも襲われるようになって怖くてたまらないんだって

しかも、夢の中で足をへし折られて歩けなくなって、ここのところはどっかの部屋にずっと隠れてる状態らしくて」


ゴルゴンゾーラ

「うっわ。それは怖い怖い怖い

足折られてるんじゃ、見つかったらもう逃げられないじゃん!それから、ホンモノの扉?とやらを探すのも難しいよね?」


のらえもんバースト

「うん。でもって、朝起きたら体は普通に動くし、骨折してるとかもないけど……夢の中だと本当に痛いんだって。だからこれ以上怪我したくないし、殺されたらどんだけ苦しいかと思ったら恐怖でしかないって……。

それに、鬼に捕まったらどうなるかはその子もわかってないみたい。

仮に夢から追い出されるだけだとしても、殺されるほどの苦痛ってそれだけで怖くない?だから、ホンモノのドアを探す以外の方法がないか調べてるみたいなんだけど」


ゴルゴンゾーラ

「わかった。知り合いにオカルト詳しい人とかいるし、ちょっといろいろ話きいてみるよ。

何かわかったら連絡するね」


のらえもんバースト

「ありがとう、ゴルゴンゾーラさん

それと……その子に言われてるんだよね。他の人を扉鬼の空間に誘うのは、扉鬼の世界の絵を描いて見せることなんだってさ

もし自分が恐怖に耐えかねて絵を見せようとしたら、その時は見る前に逃げて、って」




――有益な情報はない、けど。


 ゴルゴンゾーラ、以外の人とのやり取りも似たようなものだった。扉鬼について詳しく知っている人がレスをしている様子はない。しかし。


――夢の中で鬼に襲われると、本当に苦痛を感じる?


 ぶるり、と体を震わせた。

 仮に死ぬわけではないとしても、そのような痛み苦しみを味わうだけで恐怖でしかない。

 やはり、扉鬼はとても危険な怪異なのではないか。それが知らず知らず、様々な人を介して広まってしまっているのではないか。

 そう、今はSNSの時代。もしも、扉鬼の世界に入ったことがある人が、その世界の絵を描いてネットにアップロードするようなことでもあれば――。


――……とりあえず、こののらえもんさんって人のところには有益な情報が寄せられるかもしれないし。フォローするだけ、しておくか。


 Twitterを一通り眺めて(名称はXに変わったと知っているが、どうしてもTwitterと言ってしまいがちだ)そのまま閉じようとした時だった。

 ふと、タイムラインに奇妙なネットニュースが引っかかってきたことに気付く。


『東京都О区のアパートにて、女性のバラバラ死体が発見。生きたまま解体されたか?』


――生きたままバラバラにされた?うっわ、こわ……。


 なんとなくクリックしてしまった。完全に興味本位で、それ以上でもそれ以下でもない。しかし。


「え……」


 そのニュースの画像を見て、えりいは凍り付くことになるのである。

 バラバラになって死んだとされる女性。

 彼女の写真に、見覚えがあったものだから。


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