目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第57話『ペル・ゲーム1』

ついに始まったペル・ゲーム。机には1~26の番号が書かれた52枚のカードが用意されている。


『ペル・ゲーム待ってました!』

『伝説復活、我歓喜』

『戦え…。戦え…!』


生放送のチャットのコメント欄にペル・ゲームの開始と共に視聴者のコメントが流れてくる。


「では先ず伊藤清志チームからカードを選んで捲ってください」


ディーラーを務めるLure‘sの樒リアンが清志に言う。彼女はあくまでも中立な立場でカードをめくると事前に言っているので不正行為はほぼ無いと信じたい。


「…1番のカードをめくって下さい」


清志はそう言って机にある1番のカードをめくる。


『20万円』


1枚目のカードには金額が書かれている。


「もう1枚の1カードもめくって下さい」


更にペアとなるもう1枚のカードも捲られる。


『MISSION

 :水2リットル一気飲み。制限時間は60秒!』


「なっ…!」


ミッション内容は肉体に負担のかかるモノだ。水は蛇口をひねれば出るような一見害の無い液体だが、多量摂取すると血液中のナトリウム濃度が下がり水中毒を引き起こすことがある。ましてやそんな量を一気に胃に送ればダメージは避けれないだろう。


普通ならこんなくだらない事はやらないだろうが、賞金20万が感覚を狂わせる。


20万と言えばどんな額か想像できるだろうか? 20万は大金である。

一般人ならホワイト企業の正社員の月給、時給1000円に何かしらの手当てがつく肉体労働や深夜勤務のバイトを1ヶ月の間に限界ギリギリまで頑張ってようやく手に届く金額である。ただ黙々と目の前の作業を8時間と残業をこなしてようやく手に入れれるのだ。


大半の人間はまず得る事はない。なぜなら仕事が好きな人間などほとんどいないからだ。給料とは労働者の時間を使った事に対する対価交換だ。

かつては自分が生きた証、生きる価値、社会的なステータスを得るために家族・住宅・自家用車を得るために身を削って働く人たちは多かった。


だが近年ではベーシック・インカム制度の一般化により必要最低限の生活を求めることが主流になっているため、社会よりも個人の意思の尊重が優先されるため労働をしたがらない世代が増えてきている。

また、企業が利益を重視するため個人の労働量を増やし、人件費を抑えて私腹を肥やし、労働者には数十万の最低賃金を与える事が常態化しているため会社に入っても安い月給で多くの作業をすることを強いられるという現実が若い世代の労働意欲を萎えさせていた。


その20万円をたった60秒と言う短時間で体を張ればえられるのだ。例えリスクがあっても挑戦したいと思うのが性であろう。


「清志君…ボクやるよ!」

「太田さん…!?」

「任せてよ。こう見えてボクも配信者のはしくれだからさ」


太田がミッションをすることを受けて、スタッフが2リットルの水が入ったペットボトルを持ってくる。


「中に入っているのはミネラルウォーター2リットルです。ウォーターサーバーにも使わられるような普通の水です」


ストップウォッチが用意され、太田はキャップを捻って取ると深呼吸を1度して飲み始めた。


「グググ…!」


喉を鳴らしながら水を一気に飲んでいく太田。


「太田さん…!」


彼を心配する中井翔子とチームの面々。ストップウォッチに示される時間は30秒を切り、まだ半分以上残っている。だが懸命に頑張る太田は残り5秒を切る頃に水を飲み干しミッションを達成させた。

コメントに視聴者から賞賛の嵐が流れ、スパチャが送られる。


「ミッション達成! 伊藤清志チームには20万円が与えられます!」


樒が20万円の現金を持ってきて伊藤の横に置く。


「…すいません。ちょっと裏に言ってもダイジョブですか…?」

「私もついて行きます!」

「よろしくお願いします」


太田は中井と共に舞台裏に行った。


(これは簡単に得たものじゃない。太田さん頑張りがあって初めて得た金だ…!)


重みを感じる現金に清志は心新たにゲームを進める。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


舞台裏でスタッフが用意したバケツに彼は水を吐いていた。気持ち悪さで太田は不調になり、中毒による体調の悪化を避けるためにしていた。


「太田さん! 大丈夫!?」

「ゴホゴホッ。大丈夫だよ中井さん…。これでボクらが先に賞金を得てリードで来た!」

「そんな事どうでもいいわよ! あんなはした金の為にここまで体を張るなんて間違っているわ!」

「確かに、普通に考えれば間違った事だろうね…。だけどボクはこのゲームに参加できたことはチャンスだと思っているんだ」

「チャンス?」

「ボクはさ、今まで生きる為に仕事をしてきたけど、心の奥では配信者になりたいって気持ちが強かった。だけどボクが配信活動をする頃にはすでに動画界隈でゲーム配信はレッドオーシャン。バーチャルライバー達や事務所に所属するライバー達が群雄割拠する厳しい状態だった」


個人でも機材さえそろえれば動画サイトで配信業が出来る時代。しかし発展すれば次第に視聴者も見る動画を厳選していくもの。その為投稿者や配信者は見てもらうために動画を加工したり企画を作ったりと工夫するものである。


「…でもボクは配信者の道を諦められなった。初めて配信した時『配信お疲れ様です』ってコメントされた時、初めてやりがいを感じたんだ。ボクは勉強がそこまで得意ではないし、スポーツ何てほとんどできない。何をやっても続かないし、仕事もいつまでたっても出世せずに平社員のままだった。だけど配信活動だけは自分を肯定で来たんだ。自分の意見をはっきり言えて、ありのままに頑張る姿を評価されて、いずれ収益化されて生活できるようになるのが目標になったんだ…!」

「太田さん…」

「これまで他人に評価されることが無かったボクにとって配信者は夢の様な仕事なんだ。その為にできる事は何でもやるって決めてるんだ。このペル・ゲームもその気持ちでボクは挑んでいる」

「…」


夢の為に何でもする。

その気持ちは元女子プロレスラーのスター選手を目指していた中井洋子にとってはよくわかった。毎日血の滲むトレーニングをし、厳しい上下関係に悩まされ、やりたくもない悪役になり観客から非難を浴びる。

その果てに合ったのは怪我によるやむを得ない引退という結果だった。頑張りや努力が実るとは限らない。途中でデビューした同期もやめていく中、自分だけはあきらめないつもりだった。だが現役続行が不可能となり、彼女は現役時代に作ったコネを使って飲食店を経営し第二の人生を歩むことにした。


だがそれすらも世界的流行り病の影響による経済不況の煽りを受けて客足が減り、赤字の中で詰みあがる借金により首が回らなくなり、その結果サバイバルゲームに参加することになった。


(正直言って夢をもっている人は応援したいけど、無茶はしてほしくない気持ちはあるのよ。だけど、太田さんは私が失った『夢に向かって頑張る』って思いは無にしてほしくない)


「太田さん。あなたが配信活動にどれだけ一生懸命に考えているかわかったわ。だけどあなた一人無理することはないわ。今は私もここにいる」

「中井さん…」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


スタジオでは伊藤清志が更に2つのペアをめくっていた。23番のカードは


『5万円』・『MISSION:関ヶ原の戦いで活躍した西軍の武将を5人答えろ』


このミッションに歴史の勉強が得意な淀川葵が対応し、〈石田光成・毛利輝元・小西行長・大谷吉継・上杉景勝〉の5人を答えてクリアした。


更に15番のカードを捲り


『3万円』・『MISSION:腕たせ伏せを100回しろ。時間制限は10分』


このミッションをスタジオに戻った中井が行いクリア。


「これくらい現役時代に軽くこなしていたわ!」


伊藤清志は3ペア分の賞金を会得し合計金額18万と勢いをつけて最初のターンを終えた。


「さて次はこちらの番ね」


不敵な笑みを浮かべて神崎はカードを選び始めた。


「1番のカードは取られたから…2番のカードを選ぶわ」


2番目のカードを捲ると、そこには『30万円』と表示されていた。


「何…!」

「いきなり30万円だと…!?」


清志達が驚いているともう1枚の2のカードが捲られそこには、


『MISSION:3分以内にオムライスを作って食せ。一口でも食べたらクリア』


ストップウォッチが樒の元に握られ卵を含めた食材が運ばれてくる。


「霧山さん。お願いできるかしら?」

「勿論です」


神崎に呼ばれた霧山と呼ばれる女性はストップウォッチが押されると手早く調理を開始して、精密な動きで料理を作っていく。


(あの人って料理系ライバーの霧山里子さん? どうしてここに?)


蒼空つばさは彼女の事を知っていた。登録者5万に程のマイナーなライバーだがバーチャルライバーの料理企画で監修をしたり審査員として呼ばれることが多いライバーだ。

ジャンルが主婦や料理初心者向けの配信をしているので伸び悩んでいるのを聞いたことがあったがまさかペル・ゲームに参加しているとは思わなかった。


(ふふ。なんの準備もせずに挑むわけがないわ)


室山加奈はペル・ゲームが始まる前にチームメンバーを集めていた。

ミッションをクリアできつつ、こちらの意向に従えるような人間達を。そこで目を付けたのは登録者が少ないライバー達だった。彼らは独特なスキルを持っているが人々に注目されにくく、評価することを望んでいる野心家な一面があった。そこに付け入り室山は報酬を渡すことを条件に彼らを仲間に入れることに成功した。ライバー達も1枚岩なわけでなく自分の利益に繋がるなら手を組むことも少なくはなかった。


霧山は卵を炒め、チキンライスをのせた皿を用意すると乗せてオムライスを完成させた。スプーンで一口食べるとミッションをクリアした。


「まあ3分で作ったものなんてこんなものね」


味付けがイマイチな感想だがミッションをクリアしたので神崎チームには30万が与えられる。


「たった1回でこっち3回分の賞金を上回るなんて…」

「運のいい奴だ…!」


神崎にリードを許しゲームは続けられていく。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?