目が覚めるとそこは見覚えのある天井が目に入った。安っぽい畳の床に雑誌を枕にして寝かされていたようだった。
「蒼空町から帰ってこれたのか…?」
ペル・ゲームの終了後、スタッフによって目隠しをされ睡眠薬を飲まされた後、車によってどこかに護送されたような気もするがいつの間にか自宅に戻されていた。
内装はあの日、仕事から帰ってきた時のままだ。突然訪れた金融業者の男達に連れていかれサバイバルゲームに巻き込まれ、同じ理由で集まった人々と【蒼空町】で暮らすことになった。
まるで夢みたいな日々だったが、テーブルの上に置かれたアパートの鍵と書類。そして【青葉銀行】の通帳を確認してあのサバイバルゲームは現実だったことを思い出させた。
『伊藤清志様へ
こちらの都合とは言え【100万円サバイバル】に参加いただきありがとうございました。
賞金について、5億は与えられないものの、あなたの活躍は素晴らしいモノであり、あなた名義の通帳で3億8129万1050円の賞金を与えました。
これであなたの人生を変えてください。私はしばらく世間から姿を消します。
主催者 せらぎねら☆九樹より』
せらぎねら☆九樹からメッセージと借金返済完了の書類。青葉銀行の貯金通帳についての書類と印鑑が入っていた。通帳の記載には確かに金額が書かれていた。
「他の皆はどうなったんだろう。連絡先も交換してないからわからないんだよな…」
家に置かれたスマホはバッテリーが切れており、充電器をつけて大家の元に行った。家賃などはどうなっているのか尋ねると、清志名義で去年の4月から今年の9月分まで毎月引き落とされていたから問題ないという事だった。
「なんかガラの悪そうな男来ていたけど、闇金なんて手えだしちゃだめだよ。清志君は真面目だからそんなことはないと思うけど」
「はあ、心配かけてすみません」
「いいってことよ。親戚が闇金に手を出してひどい目にあってさ。俺も金出してやっと解放されて、まだ返してもらってないんだよ。借金何て気軽にするもんじゃねえな」
「はあ」
大家の世間話に付き合わされ、しばらくしてスマホの充電が終わると外出した。
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―井田前町・ネットカフェ【生活ライブ】
銀行で現金を20万円おろした清志はネットカフェに訪れていた。
「いらっしゃいませ~。何時間ご利用しますか? 非会員様の場合は料金が200円上がりますがカードはおつくりしますか?」
「えーと…いいです。前払いなんですか?」
「はい。以前は後払いでご利用した時間分だけお支払いするシステムでしたが、料金を未払いで帰るお客様が増えて来まして前払いのシステムになりました。お食事などは食券なりまして、未払いを事前に防ぐようになりました」
「そうなんですね…」
「お客様、話を戻しますが会員登録はせずご利用でよろしいですか?」
「はい」
「その場合は当店の動画視聴サービスはご利用できませんがよろしいですか?」
「はい大丈夫です」
「では現在開いている部屋はこちらに…」
男性店員が伝票を渡して、清志はネットカフェを2時間利用することにした。
パソコンを利用し、せらぎねら☆九樹について検索した。
『せらぎねら☆九樹 引退』
『せらぎねら☆九樹 炎上』
『せらぎねら☆九樹 Lure‘s 引退』
せらぎねら☆九樹と入れるだけでネガティブなワードが一緒に検索されるほど、ネット界隈では彼に対するヘイトが集まっていた。
『せらぎねら☆九樹は政界とつながっており、ライバー達を管理する事を理由に彼らから報酬金を搾取していた。多くの政治家もライバーや投稿者を利用していたとされ…』
ネットをはじめ新聞、雑誌と情報メディアはこぞってせらぎねら☆九樹を叩いていた。
彼のチャンネルは閉鎖され、彼の動画のまとめや要所のみをまとめた切り抜き動画などが残っているくらいだ。彼のアシスタントだったLure‘sのチャンネルも『大事なお知らせ』の動画を最後に更新は停止されている。配信アーカイブやこれまで活動していた記録の動画は残っている感じだった。
彼の失脚後、ライバー達の事務所は解体され他の企業が買い取り動画投稿者・ライバーの支援活動を特化した会社にして再出発するらしい。〈公共配信者〉の公務員枠は無くなり、ライバーはかつての様に自由業としての立ち位置に戻るようだった。
また、せらぎねら☆九樹の批判をする一方で彼が流した暴露動画による資産家・政治家達のスキャンダルにより、これまで彼らの悪事に苦しんでいた人々からのカミングアウト、汚染されきった社会の闇が連日報道されるようになった。
地位に固執する幹部クラスの役人たちはこぞって自分達は悪くない、『そうせざるを得なかった』『出鱈目だ、捏造されたものだ』と記者会見を行い世間に訴えてるが、信用がゼロに等しい彼らの言葉は大衆から批判を買い、かえって火に油を注ぐ結果となった。
長年の彼らの悪事の証拠を集めてきた記者や弁護士団、評論家たちの言葉が指示され、彼らは失脚・辞職、もしくは改正法案による【特殊公務員犯罪裁判法】により国益に著しく損害を与える犯罪者として裁判を受け、死刑判決を受ける政治家もいた。
変わって若い世代の人々が司法に関わるようになり、これまで他国に後れを取っていた日本は司法の近代化を進めていった。
その中で数は少ないがせらぎねら☆九樹の関係者で、山内茂内閣総理大臣との関係についてまとめた記事もあった。彼が動画内で暴露した内容の中に山内茂についての話が一切なかったことから怪しいと言われているらしい。
「あの人なら可能性が無いとはいいがたいけど…」
清志は直接せらぎねら☆九樹と会っており、彼の底知れなさを知っているため、内閣総理大臣とつながっていてもおかしくないと思っていた。
「彼は一体どこに行ってしまったんだろう…。あの町はどうなってしまったんだろう…」
まるで幻の様に消えてしまったせらぎねら☆九樹と蒼空町。非現実な日常を味わった空間はもうどこにもないのか。好奇心からか、あの町がどうなったかを知りたかった。
「そうだ。あの人に会えば何かわかるかもしれない」
清志はサバイバルゲームで会った【蒼空つばさ】について調べた。他のメンバーの連絡先はわからないが彼女についてはまだチャンネルも残っており、『これからの配信について』の動画を後に2週間ほど休むことになっていることが分かった。ファンアートなどの問い合わせ先が概要欄にあり、そこに清志は自身の返信先とメッセージを送った。
「つばささんも忙しいからわからないけど、もしかしたら蒼空町について何か知っているかもしれない…」
一縷の望みを託して彼は調べた事をまとめて印刷した。
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清志がサバイバルゲームをしている中、世の中は様々な変化があった。新しい内閣総理大臣の任命、国民主権の法治。更に税金引き下げの政策である。
新総理大臣・山内茂は【若い世代の未来を守るための政治】のスローガンの元、AIを導入して無駄な役人・政治家の仕事を減らし、【国民生活省】という部門にコストダウンさせた。
また【一般警備保障制度】を作り、これまで警察が事件を担当していたが一般人でも事件が起これば弁護士及び【査問委員会】と共に捜査ができる権利を与える事にしたのだ。これにより警察がいい加減な捜査をすればすぐに怠慢が明るみに出ることになり、市民の生活を著しく侵害した警察を含めた特殊公務員は一般市民が裁くことが出来る権利を得た。
これには最初は多くの公務員が抗議したが、
『貴様らが真面目に仕事をすればいいだけの話だ。確かに公務員にはある程度権利を与えているが、それを私利私欲に使ってもいいと許したことなどない。これ以上信頼を失えばどうなるか明日は我が身と考えろ! 貴様らが本来行うべき使命を忘れるな!!』
山内茂の一喝により公務員たちは引き下がり、以前よりも監視の目が増えた事で汚職も減るようになった。彼は若い人材や優秀な人材を必要な分だけ集め、最先端の技術を使った効率的な仕事作りをしているらしい。
『これまでがおかしかったのだ。いつまでも退役しない、進化を止めたクズ共に金を与えることは穴の開いたバケツに水を入れるようなもの。ワシらの仕事は未来ある若者たちが困らない社会を作ることだと考えている』
噂話はあるものの、山内の支持率はこれまでの歴代総理大臣で1番高いとまで言われている。
街頭の電気やに置かれているテレビに山内を取り上げたニュース番組をしているのを横目に清志はある場所に向かった。