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第13話「母の思い出」

7月も後半に入り、真夏の猛暑を思わせる蒸し暑さを冷房で切り抜けながら参加者達は生活をしていた。

清志はパートナーとなった東雲優子との共同生活も徐々に慣れてきた。相手は年上という事もあり気を使っていたが、優子さんは名前の通りに優しい人で何かと清志に気を使かってくれた。


朝起きるとご飯が用意されたり、いつの間にか衣服を洗濯されたりと優子さんといるとサバイバルゲームに参加している気も忘れるような感覚になっていた。

テーブルには炊き立ての麦飯と卵焼き、ほうれん草のおひたしが並んでいる。


「清志君の口に合うかしら?」

「美味しいですよ東雲さん」

「ありがとうね。いつも娘と一緒だから男の子と一緒に居るのが新鮮なのよ」

「男の子って、僕は一応19歳ですよ。もう男の子って年じゃ…」

「私からすれば男の子よ」


そういって優子さんは優しい笑みを浮かべた。その笑顔が思い出にある母親にどこか似ているような気がした。


「お母さんの事を思い出した?」

「えっ…なんで?」

「私、これでも娘がいるから子供の考えることはお見通しなのよ」

「そう言えばそうでしたね…」

「秋穂ちゃん…。ペアを組んだ方に迷惑をかけてなければいいけど…」

「大丈夫ですよ。黒江さんもいい人ですし…」


ゴールデンウイークの時に一度あずさの提案で集まり、暇つぶし代わりに話をしていたことがある。それぞれどんな理由でここに来たのか。好きなことは何か、ここを出たら何をしたいのか? 気晴らしにしかならないが、色々あってここに来た者同士話すだけでも気分が晴れた。

秋穂は特になれていない生活に疲労をかんじており、黒江アリスは親身になって秋穂の話し相手になったりしていたそうだ。


「でも、東雲さんといると母の事を思い出します」

「お母さんを?」

「母は中学生の頃に亡くなってしまいまして」

「ごめんなさい、辛いことを思い出させちゃって…」

「いえ、母との思い出は大切でしから。むしろずっと覚えていたいですよ」

「そんなにいいお母さんだったの?」

「ええ」


清志の母、静香は優しい母親だった。

滅多に怒る人ではなく、初めて描いた似顔絵を褒めてくれたり、悲しいことがあったら一緒に泣いてくれたりしてくれる慈愛に溢れた聖母の様な人だった。


そんな母を苦しめたのは父親だった。

彼は会社を解雇された後ロクに働きもせず酒に入り浸り、失業手当の殆どをギャンブルに使いこみ生活を苦しくさせていた。母は生活のためにパートで働き金を稼いでいた。父親は彼女が稼いでいるのを見ると金をせびるようになり、母を殴打して財布を奪おうとしている時は必死になって止めに入ったが、体格差で勝てるわけもなく父親に殴打され、財布を奪われてしまった。その時は今まで一番悔しく惨めだった。しかし母はそんな父親に恨みもせず


『お父さんは、昔は優しい人だった。今はまだ立ち上がれないだけなのよ。きっと頑張ればまた優しい人に戻れるはずだから信じてあげて』


母はそう言って彼を信じ続けた。しかし、父親はキャバクラで知り合った女性と浮気していることが後に発覚し、流石の母もショックのあまり体調を崩して弱っていった。


これまでの無茶と過労と病気により、母への治療はもはやなすすべもなかった。医者も匙をなげ、せめて痛みを和らげる緩和ケアがやっとだった。


『清志。母さんは人生を不幸だななんて思ってないわ。だってあなたっていう宝物とであえたもの。だから清志、母さんはあなたの幸せだけが願いよ』


それが母との最期の会話だった。

葬式で別れを告げ、墓石の前で必ず幸せになることを誓った。真面目に働いて生きてが、サバイバルゲームに巻き込まれるとは思いもしなかった。



「父親は母を苦労させただけじゃなくて借金まで作って他の女の所に行ってしまった。ボクは絶対そうならないようにしたい。そう思っていたのにこんなことになるなんて」

「あなたは何も悪くないわ。だってその借金を作ったのはあなたの父親でしょう」

「はい…」

「それでも信じ続けていたなんて、優しくて素敵な人だったのね…」


優子は清志の話を聞いて、ふと死んだ夫の事を思い出した。彼は不器用だが優しく、誰よりも家族の事を考えていた。彼の死因は仕事中の脳卒中だった。責任のある立場になったからは忙しく、休みの日も仕事に行き会社の無茶に応えていた。最後はあっけなかった。


ベッドの上で頭に白い布をかぶされ、もしかしたら生きているんじゃないかと。その布を取れば実は生きているんじゃないかと思ったが、現実は残酷だった。

彼が死んだ後、会社から来たのは『労災を認めると業務外労働がばれてウチが危ないからこれで勘弁してほしい』という見舞金と退職金だった。命より金、命よりメンツ。そんな会社に夫が殺されたと思うと優子ははらただしかった。

だがそれよりも娘の秋穂が大人になるまで自分が母親の務めを果たさなければという気持ちの方を優先し、会社の事は忘れることにした。


(勤めを果たすどころか借金のせいでこんなことになるなんて…。母親失格だわ…)


サバイバル生活に参加して、秋穂と別々になり今は清志と共にこの部屋にいる。ふと思ってしまった。自分はどこか母親という役割に疲れを感じているのかもしれない。



「ねえ清志君?」

「はい」

「もしさみしかったら、今日の夜は一緒に寝ない?」

「えっ?」


優子は清志に誘惑の眼差しを向けた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


―秋穂・アリスペアの部屋


秋穂は久しぶりの快適な暮らしに気分を良くしていた。

家賃12500円のシェアルームの生活で精神的に疲労がたまっており、アリスに支えながらなんとか生活していた。


「なによりちゃんとトイレと風呂があるのがいいわ。正直多人数でいるのって苦手だったから」


共同のトイレは時々汚物を流し忘れた痕跡があり、それによりトイレに入るのが怖くなったり、風呂が無いので利用していた銭湯は広い分落ち着きがなく、あまり疲れが落ちたように思えなかった。


「あんた今凄く癒された顔をしているものね」


アリスは秋穂の顔を見て安心していた。以前の部屋にいた時はあまりにひどすぎる境遇に最初は泣いたりもしていた。その度に励ましていたが、日に日に慣れによる耐性を付けて行って今はこの生活が日常と化している。


(だけどこの環境に慣れるっていうのも嫌な物ね。日常に近い非日常。周囲の人間は大金の為に温厚という皮を被ったケダモノたち。しかも主催者がどうやって私達を蹴落とすのかわかったもんじゃないわ…)


アリスは今後の生活の事を考え、生き残ることを考えた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


―清志・優子ペアの部屋。


電気を消した寝室で、清志は背後から優子に抱きしめられる。


「意外と大きい背中ね」


布越しに伝わる優子の体温に母親の気配を感じた。他人のはずなのに、以前から家族の様なノスタルジィーを感じた。


「ああ…。あなた…」


ふと優子が泣いている声を上げた。清志と一緒に寝て、死に別れた夫の事を思い出し、彼女もまた昔の事を思い出していた。


(人を失うって、慣れないもんだよなあ)


どう慰めれればわからないまま、眠りの中に沈んでいった。


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