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第34話『大金の行方』

玉州ナインらとチームを組んだ阿久津は移動後、部屋の中を見る振りをして隠しカメラや盗聴器の位置を確認した。


(やはりこれまで道理、この家にもあるようだな。だが流石に風呂屋トイレには用意してないようだ。ならば話は早い)



「すいません。ちょっとトイレをお借りします」

「あ、わかりました」


阿久津は事務所にメールで連絡をして部下の八上に指示を出していた。彼がゲームに参加した理由はイ・チャンスウが結婚詐欺によって奪った金を探すためであった。

その額はざっと5000万。当初は詐欺罪で訴えられるはずだったが『結婚を前提としたつきあいで異姓と恋人関係で会ったことは事実なので詐欺とは言えない』と司法機関は判断し不起訴処分に終わった。

 だが、被害者達から依頼を受け、家族にも被害者がいる阿久津の友人の弁護士・田畑がどうしてもイ・チャンスウから金を取り戻すために阿久津に頼んだのだった。

阿久津も友人の願いという事で断るわけにはいかなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


―阿久津法律事務所


「阿久津さんからの連絡か…」


阿久津からの連絡を見た後、職員の八上がパソコンを開いて仕事を始める。阿久津がいない間は事務仕事と相談を受ける事を主にしていた。八上が作業を進めていく中、事務所に1人の男性が訪れる。


「すいません。阿久津さんはいらっしゃいますか?」

「阿久津は今長期間の出張中でして、お話だけでしたら」

「はい、よろしくお願いします」


男性はそう言って八上に案内され机に座る。


「実は、私事件の加害者になってしまって…」


男性・24歳は大型免許で運搬の仕事をしているドライバーだった。仕事中、突然飛び出してきた小学生を負傷させてしまい、相手は裁判を起こす気でいるのだ。


「私は事故を起こさないよういつも最善の注意を払いながら運転していました。だけど…突然走ってきたその子に対応できなくて…」


今にも泣きそうな顔で彼は話していく。過失とはいえ自分のせいで相手が傷ついてしまったことに心を痛めているのだろう。


「会社は私の責任だから何とかしろって相手にしてくれなくて…。もしこれで賠償金を求められても…私も苦しくて払えるかどうか…!」

「なるほど」


八上は淡々と相手の話を聞いていく。

阿久津の事務所に来る人間は彼の様なタイプが多かった。というのも阿久津は加害者を弁護することに特化した弁護士であり、事件の加害者になった人間を減刑もしくは無罪にする手腕があった。

 阿久津はほとんどの人間は悪意を持って犯罪などできないと考えている。悪事を働くことは肉体的、精神的にもダメージを負うものであり、普段から真面目に生きている一般人が悪事に染める時はよほど追い詰められて後がない時であると論じていた。また事件の加害者について阿久津はまず彼らは何を考えているのかを分かっていた。


『彼らに反省とか相手に申し訳ないとかの気持ちはほとんどない。あるのは【助かりたい】という一心のみ』


もし弱者を助けることが正義の味方というのなら彼は自分の行いが正しいことだと考えている。なぜなら法の裁きの前に置いて『加害者』は最も弱い存在だからだ。ほとんどの人々は『被害者』は名を晒され、社会的救済制度を受けられない故に弱い立場にあると言われている。

だが四方八方から迫害を受け、誰からも非難されても一切の助けを受けられない『加害者』もまた弱い立場にいるのだ。彼らに悪事を行えるほどの力と精神力があっても責任を果たせるほどの能力も財力もない。その責任を果たすためにも、司法が加害者に対し力を入れているのはそのためだ。そしてその司法すらも被害者を救済すること以上に、法律がしっかりと動いているかの方が大事なので、被害者と加害者に対し公平であることを求めるのだ。


『それではいつまでたっても被害者が救われないのでは?』


八上は阿久津にそう言ってみた。


『愚問だ。そもそも法は救済のためにあるんじゃない』


そういって阿久津はため息をつく。


『救済とは当人の心の問題であり、我々はあくまで代弁者という立場です。それを心にとどめておきなさい。決して我々は正義の執行者ではないことを忘れないようにしてください』


阿久津はそう八上に言い聞かせていた。かつて自分の父親が正義を思うあまりに残酷な結末を迎えたのを目にしているため自分は絶対同じ道を行かないと誓っている。正義とは悪と同様もっと醜く泥臭いもの。決して一方に傾いてはいけない。

 弁護士になる時に決めたことだ。あくまでも自分達は依頼人の代弁者であること。正義にも悪にも染まらない。法律という人が人であるための力を扱う以上、平等を守らなければならない。公平という立場を貫かなくてはならない。相手に感情を持ってはいけない。

決して曲げてはいけない己の信念としていた。


八上も弁護士になったころは正義の為に燃えていた。だがある事件をきっかけに阿久津の思想に大きく影響を受け彼の部下として働き立場についた。


今は目の前の男性から資料と共に状況を聞き、今後裁判についてどうするか、相手次第では起訴前に話し合いでどうにかならないかを検討する。


「相手に謝罪を求められても決して謝罪はしないでください」

「ど、どうしてですか?」

「謝罪すると責任を取るという風にみなされるので、相手から必要以上の賠償金を求められる可能性があります」

「は、はあ」

「あなたが反省しているのは伝わってきています。しかしそれを前面に出し過ぎると相手に弱みとしてとられるのであくまで謝罪をしている雰囲気だけ出してください」

「わかりました」


男はそう言ってメモをとりながら安心した様子を浮かべる。きっと多くの人に責められてきたのだろう。どうしてそんなことをしたんだ、なんで相手を傷つけたんだ、相手に申し訳ないのかと。周囲から言われてきたのだろう。

 相手を攻める理由があれば、正義を執行する人は悪人以上に残酷になれる。それが例え、法で裁く立場でない人間であってもだ。


八上はできるだけ平静を保ち、目の前の男性の対応をした。その経緯をまとめて阿久津にメールで報告を送った。


「さて、阿久津さんの頼まれごとをするか…」


ノートパソコンを折り畳み、事務所を出て行った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――― 


小坂を利用しチャンスウの隠した5000万のありかを阿久津は探し出していた。酒に酔っている彼をおだて、小坂は彼から聞き出していた。


『金はなあ、ゲームが終わったらいつでも回収できるように通帳にしてある。今住み込みの工場で働いている【カザマ】って言う男にスーツケースに他の荷物と一緒に預けているんだよ。カザマは俺を絶対に裏切らない。俺の仕事にアイツも加担してたし、金をあげてたしなwww』


イ・チャンスウが漏らしたこの言葉を元に探偵を使って探した結果。製紙工場の住み込みアパートに『風間孝』と言う36歳の男が住んでいることがわかり、彼は派遣社員だが会社に頭を下げて今も雇われてもらわれているらしく、来年の5月末まで契約を伸ばしてもらっているらしい。


(ゲームが終わるのが来年の4月だから風間と結託して本国に帰る準備をするために仕事をさせているのね)


風間が仕事で返ってくる時を狙い待ち伏せしていると、彼が部屋に入っていくのを確認する。八上はアパートに向かい戸をノックすると、風間が戸を開けて対応する。


「なんですか?」

「私は阿久津法律事務所のものなんですけど、お話を少々聞きたくて」

「…帰ってください! 弁護士の方に話すことなんて何も…!」

「風間さん、イ・チャンスウとの関係はすでに知っております。警察には話しませんから私達に協力してもらいませんか…」

「その言葉、信じてもいいんですか?」

「はい。私はあくまで代行者にすぎません」

「…」


風間はしばらく考えて八上を部屋に招き入れた。


―――――――――――――――――――――――――――――――― 


「どうぞ…」


八上にお茶を出す。


(…ひどい部屋ね)


八上の部屋はあまり掃除をされてないので埃っぽく、台所には使用し食器がかさなっており、ゴミ袋が玄関の前に置かれている。


「すいません。今繫盛期で忙しくて掃除ができないんです」

「かまいません。それより私は調べて言事があってきました」

「はあ…」

「単刀直入に聞きます。イ・チャンスウさんから預かったスーツケースの中身を確認させてくれますか」

「…どうしてもですか?」

「それで助かる方が大勢います」

「…あの、万が一私がイ・チャンスウに…」

「何かありましたら事務所にお電話下さい。対処しますので」


八上は名刺を渡す。


「お願いします。…私も金に困っていたとはいえ、あいつに利用され続けるのはもう嫌なんです…!」

風間はスーツケースを押し入れから出した。


「ご協力ありがとうございます」


八上がスーツケースを開けて調べると、奥底に3枚の通帳があり、中には分割されて保管された金が記載されていた。


通帳を回収し彼女は事務所に戻った。



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