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第41話『現の勝者』

蒼空町で清志達がクインテッド・ソウルズ・ゲームの攻略に挑戦している中、世間では大きな動きがあった。


『本日をもちまして、山内茂君を国家主席である内閣総理大臣に任命します』


選挙の結果、多くの票を得て山内は内閣総理大臣になった。


『ありがとうございます。国民の皆様のために精一杯日本の未来を考える党の同胞達と共に働きたいと思います。誰もが平等に暮らし、飢えと貧困のない社会を作っていこうと考えます』


山内内閣が組織化され、山内による政治の取り組みが始まった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――― 


「やはりこうなったか…」

「川中先生。あなたは賢いですよ。山内先生の下につくことを選んでね」

「そのためにワシは組織を失った…」


川中幸雄 55歳

『日本進化党』のリーダーであり、山内のライバル候補だった男である。最初は拮抗していたが徐々に差が開き、川中は山内の部下から『あんたの弱みを握っている。山内先生は内閣総理大臣になったら自分の敵になった政治家全員を失脚させるつもりだ。このままいくと明日には労働者に転落するかもな』


そう言ってノートパソコンに映し出された川中の汚職の証拠を見せると、川中は従わざるを得なくなり、川中は自分の仲間の知っている情報を全て引き渡し山内の傘下になった。


『日本進化党』は解散し、川中は役職の無い山内の部下として配属されている。


「川中さん。クリーンでご家族がいるあなたがグラビアモデルと浮気はいませんねなあ」

「浮気1本スキャンダルですよ」

「くっ…!」


川中は妻と子供2人がいる。彼は愛妻家で『母子家庭にも優しい社会』・『主夫をすることが当たり前の時代』の政策を掲げていた。


だが、川中は家族からは煙たがれており夫婦仲は冷めきっていた。その満たされない気持ちを埋めるためグラビアアイドルと浮気していた。その証拠となる映像と写真を山内の部下に握られていた。


「まあこれからよろしくお願いしますよ」

「くっ…」


苦虫を潰した川中を置いて、彼らは山内の元に向かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


内閣総理大臣に当選後、山内はライバー達と配信イベントで『ゲームができる政治家、山内VSライバー7人衆!』を行う事を発表した。


レース、格闘、パズル、FPSとそれぞれのジャンルで活躍するライバー達と山内が対決するという規格である。


迎え撃つライバーは剣崎や八坂などゲーマーとしても有名な7人のライバーである。ネット上では


『若者人気が欲しい老いぼれの悪あがき』

『ライバーに社会のゴミである老害をボロボロに打ち負かしてわからせてほしい』

『総理大臣人気欲しすぎでワロスwww』


と多くのヘイトコメントを集めていた。


ライバー達は不満を抱きながらも政府からの依頼を断るわけにもいかない上に、報酬も貰えるという事でやらざるを得なかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


―配信スタジオ・控室


そこには事務所を代表するゲーマーのライバー達が集まっていた。


「山内総理大臣ってどれくらいの実力なんでしょうね」

「関係ねえよ。全力で打ち負かす」


剣崎はそう言って水を飲んだ後、紙コップを丸めてゴミ箱に投げた。


「せらぎねら☆九樹のことも気に入らないが、あのジジイの事も俺は気に入らない。総理大臣がなんか知らないが、ゲームで俺達があの老いぼれに負けるわけがないんだ」

「剣崎。あまり熱くなるなよ」


八坂はそう言ってウォーミングアップで格ゲーをプレイする。


「確かにこのイベントは政府の余興みたいなもんだ。だけどあまり俺達が反抗的な態度を取るのもよろしくない。俺達が最終的に奴らから独立することが目的だってことは頭に入れておけよ」

「はい…それはわかっています」

「まあ、要するに総理大臣と遊んでやりゃ良いってことでしょ? お気楽に生きましょうや剣崎さん♪」


葛城はそう言って八坂と剣崎をなだめた。


―――――――――――――――――――――――― 


時間になると7人のライバーは係員に配信会場に連れていかれ、山内と対談する所から配信は始まった。


「山内さんは総理大臣になったわけですが、今後どういった政策をしていくつもりですか?」

「私としては国民全ての方々が貧富の格差を気にせず公平に生きれるような社会を作りたいですね。貧困問題は発展途上国だけでなく技術発展した私達の社会でも目を背けれない問題であり…」


年長者の八坂が司会進行をしながら淡々と話が進んでいく。初めて対面する山内にライバー達は寒気の様なものを背筋に感じていた。


(なんだこの寒気…。いやプレッシャーみたいなやつは…? これが今年で70歳になる老人の気配か…!?)


白髪交え、皺にまみれた歴戦の強者が醸し出す雰囲気に飲まれそうになる。対面している距離は1メートルにも満たないのに山内が大きな存在に見えてくる。


「まあ、難しい話は置いて今日はこんな老いぼれの為に貴重な時間を割いていただきありがとうございます」

「いえいえ、内閣総理大臣に決まりお忙しいのは山内さんの方でしょう。こちらこそ時間を割いていただきありがとうございます」

「そちらの方は一旦片付いているので大丈夫です。私はこれから必要なのはより国民に近い政治になるべくであり、ゲームをすることでより国民の皆さんに近い存在になればと思った次第でございます」


政治家は不透明な職業であり、良いイメージがもたれにくい職業だ。山内は信頼を得るために、国民への理解がある内閣総理大臣としての山内茂を印象付けようとしている。それがこのイベントの目的なのだろうと八坂は感じ取った。


「失礼ですが山内さんはゲームの経験は?」

「恥ずかしながら孫と遊ぶくらいであまりしないんですよね」

「お孫さんがいるんですか?」

「ええ。今年で11歳でして…」


(ふーん…。なら楽勝だな。俺達がどれだけゲームしていると思っているんだよ。こっちは遊びじゃねえ。金のためにやってんだからよ)


剣崎は山内の話を聞いて大したゲーム歴のないことに安堵する。


「お手柔らかにお願いします」

「ではまずは『スーパーダリル・アイランド』高速クリア対決です!」

「よろしく~」


ゲーム会社の老舗・べんてん堂の主力ゲーム『スーパーダリル・アイランド』は2Dアクションゲームとして最も知られているゲームだ。


そのゲームのRTA記録のあるライバーであるクローネ・ナイトダイバーは緊張せずゆったりとした雰囲気で挑んだ。


「私は弟のルートヴィヒ派何でキャラを変えてもいいですかね?」

「勿論だよ~」


ゲーム前にダリルか弟のルートヴィヒのどちらかを選べる。性能の違いはなくルートヴィヒの方が、背が高いくらいの外観の違いしかない。1面4コースの全8ステージで、前32ステージを行き、先にゴールした方が価値のゲームである。


ゲームが始まると敵を倒しパワーアップアイテムを取りステージを横スクロールで進んでいく。互いに淀みなく、スムーズに進んでいく。


(さて、次のステージで一気にワープさせてもらおうかな)


このゲームには隠しワープゾーンが存在し、特定のプレイをすることでその場所に行くことができる。クローネはそこから一気に5ステージへと向かおうとした。


「あーと! ここで山内総理大臣もワープゾーンに直行だ!」

「えっ!?」

「さて、追いつかせてもらおうか」


山内はワープゾーンもワープゾーンを使いステージ5へと移動した。


「孫に教えてもらってな」

「そーなんだー…」


一瞬驚いたが、冷静になりステージを進む。一気に敵の配置・強さも厳しくなり1ステー時のクリアが難しくなってくる。


「山内の奴意外と上手いな」

「あのクローネと互角なんて…」

「何、今に失敗するさ」


山内は敵にあたって1度はやられたが、残機(のこりプレイ回数)で復活すると動揺を見せずに進んでいく。


「さて、ここだったな」


再びワープゾーンに行き、最終面のステージ8へと進んだ。ここまで行くと後は残った残機を使い切らずにどこまで先にゴールできるかになる。


「意外と上手いんですね」

「そちらこそ」

「はは~」


クローネは冷静を装っていたが、内面では焦っていた。

1年の半分以上をゲームに費やし、ライバーとして売れるために努力して生きた。政治家とは言えこんな老いぼれに負けたくないと思いコントローラーを握りしめる。


だが、焦りと慢心はミスを産み、たった1度のミスがクローネの進みを止めてしまう。


「くっ…」

「おや、最初からやり直しのようだな」


残機を全て使い最初からやり直しになる。クローネはワープゾーンを使い戻るが、細かなミスで足止めを喰らっている。


山内は最終ステージまで行き、クリア直前まで来ていた。


「君はこのゲームの達人だと聞いていたが、1度のミスでそこまで動揺していてはいかんな」

「何を…」

「真の達人ならばいかなる時でも、ベストを尽くすものだろう。『こんな老いぼれに負けるわけがない』と慢心したのだろう」

「!!」

「ワシはこれまで多くの人間を見てきた。それくらい容易にわかる」


クローネが8面にワープに到達した時、山内はラスボスを倒し先にクリアしていた。


「そんな…」

「はははっ。すまんなあ勝たせてもらったよ」


先に勝ったのは山内だった。


その後もFPS専門の葛城、レースゲーム専門のシャロル、パズルゲーム専門の翡翠を倒し、山内に対し否定的だったリスナーも次第に山内を応援するようになっていく。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ふう…。手ごわかったが何とか勝てたな」

「お見事です…」

「そちらこそ素晴らしい勝負だった」


リズムゲーム専門の八坂も敗戦し、ついに6連勝となった。


「最後は君が相手か」

「そうですね」


剣崎はコントローラーを握り集中する。

プロゲーマーも唸らせるゲームの腕を持つライバー達を破った山内の実力は恐ろしく強い。もう手加減をしないと言っている事態ではなかった。剣崎は得意な格ゲーである『メタルファイターズ2』を選び、自身が扱う最も得意なキャラである〈ブルース・チェン〉を選んだ。


(〈ブルース・チェン〉はバランスも良く火力とスピードに優れたキャラだ。スピード勝負で一気にカタを付けるもりか…)


八坂は山内の実力を恐れた剣崎が早期決着で勝負に出る事を感じ取った。


「私はこれにしよう」


山内の重量級キャラの〈ビッグロード・斬〉を選んだ。


「〈ビッグロード・斬〉!?」

「重量級で玄人向けのキャラだぞ!!」


〈ビッグロード・斬〉は重量級でパワーと防御力のあるキャラクターだ。その代わり攻撃も受けやすく俊敏性に優れていない。そのため扱い使いキャラのレッテルを張られていた。


勝負が始まると、剣崎はコンボ攻撃で〈ビッグロード・斬〉に速攻を仕掛ける。


「舐めやがって! そう簡単に負けてたまるかよ!!」

「舐めてはいない。だが、所詮その程度だ貴様は」


山内は〈ブルース・チェン〉の攻撃に合わせて〈ビッグロード・斬〉にカウンター攻撃のコマンドを入力し、逆にダメージを与える。


「何!?」

「早期決着。青臭い小僧共が考えそうなことだ。だがその為に攻めがちになるからこんな簡単に捕えられる」


〈ビッグロード・斬〉は羽交い締め攻撃でダメージを与え、ダウンと混乱により〈ブルース・チェン〉を嬲っていく。〈ブルース・チェン〉は守りに入ると弱くなるキャラクターであり、カウンターと固め技に無力であった。


「くそっ! 何でだ!?」

「貴様らが虚の空間で生きた20年と現実の世界で生きたワシの70年は厚みが違う」

「厚みだと!」

「自分の得意な事を生かすだの、自分の好きなことで生きていたいだの、綺麗事でごまかしているが、結局は社会で生きる事を諦めた落伍者だお前たちは」

「そんなことはない!」

「なら、どうしてお前は格闘家を諦めた? 剣崎」

「!?」


剣崎の顔に動揺が浮かぶ。


「お前は諦めたのは怪我でもなければ経済的余裕の無さでもない。勝てない相手が現れ挫折したかからだろう。だからお前は叶わぬ夢をゲームで叶えようした」

「黙れ!」

「だが無駄だ。ワシは現実の世界で勝利を得た。ゲームが強い者は人生の勝者など戯言だ。現実の勝者はゲームでも勝者なのだ!」


〈ビッグロード・斬〉の必殺技が決まり山内の7連勝が確定した。


山内はゲームも強い政治家として若い世代からも支持されるようになった。


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