山内政権は新時代の政党として高い支持を得ており、特に若い世代からの支持率を獲得していた。
「彼の様な人こそリーダーに相応しい」
「あの人は現場の声を聞いてそれを今の時代に合わせた法律として作ってくれる本物の政治家だと思います」
彼の表だって国民の為に働く姿に関心を持っていた。
その一方で、社会の人々は不満を持つ者もいた。
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「どうしてオレには金が支払われないんだ!」
男は市役所で役員に怒鳴り散らしていた。
「あなたは怪我を理由に生活保護を申請されましたよね? 調査したところすでに完治されていますし、これからは社会復帰の為に就職活動をするべきではないかと思いますが…」
「それができないからベーシック・インカム制度を使いたいって言ってるんだよ!」
「残念ですがそれは出来ません」
「なんでだ!」
「我が国のベーシック・インカム制度を受けれるのは日本国籍で日本国出身であることが条件の1つです。あなたは海外国籍ですよね?」
山内政権は生活保護が国民に対象とされるために、役所には支援者の調査をしっかり行い就労可能であれば必ず打ち切る事、ベーシック・インカム制度はあくまで自国民を救済する制度であり、海外の方は受給できないことを決まりとしていた。
彼は海外からの出稼ぎ労働者であり、思うように仕事が出来ずクビになり続け、やっと見つけた仕事で怪我をして生活保護を受けていた。それを受けていたせいで味を占め、働きもせず給付金を受け取り生活していた。
「貴方には本籍国から帰国命令が出ているはずです。悪いですが我が国の救済制度は自国民を優先することになっているので…」
「かああー! それが今の日本かい! 昔の日本人は命を懸けて外国人を助けていたとい話を聞いたことがある! その侍魂はどこに消えたんだい!?」
彼はそう言って職員に怒鳴り散らすが、冷静に職員は言い返す。
「給付金は肉体的・精神的にダメージを負い生活に困窮した人々が生活に困らないために支給されるものなのです。働けれるのに働けない我儘を言う方に支払われるものではないんですよ」
背後から2人の警察官が現れて男を拘束する。
「動くな! 不正受給および偽造パスポートの違法在国で逮捕する!」
「すぐに外国に送り返してやる!」
「いやだあああー! 俺は安全で金のある日本で暮らしたいんだアアアー!!」
警察官に連れていかれ男は市役所から出て行った。
「全く困るもんだ。あんな不満を言う奴の相手をするのは」
「健康体なら働けって話ですよね」
市役所の職員らは制度変更から不正受給者の数を減ったことを喜ぶものの、給付金を受け取れなくなった今の男の様な人間の対応に追われることになった。
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―都内のインターネットカフェ
「何でワシが利用できないんだ!」
「お客様はベーシック・インカム制度を受けてますよね。 この制度をご利用の方は当店を含む宿泊可能施設への利用制限がかかるんですよ」
カウンターレジで高齢者の男と店員がもめていた。ベーシック・インカム制度を利用している受給者は他の宿泊施設並びに24時間営業している宿泊施設・パチンコなどの合法賭博を行う施設への利用制限がかかることになっているのだ。
これはベーシック・インカム制度で得た受給金を確実に賃貸施設に払わせるためと、受給者と非受給者のトラブルを防ぐためである。受給者の持ち金を狙った強盗事件が制度成立後に頻繁したためこのような条件が作られた。健康ランドや日帰りでのレジャー目的は認可されているが、やることが限られている高齢者からすれば退屈を加速させることになっていた。
店側は利用者が受給者リストを政府から渡されており、認知したうえで利用した場合は営業制限のペナルティを課せられるためどんなにごねられても利用させることは出来なかった。
「お客様。当店も法に乗っ取り真っ当な経営をしておりますので、お帰りが困難ならば送迎のタクシーをお呼びいたしますので…」
「わかったよ! 商いをやる奴らは冷たくなったものだな!」
結局彼は憤慨して店を出て行った。
「またあのお客かい?」
「はい。以前まで毎日寝泊まりで利用していた方ですよ」
「あの人は色々問題があったからなあ…」
ベテラン店員の男は頭を掻いてつぶやいた。
インターネットカフェは店にもよるが金さえ払えば最大24時間利用することもできる。費用は最大4000円から5000円なのでビジネスホテルよりも格安であるため、格安で両行をしたい若者や、短期出張のサラリーマン、金のない高齢者のホームレスが一晩過ごすために利用することが多い。
だが高齢者の利用者は部屋でサービスに置いているティッシュ箱の持ち出しや、ドリンクコーナーに置いているインスタントの味噌汁パック、果てには新聞も持ち出していくので困っていた。
その為ベーシック・インカム制度が広まった後は高齢者の利用者も減り、持ち出しの被害もなくなってきたが、代わりに彼の様なクレームを言う客が増えていった。
「勘弁してほしいですよ。こっちはあくまでルールに乗っ取って営業をしているだけなのに…」
「何でもできると思っている高齢者には困ったもんだ」
愚痴をこぼしながら、彼らは業務に戻り利用し終わった個室の清掃に向かった。
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―白石心結の賃貸部屋
「はあ…」
物が散乱した部屋。寝るために作られたスペースに横になって彼女はスマホで動画を見る。
『〈せらぎねら☆九樹〉の勝てるまで帰れまテン! 今日のゲストは…』
せらぎねら☆九樹のゲーム企画を見ながら指をスライドさせ画面を操作し暇つぶしの動画を見つけていく。
「なんにもしたくない…」
ベーシック・インカム制度を受けてから半年。生活が安定してから10社ほど会社の面接試験を受けたがすべて不採用となり、仕事もないままずっと家に引きこもったような生活をしていた。
「仕事が楽で給料がよさそうな所だなーっと思って受けたけど全然仕事がみつかんないなあ。このまま働かずにずーとここにいるのかな…」
楽しみだった友達との夜遊びもしなくなり、生活費を払った後に残った金でギリギリの生活をしていた。月に一度様子を見に来るケースワーカーは初心者向きの仕事見つけて紹介するが接客や工場作業など知らない人間と関わる仕事をするのは怖さがあった。
「いや、働かざる者食うべからずっていうけどさ。なんの仕事をするのか選ぶ権利はあるよね?世の中株で億万長者になって遊んで暮らしている人だっているじゃん。そこまで望んでないけど出来れば辛いこともあんましたくないんだよね」
誰も返さない独り言をつぶやきながらスマホで検索する。
『今から始める無職生活』
『スマホで出来る10分で2万円の簡単オシゴト!』
『株でもビットコインでもない! 初心者でも簡単に100万円稼げちゃう財テク情報!』
警戒心のなさそうな金が欲しい人間が騙されそうな広告が仕事を検索してると出てくるが流石にその手に引っかかるほど彼女は浅はかではなかった。
「テレビを見ると手取り15万のアルバイトが闇バイトだったってこともあったし、それだけ楽してお金が欲しい人が多いんだろうな~」
仕事の検索に疲れるとスマホを置いてまた横になった。その時、玄関のチャイムが鳴りガラス口からドアの前にいる人物を確かめる。
『おはようございます。ケースワーカーのものですが~』
月一にくるケースワーカーの女性職員だった。そう言えば今日だったなと思い出して、彼女は玄関の鍵を開けると彼女を部屋に入れた。
「白石さん、大分部屋が散らかっているようですがお体は大丈夫ですか?」
「すいません、今日来ること忘れてまして…」
彼女は慌てて片付けてケースワーカーの女性職員に飲み物を出した。
「早速何ですが、先月ご紹介させていただいた仕事で興味ありそうなものはございましたか?」
「いやー…。まだ決めれなくて…やっぱ怖いというか」
「いえ、大丈夫ですよ。白石さんの様にしばらく職場を離れて労働環境に戻るのは怖い問い方もいらっしゃいますし、それに今ベーシック・インカム制度をご利用で就労活動をしている方にお勧めの雇用があるんです!」
そう言って彼女は鞄から【慣れてない方歓迎! ショートワーク雇用待ってます!】と書かれたチラシを渡した。
「なんですかこれ?」
「これは職場に慣れてない方向けに始めた雇用制度なんです!」
話によると週に1~2日、時間は4~5時間の条件で働く雇用であり、単純作業で足りない人数を補うために企業で進めているらしい。
「仕事と言えばこれまで8時間で平日労働が当たり前でしたが、これから労働者のニーズに合わせた雇用をしていくということで給付金を受け取りながら社会復帰していくことを目標に進めているんです!」
「へえ…」
「今は5社から雇用募集がありますがよければどうですか?」
「そうですねえ…」
興味を持った白石はケースワーカーと話し合い、企業との面接を来週することにした。