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第81話『Lure‘sカシモト・リン』

樫本凛の人生は信仰に支配されていた。


両親が離婚した後、母と2人で暮らしていた。当時はまだベーシック・インカム制度が無く、母親は朝から晩まで働いていたが、生活はギリギリ生きながらえるラインを保っていた。


実家に帰るという選択もあったが、樫本凛の母と父は実家の反対を押し切って駆け落ち同然の状態で結婚していた。母親側の実家は特に厳格だったらしく簡単に帰れる状況ではなかったようだった。


そんな母の弱みに付け込むように近づいてくる連中がいた。【紫龍院教】である。

中核は企業の責任者などの金持ちだったが、その下にある信者達は貧困や孤独により社会から浮いた存在になった一般人であった。


「あなたの悲しみ、胸が痛いほど理解できます」と言った当たり障りのない慰めを言って心のドアを開けると、その苦しみを埋めるべく紫龍院教の教えを染み込ませていく。


最初は話半分だったが次第にのめりこんでいき、半年をする頃には完全に信者となっていた。


「あなたも私と一緒に幸せになるのよ」


半ば無理やり信者にさせられ、時間の殆どを紫龍院教の為に使わされていた。子供から見ても紫龍院教の教えはどこかおかしいのはわかっていたが、母に逆らえるほど力のなかった凛はただひたすら言う事を聞くしかなかった。


だが転機が訪れた。

紫龍院教のトップである川尻栄作が失脚し、幹部たちは警察からの捜査を逃れるため信者達の情報を売り逃げていた。


彼女の母も紫龍院教に入信していることが両親や親戚に知れ渡り実家に連れ戻された。その後の母は軟禁状態で実家からの出入りを制限されるようになったらしい。

樫本凛は親戚の家に預けられ、高校を卒業するまでは支援を受けていた。


卒業後はパートで生活費を稼ぎ、後のLure‘sのメンバーである柊らと共に地下アイドル活動を行っていた。


樫本は宣伝・広告、イベントスケジュールの組み立てを担当し地下アイドル活動が円滑に行われるようにしていた。


1年以上たったある日、せらぎねら☆九樹に出会った。

ブランド物ではないが上品なスーツを着て、彼女達をレストランに連れて行きこういったのだ。


「ここで埋もれるのは惜しい。私ならあなた達をもっと上のステージへ連れて行くことができます。私と手を組みませんか?」


せらぎねら☆九樹と手を組み、アイドルライバーとしての活動を始めた。彼独自で開拓した企業とのツテで仕事や資金を元にアイドル活動を中心とした生活となり、コンサート会場やイベント等を大企業顔負けの手腕で発注し『Lure‘s』の名を、メディアを中心に広げていった。


「九樹さん。どうして人は宗教に頼るのかしらね?」

「不安や悩み、心の弱みのある人は具体的な解決方法以上に『救い』を求めています。心地の良い言葉に身を委ね、真実から目を背くことを許してしまう。心の拠り所を求めたくて宗教を頼ってしまう。だけど結局弱さに目を背ければ人は弱くなってしまう。その真実に気づかなければ強くなれません」


樫本凛はLure‘sとしてアイドル家業をする中、紫龍院教に入信し幼少期を過ごした宗教2世の社会復帰や、紫龍院教の再興を防ぐために活動していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


―とあるファミレス


「大きくなったわね」

「10年…もうあなたと別れてそれづらい経つもの」

「そんな他人行儀にしなくてもいいじゃない。私達は親子なんだから…」


凛の目の前にいるのは、かつて共に暮らしていた実の母であった。


「実家にずっといるって聞かされていたけど」

「何とか隙をみて逃げ出したのよ」


彼女は両親に監視されていた状態だったが父が病に倒れ病院に通うようになり、母が看病をしている僅かな隙をついて逃げ出したのだ。逃走資金は両親の年金から拝借したそうだ。


話によれば凛と別れた後は家と職場以外の移動を許されず、宗教に触れないようにするために監視されていたようだ。


(おじいちゃんにおばあちゃんも相当苦労したのね…)


凛は母の話を聞き、一番苦労しているのは祖父母だと思った。話の節々でどこか他人事のような印象を受けた。


「昔話はいいわ。どうして私に会いたいと思ったの?」

「もう一度一緒に暮らしたいと思ったの」

「…」

「私も若かったのよ。仕事と子育ての両方をしなきゃいけない責任。カツカツで潤いのない生活。心に余裕が無くなって私は宗教に頼ってしまった。だけど私はあなたと一緒なら…!」

「宗教の次は私を頼る気なの? 散々世話になったおじいちゃん達の元を離れてまで…」

「え…」

「あなたはこの10年で何も変わっていない。誰かに頼る事、依存する事を前提に生きる事を根底にしている所は昔のまま。結局私に会いたかったのも理由を付けて私を頼ろうとしたからでしょ?」

「そ、それは…」

「私はもう自分の足で歩いていける。宗教に頼らずとも、自分の問題は自分である程度納得したうえで解決できる。だけどあなたは10年と言う時間がありながらそれが出来なかった…。もうこれ以上私に関わらないで」


そう言って凛はタクシー代を置いて去っていった。


(九樹さん。私はあなたが何をしようと…。私は私なりに生きていくつもりよ)



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