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第26話『白石家』

光の無い暗闇の中、背中を向けて歩く2人の背を彼は必死に追っていた


『もうあなたには愛想が尽きたわ』

『待ってくれ! 反省する! ちゃんと働くからワシを見捨てないでくれ!!』

『娘もだらしない父親なんて見たくないのよ。信じれないって』

『ううう…頼む! チャンスをくれ!』

『さようなら』


冷たく言い放つ女性は娘を連れて離れていく。


『登紀子―! 心結―ッ!!』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


「はっ!?」


209号室で白石健司が悪夢にうなされ目を覚ました。10年前に愛想をつかされ出ていった妻・登紀子と娘・心結。未練があり、今も夢に出てくる。


「はああ…朝から嫌な気持ちだ」


白石は布団から起きると煙草を吸いにキッチンに行く。換気扇を回しガスコンロの火で煙草に火をつけた。煙を吸って吐き出す。苦みしかない煙だが、中に含まれるニコチンが肉体に吸収されると落ち着きを戻す。

 吸殻を空になった缶チューハイの缶にため、1本目を吸い終わると2本目の煙草を吸い始める。一時期は禁煙したこともあったが、今では完全に喫煙者として復活し、煙草の値段があっても吸い続けている。


彼は10年前に離婚している。その際に住宅や車、財産になるモノを全て現金化して元妻である登紀子と半分に分け合った。だが彼は喪失感で毎日が満たされずもう1度信頼を取り戻したくて株取引やビットコインに手を出した。

 だが、元々真面目な会社員の彼が投資に向いているはずもなく増えるのは借金ばかりだった。ついに闇金にまで手を付けて、日々の生活に苦しむようになった。生活の為に夜勤の警備員の仕事や日雇い派遣のバイトで稼ぎ、借金を返すだけの無機質な日々に虚無感を覚え始め、何とかして自分を変えたいと思っていた。


そんな生活の中、譲れない決意があった。彼は過去を取り戻したかった。

20代の頃、見合いで結婚し真面目に会社で働き続けてローンを組んで家を買い、1人娘もいて、幸せな家庭を築いていた。

だが不況の煽りを受けて正社員から非正規雇用者になり、経営悪化により解雇される。就職活動も上手くいかず、パチンコをして無駄に金を使い、働きもせずに自堕落な生活をしている姿に登紀子も愛想が尽き、ついに離婚という事態になった。

健司も何とか心を変えて真面目に働くと訴えたがすでに時遅く、彼女は娘を連れて出て行ってしまった。実家に帰った後はパートをし、娘はアルバイトをしていると聞いている。


離婚したのは自分がだらしないゆえに訪れた自業自得の結果なのは知っている。だけど彼は取り戻したかった。家族3人で過ごした幸せな時間をもう1度過ごしたいと願っていた。

例えその為に裏世界のゲームで命を掛けようとも。失った父親の信頼を取り戻すために白石は参加していた。5億の賞金があれば家を買って養うこともできる。


「登紀子、心結。わしは絶対に生き残って、お前たちを幸せにする父親になる…!」


食パンをかじり、これからの節約生活に向けて計画を立て始めた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


白石健司がサバイバルゲームに参加し再起を図る中、離婚した元白石夫妻の登紀子は娘の心結とアパートで生活していた。


「はあ、フルタイムで働いてもギリギリだわ。どんどん物価は高くなるし、家賃も高くなるし貯金も減るばかりでお先真っ暗だわ…」


健司と離婚した際に分割した金は底を着きそうになり、どれだけ叩いても電卓には赤字しかでない。


「…このままここで暮らしていてもだめかもしれないわね…。実家に頼るしかないのかしら…」


そうため息をついていた時だった。


「ただいまー」

「心結! アンタまた遅くまで遊んで! いい加減働きなさいよ!」

「わかってるって。就活帰りにちょっと遊んできただけじゃん」

「そう言ってもう3か月も働いてないじゃない! バイトでもいいからお金を稼いできてよ! お母さんがフルタイムで働いても家系は火の車なのよ!」

「わかったってもう! そんなに五月蠅くしなくてもいいじゃん!」

「あんたがいい年して結婚もしないでダラダラしてるからでしょ!」


白石健司と別れてから10年。

高校生だった心結は20代後半になったが就活しても長続きせず、アルバイト点々としていた。生活費は登紀子が出しておりいつまでも自立しない彼女に苛立ちを隠せなくなっていった。


「結婚なんて時代遅れだよ! そうしなくたって楽しく生きていく方法何て色々あるのに」

「何が楽しくよ! 今どきの若い人はだからダメなのよ! 何でも楽にやろうやろうと考えて、私の若い頃なんて人の何倍も働いて1人前になるために働いていたんだからね!」

「それはお母さんの話でしょ! 」

「いーえ! 苦労して働かない人間なんて碌な人生を送らないのよ!」

「苦労したのにお父さんと別れて貧乏生活しているのはどうしてなのよ!?」

「このっ…!!」


部屋に乾いた打撃音が鳴り響く。登紀子は堪忍袋の緒が切れて手を出してしまった。


「出て行きなさい! アンタなんてもう娘でもなんでもないわ!」

「こっちから出て行くわよ! もうこんな家に戻らないから!!」


心結は荷物を手にアパートから出て行った。

売り言葉に買い言葉になり、口喧嘩は最悪の形で終わってしまった。


「はあ…。なんであんな子になったのかしら…。どこで育て方を間違えたのかしら…」


登紀子はため息をついて精神的に疲労し、机に突っ伏した。




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