「本当にすまなかった! ワシのせいで2人に迷惑をかけて!!」
とある料亭の一室、プライドも意地も捨てて白石は妻と娘に土下座をしていた。だらしなかった頭髪を床屋で整え、着ているスーツも新しいものを買ってきている。その変化に2人は驚いていたが、妻はお茶を飲んで話始める。
「今更何よ。ギャンブルして借金作ったアンタのせいでどれだけ苦労したか…」
「わかっている! 1人になって初めてそれが分かった! 都合がいいと思われるかもしれないが、もう一度家族3人で暮らしていきたんだ!! 借金も返済したし、新しいウチも建てたんだ!」
「そんなこと言われたって信用できないわよ…」
「お母さん帰ろう。こいつが簡単に更生するわけないじゃない!」
「心美…!」
「私帰るね」
心美はそう言って帰っていった。
「なあ、…お前はどうなんだ?」
「…正直言って今すぐにあなたを受け入れる気にはならないわ。誘ってもらって悪いけど、検討させて頂戴」
この日は話が決まらず、その場で解散することになった。
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―心美宅
住んでいる時間が長くなり、家具や日用品が置かれ生活環境が整えられた自宅で彼女はスマホを使いSNSアプリを起動させる。
「今更どうしろって言うのよ…。私達を今まで放置していた癖に。今更一緒に住もうだなんて受け入れるわけないじゃん」
父親に対して冷たくなっているが、昔は父の事が好きだった。
母は厳しかったが何があっても健司は彼女の味方をし、テストでいい点を取ればお小遣いをくれたり誕生日にはいつもケーキとプレゼントを買ってきてくれた。
だが彼が解雇され、家にいるようになると生きがいが無くなったように酒に溺れ、現実逃避するようにギャンブルをするようになった。朝から夜まで1日中パチンコを打っているなんて日常になっていた。
そんな姿に彼女も母も愛想が尽き、白石健司の元を離れていった。
父親に失望した心美の生活は荒れていき、毎日を怠惰に過ごすようになっていった。彼女は今の父親を見たくなかった、認めたくなかった。その現実逃避の為に友達と遊び歩いて無駄な時間を過ごしていたのかもしれない。
「…わかっているんだよ。こんなことしても意味ないって。だけどどうすればいいんだろう…」
どうすればいいか考えた末に、疲れたので寝ることにした。
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翌日、チャイムが鳴った音で目覚める。
「すいませーん。役所の者ですけど経過観察に来ました~」
「あっ、すいませんちょっと待ってください!」
心美は部屋を片付けて自分の生活状態の管理担当をしている女性職員を中に招き入れた。
「仕事の方は上手くいってますか?」
「はい。皆さんには良くしてもらって…」
ベーシック・インカムによる生活補助を受けながら短時間の仕事をしていた。今は週3で働いており、就活も始めている。次第に自立への準備が整ってきた。
「順調そうで何よりです。ところで何かお悩みはありますか?」
「え、どうしてですか?」
「どこか表情が暗い気がするので、もしよければ話は聞けますから」
「はあ…。実はですね…」
先日、疎遠になっていた父に会ってきたこと。もう一度家族で一緒に住まないかと提案されたこと、これまでの事を謝罪されたこと、それらを聞いてうえで父親の意見に賛成できなかったことを話した。
「父はきっと並みならぬ努力をしてきたと思うんです。だけどこれまでの事を思うと素直に受け入れる事が出来なくて。喧嘩別れになってしまったんです」
「…」
「子供みたいですよね。30近くなって自分の我がままで父の意見を素直に受け入れられないって…。一緒に住めば今より楽な生活になるのし、私自身本当は父と一緒に暮らしたいんです。だけど…」
「好きだからこそ簡単に許せないって感じですかね」
「え、ええ」
的確な指摘に言葉を失う。
「人間って大人になればなるほど言葉の裏を疑い、その本質が真実なのかそれともその場しのぎの言葉に過ぎないのかつい感じてしまいます。無論、殆どの人はまず真実を言葉にします。嘘をつけばその帳尻を合わす苦労をしなければなりませんから」
「父は嘘をついていないと…」
「すべてがそうとは限りませんが、白石さんのお父さんはあなたや家族の事を思い考え直すことができる人ではないかと私は思います。出なければ頭を下げたり、わざわざお店に呼んでまで話をしようとは思わないでしょう」
「…」
「もう一度会う機会があったらその時は素直に聞いてみてはどうでしょうか。それからどうするか考えるのも悪くありませんし、白石さんは今の生活を大事にしたいのならそれでもいいし、家族と暮らしたいのならそれも選択のひとつです。それをサポートするのが私の役目でですから」
「ありがとうございます…!」
彼女はもう一度父に会う事を考え連絡を取ることにした。
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―白石健司家・
「はあ…はあ!」
「…」
目の前にいる男は拳銃を片手に白石健司の前に立っていた。
「教えろ。お前がせらぎねら☆九樹に貰った金はどこだ?」
「…いうわけないだろ。あの金は妻と娘の…」
白石が答える前に男は白石健司を撃ち抜きとどめを刺した。
「…通帳とキャッシュカードを見つけた。もうここには用はない」
「ああ」
数時間後、白石が家族と暮らすために建てた家は放火された。これがサバイバルゲームに関わった人間の最後の事件の始まりだった。