―蒼空町・アパート
川田社長の命令により送られた6人のライバーは町の様子を見た後、待機場所のアパートに連れていかれた。
「一体ここはどういう場所なんだ?」
「日本語の看板があるから日本語だと思うけど…」
目隠しを外された6人は周囲を確認する。
テーブルの上に置かれたメモには『せらぎねら☆九樹の指示があるまで待機していてください。スタッフが迎えに来ます』と書かれていた。
茶菓子と飲み物が置かれているが、情報を得るための端末が何もないことに不安を覚える。
「…」
「つばささん? 気分が悪そうだけど」
「大丈夫。ちょっと外をあるいて来てもいいですか」
「わかりました。危なかったら戻ってきてくださいね」
「ええ」
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外を歩きながら幼少の記憶が蘇っていく。
蒼空つばさがバーチャルユーチューバーになる以前、まだ【蒼空つばさ】というライバーとしての名前もない頃、彼女は貧困層の中にいた。
父親は会社を辞めて飲食店を経営したが、その頃は不景気であり大手企業の後ろ盾があるチェーン店が何とか生き残るのがやっとの中、1年も経たずして父の飲食店は潰れた。
借金取りが毎日取り立てに来る状況で、父はいつも金なら必ず払うから自宅を売るのは勘弁してくれと泣きながら謝っていた。親戚にお金を借りに行っていたが、元々周囲の反対を押し切ってまで始めた事だったので誰1人として父にお金を貸す者はいなかった。
母とつばさはいつ家を失うかわからない毎日を送っていた日々を送っていたが、突如終わりを迎えた。
「迷惑をかけてすまなかった。2人に貧しい思いはさせないから」
そう言って父は微笑みながらレストランに私と母を連れて行ったのを覚えている。その日からかつての貧しさが嘘のように家に大金や、時には貴金属が入るようになり、ご飯も3食食べれるようになった。
週に1回スーツを着たよくわからない大人たちが訪れるようになり、最初は怪しがった母もブランド物の服やバック、宝石を身につけるようになってから完全にその状態を受け入れるようになった。
「今まで苦労したんだからその分楽させてもらわないとね!」
そう言って母は毎日金を持ってホストクラブに行って豪遊するようになり、私はいつも1人でいる事が多くなった。出所が不明な金で生活が豊かになったが私の心は寂しいままだった。
学校に行けばクラスメイト達に合えるが、私はいつの日か孤立するようになった。
「ねえ、どうしたの?」
「え、えーと何でもないよ…」
まるで何かを恐れているような表情だった。私の後ろにいる強大な影に恐れているような。
これは後から知った話だが、父はどうやら政治家と裏でつながっているカルト教団に手を貸していたらしく、金に困ってそうな中小企業の経営者や開業をしようとしている若年の富裕層の人たちに経営マネジメントをするサポーターをする振りをして詐欺まがいの商売をしていたそうだった。
その被害額は日本の犯罪歴史上でも上位に入るらしく、父は集金した金を管理する立場にいるくらい信頼されていたらしい。
クラスメイト達が私を恐れていたのは大人つてに聞いていた父に関する悪い噂の為だった。
「あの子に関われば変な神様に従わさせられる。そして命を吸われつくされるぞ」
まるでおとぎ話のような感じだが、実際父と関わった経営者は人が変わったかのようにやせ細り、神と称する木彫りの置物を崇拝するようだった。
マインドコントロールで追い詰められた人から金を吸い取り、最悪自殺まで追い込んでいたことを後で警察から聞いたことがあった。
獄中で父は病死し、私はホスト狂いで借金まみれになった母は実家に閉じ込められる形で連れていかれ、親戚のおばさんの元で私は学生時代を過ごした。
父の死後、残された遺産の中でどこか購入された土地があった。そこは『蒼空町』と呼ばれる場所であり、父は政治家たちが利用できる隠れ家的な場所を作るらしく土地を購入していたらしい。
確認したかったが、既に誰かに買収されていたらしく私はせめて父の手で悲惨な目にあった人たちの事を忘れず、弔う事を忘れたくないと思い【蒼空つばさ】と言う活動名にした。
不景気な状況が続く中インターネットの発展は続いており、私は動画配信で活動をし、ライバー配信を行うタレントの事務所を作ろうとしていた会社に面接で受かってから、私は体を張ったりゲームをしたり、歌を歌い登録者を増やしていった。
その活動は実を結んでいき、事務所には多くのライバーが集まり拡大し、他にもジャンルごとに特化したライバーの事務所も増えていった。
自分の持てる個性を生かしたい。そんな思いをもった人たちが集まりエンタメを提供する仕事にやりがいを持ち、評価されればされるほど豊かになっていく生活に満足していた。
だが、突然個人の動画投稿者であるせらぎねら☆九樹が現れてライバー達の会社が統括されると、国会議員山内の手のひらで操られるような環境になっていしまった。
社会とはいつもそうだ。
国民第一と称しながら助けを求める弱者に手を貸さず、自分達の利益となると思えば平気で土足で踏みにじり搾取しようとする。
そこには公平な関係などない。あくまで一方がうまい汁を啜るような関係だ。
その全てを解決することができない。だが、今行動しなければかつて父関わった事件の被害者と同じ目に事務所のメンバーを合わせてしまう。
「私が…やらなきゃいけない」
蒼空つばさは過去と向き合い、今を変える事を誓った。