19XX年、暑さが厳しい季節に彼は誕生した。
クラキシゲオは専業主婦の母と公務員の父の間に生まれた。父親は仕事でほとんど家におらず、母は幼い彼を置いてホスト通いをしていた。彼の面倒を見ていたのはほとんど祖母だった。
母は父の事を愛しているわけではなかったが、公務員で収入が安定しているからという理由で結婚したらしい。当時は20代に結婚し早くに子供がいる事がステータスであり、当たり前の社会だったらしい。経済的に負担があっても夫婦の親が赤子の面倒を見たり、母親の手助けをすることが多かったそうだ。
殆どは血のつながった我が子に愛情を持つものだが、母親はそうではないらしく彼が風邪で病気だろうと自分の事を優先し、父親は病院に行くのに必要な金を祖母に渡して仕事に行くだけだった。
父親は一応世間帯の事も考え最低限の事はしてくれた。
だが利害関係の一致による関係はそう長続きしない。小学4年生の頃に両親が離婚した。
父親がほとんど貯蓄されてない通帳と、消費者金融の返済催促の手紙を見て激怒したことがきっかけだった。
話はとんとん拍子で進み、母も父を愛してはいないようだった。問題だったのはクラキシゲオをどうするかだった。離婚した場合、子供の殆どは母親に親権が行くことが多いが、両親はどちらともクラキシゲオを引き取りたくないという答えを出したのだ。
『あの子を産んだのは結婚して、子供がいるって言うのが世間で当たり前だからと言うのが理由よ。別に好きでもないし、アイツの顔がちらつくのが嫌なの』
と母親は言い、
『ガキの面倒なんて出来るわけないし、仕事も忙しいし金が無いから無理だ。養護施設にでも入れればいいだろ』
と父親はいった。
2人を祖母と倉木明菜は根気強く説得し続けたが、結局どちらも引き取ることはせず彼は叔母である倉木明菜に引き取られることになった。
倉木明菜とその夫は子宝に恵まれず、両親に愛されなかった彼を不憫に思い実の息子の様に彼を育てた。
「シゲオ君。私達は本当の母子じゃないけど、私達を両親の様に思ってくれていいからね?」
明菜はそう言って微笑んでいたのを覚えている。血のつながりは確かにない。だけど両親から受け取られることのなかった愛を彼女は与えてくれた。
最低限の義務として実の父は教育費を送ってくるが、どんな感情を持てばいいかわからない。
「大人になればわかるさ。どうしても素直になれない。正直に気持ちを向けることが出来ない不器用さが」
倉木明菜の夫はそう言って悩むクラキシゲオを励ましていた。
倉木夫妻は会社を運営しており、彼に貧しい思いをさせたくなくて一生懸命働いていた。祖母も彼の面倒を見に会いに来てくれて、家族がいる家庭の幸せを彼は感じていた。こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。だがそんな日々は突然終わりを迎えた。
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―倉木宅玄関
「帰ってくれ! 私はそんなものに興味はない!」
倉木の夫は玄関の前で怒鳴り続けている。
「そんなものとは何ですか! 紫龍院様のご加護は何者にも勝る偉大な愛なのです」
「五月蠅い!これ以上居座るなら警察を呼ぶぞ!」
2時間にもわたる諍いの果て、無理やり追い出す形で話を終えた。
「カルト教団だか何だか知らんが、やっと顧客も増えて安定してきたんだ。あんな奴らに付きまとわれる筋合いはない!」
―『紫龍院教』
用事はカルト教団として人々に知れ渡り信者達は金のありそうな人間を選び、陣者を集めていた。彼は個人経営スーパー『倉木マート』を運営しており、赤字だった売り上げも1年間努力してようやく黒字になってきたところであった。まるで歯肉の匂いを嗅ぎつけたドブネズミのように信者達は集まった。
彼らは『進行すれば業績が上がる』とか『売り上げが今より倍になるノウハウを教える』と甘い言葉を言い、マインドコントロールで信者を増やしていった。
彼らの活動は次第に過激化していき信者となった者の家族を強制的に入信させたり、高齢者を口八丁で騙して入信させたり、道端に声をかけた若い人を無理やり大型車に連れ込み入信するように脅迫したりと犯罪まがいの行為をするようになった。
警察に連絡する者もいたが、『宗教に入るのは個人の自由だから』とそれだけでは動けないと怠慢な態度を取り、不満を募らせた信者の家族は弁護士会に相談し『紫龍院教を廃止する会』を作り対応策を練ろうとしていた。
司法が動こうとしなかったのも無理はなかった。
紫龍院教は元々黒幕である山内と神崎が政治資金の調達と裏金の資金洗浄を本来の目的として作った宗教組織。警察・検察といった行政機関の幹部らに賄賂を与え目を背くよう命令していたのだ。また紫龍院教から政治資金やイベント関係のスタッフ協力などしていたため、他の政治家も暗黙の了解だったと言われている。
紫龍院教の毒牙は倉木にもついに向かれてしまった。
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平日、晴れた日の朝に、倉木夫の前にワゴン車が止まり、紫龍院教の信者数名が彼を無理やり拘束したのだ、
「おい! 何をする!? 警察を呼ぶぞ!」
「黙れ。これは神のお告げだ!!」
「貴様も紫龍院教の教えを受けるのだ!!」
ワゴン車に入れられると彼はそのまま宗教施設に連れていかれたという。
倉木明菜は急に連絡が取れなくなったことを不審に思い、近所の人間にその様子を見たという目撃情報を聞き、警察に被害願を出したが彼らは「具体的な証拠がないと動けない」とし、事件ではなく行方不明者の捜索と言う形で捜査をしていた。
1か月後、彼は家に戻ってきたが。
「明菜~、シゲオ~。お前らも入信しろ~。あのお方の思想は素晴らしい~。紫龍院様万歳!!」
「あなた…」
彼は正常さを失っていた。信者からの睡眠・食事制限をされたマインドコントロール、麻薬の強制、24時間カセットテープによる説法部屋への換金により彼は紫龍院教の信者と化してしまった。
「金は悪魔だ! 無一文の人間しか天国に行けないんだ~!」
「やめて! それは老後とシゲオの将来の為に蓄えていたお金でしょう!」
自宅に神棚を作り教団に献金をし続ける姿は狂気だった。店の経費や売り上げまで手を付け、経営が不可能になった後は土地ごと他の企業に買収され、彼が薬物依存から回復し正気に戻ると、これまでの行いに自責の念を感じ自ら命を絶った。
「どうして…」
教団、店の経営、多くのストレスにさらされた明菜は老婆と思えるほどに老け込み、彼女は家を整理しシゲオを信頼できる親戚に金と共に預け、あの『紫龍院事件』を起こすことになった。
彼女は抵抗せず警察に捕まり、スムーズに捜査が進んだ。
彼女は裁判中に「何かいいたいことはありますか?」と裁判長に言われた時。
「…私は自分がしたことは正しいと思っています。無能な司法機関は宗教をのさばらせ私達大勢の市民の苦しみに応えず、社会のゴミであるカルト教団の悪党を殺した私を自分達のプライドの為に簡単に糾弾するのですね。
死刑にしたければ好きになさい。その代償にあなた達は死ぬまで、市民から後ろ指をさされる人間として惨めに生きることになるでしょう」
その姿に人々は正義の為に戦い、評価されずにこの世から去っていった偉人や名もなき英雄たちと重ね合わせたという。
司法機関は彼女に死刑を求刑したが、減刑署名運動や世間の人々の反感を買う事を恐れ、懲役20年と言う異例の判決を言い渡した。
「どこまであなた達は自分が可愛いのですね」
彼女は判決後世間にそう言って刑務所に収監されたという。
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残されたクラキシゲオは考えた。
自分にできる事は何かないのか。
彼は残された人生の使い方を考えた。
それはこの世界の為に生きる事。
平穏を奪った黒幕への報復する事。
そのためにクラキシゲオと言う人間を捨てる事。
彼は道化の仮面をかぶり『せらぎねら☆九樹』として生まれ変わった。
そして彼は、界を笑い、権力者を欺き、大衆にエンタメを届ける配信者となる人生を歩むことになった。