楠友香の人生はどん底から始まった。
両親が半グレの強盗に刺殺され、親戚をたらい回しにされた先に養護施設へ預けられた。
幼いころから父は地元の名士であり、各企業に仕事を回していた経営者だった。母は由緒いある家計の出であり、ともに温厚な性格でその娘である友香も人当たりが良く友人が多かった。周囲からの評判も良く恨られる様な家族ではなかった。
後にせらぎねら☆九樹が独自のツテで調べたらしいが、楠を襲った強盗は紫龍院教が雇った人間であるとわかった。楠のせいでのし上がれない親戚が彼らを蹴落とし、財産や店の利権、土地などを奪うために紫龍院教を利用していた。また紫龍院教の幹部らも一向に入団しない楠を良く思ってないので、親戚らが入団することを条件に実行犯を雇った。
いわば『利害の一致』により起こった悲劇だった。
雇われた実行犯は信者ではないが金欲しさに依頼を受けた強盗の前科がある男だった。裁判では死刑判決が下され、10年缶服役されたが山内による法案改正により死刑執行された。
前科のある彼が選ばれたのは紫龍院教の存在を隠すためのカモフラージュだとも言われている。
友香は両親に守られ逃げ切る事が出来たので生き残ることができた。彼女を始末する計画もあったらしいが紫龍院教に足がついて悪い印象を付けられるのが嫌だからやめて欲しいという事で親戚らを納得させた。
バックにいる神崎の力があればどれだけのスキャンダルも消すことはできるが、毎度面倒ごとを起こし信頼を無くすことも避けなくてはならなかった。
邪魔ものだった楠の両親を消した親戚達は金持ちだった楠家の財産や土地を虫食いの様に奪い合い、友香の事は完全に無視していた。彼女に残されたのは両親が彼女の為に積み立てていた学費だった。最も信頼できる知り合いに自分達の身に何かがあった場合の事を考えて残していたらしい。
施設に預けられた後、身寄りのない子供達と共に生活していた。高校生を卒業した後は安価の賃貸住宅に住み、アルバイトをしながら生活していた。幸い両親が残してくれた貯えがあったので
アルバイト仲間である柊に誘われて地下アイドルの活動を始めた。習い事で音楽に関することもしていたため、チームを引っ張るボーカルになって貢献していた。
1年以上たったある日、せらぎねら☆九樹に出会った。
ブランド物ではないが上品なスーツを着て、彼女達をレストランに連れて行きこういったのだ。
「ここで埋もれるのは惜しい。私ならあなた達をもっと上のステージへ連れて行くことができます。私と手を組みませんか?」
せらぎねら☆九樹と手を組み、アイドルライバーとしての活動を始めた。彼独自で開拓した企業とのツテで仕事や資金を元にアイドル活動を中心とした生活となり、コンサート会場やイベント等を大企業顔負けの手腕で発注し『Lure‘s』の名を、メディアを中心に広げていった。
Lure‘sとして動画配信サイトでチャンネルを開設し、歌や企画、ゲームなどの活動をしていき、そのつてで生まれた企業との関係から更に仕事を貰い活動の傍ら貧困層に位置する子供達を支援する活動をしていた。
「九樹さん。…どうして人は分け合うより奪う事を選ぶんでしょうね」
「人は地位を築くとのし上がる事を主に考えるようになる。だけどそれに囚われて手段を選ばなくなったら終わりだ」
せらぎねら☆九樹の仮面の下にあるやるせない感情を覚えた。
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―本州最北端森林区・別荘地
シャワー室で温水を浴びて楠は穢れを落としていく。
「~♪」
鼻歌を歌いながら体を洗浄していき、水滴が白い柔肌を弾き、金色の腰まで伸びた髪を流れて排水溝へと流れていった。
体を拭きバスローブに身を包むとせらぎねら☆九樹がいる寝室に向かった。彼はベッドの上でノートパソコンを使い作業をしていた。
「九樹さん。誰かにメールを打ってるの?」
「…ちょっとね」
そう言って九樹はパソコンを閉じた。
「九樹さん。私はあなたが何をしようとしているのか知りませんが、それでも私も、『Lure‘s』も味方です。もしあなたに出会わなければ私達は地下アイドル以上の活動は出来なかったはずですから」
「私はそんないい人間じゃない。アイドルに手をかけるような最低な人間だ」
「もうアイドルじゃないから大丈夫ですよ。『Lure‘s』のチャンネルを閉鎖した日からアイドルは引退してるんです。だから関係を持ったって誰も非難しないし、あなたを非難する人間はいない。どんな理由はあれど、あなたは私達を含めたライバーを救ったことに変わりはないでしょう」
「…正直配信業界はレッドオーシャンになっていた。バーチャルユーチューバーの存在は多くの人間を虜にしたが、同時に限界を作ってしまった」
せらぎねら☆九樹の持論だがバーチャルユーチューバーには『可愛い』・『身近』・『サブカルチャーとゲームが得意』と言う共通点がある。それが売れるために必要だとわかれば多くの企業は個性よりも売れるためのタレントを育成していく。結果的に配信者の個性は失われ、視聴者は飽きてしまい廃れていくのは時間の問題だった。
だがせらぎねら☆九樹がサバイバルゲーム等の企画でライバー界隈を盛り上げた事で立ち直した。
「九樹さん。あなたの存在はこれからも必要だと思う。だから消えるなんて簡単に言わないで欲しい」
「…」
せらぎねら☆九樹は何も答えなかった。