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第3話「蒼空町」

「面倒ごとは嫌だから事故は起こすなよ」

「了解です」


運転手の角鹿を注意し坂下はスマホを見て部下から来た連絡を返信した。

気絶した清志を乗せた車は2時間かけて走ると、都市から離れた周りをコンクリートの壁に覆われた施設に入る。2重の検問を通り、それはどこかからくり抜かれた町の様な場所だった。

ここは【蒼空町】。清志が参加するゲームの会場である。

かつて日本がバブル経済で高度成長期を迎えた時、資本金を出した企業の権力者達が退職後に世捨て人になって暮らすために郊外に楽園を作ろうとした。

世間に干渉されず、それでいて普通の生活を送りたいという願望の為に計画された。

しかしバブル経済が崩壊すると計画はとん挫し、長い間この町は未完成のままになっていた。しかしユーチューバー・せらぎねら☆九樹と国会議員の山内茂の手によって富裕層向けの娯楽イベントの開催現場として復活し、彼らの要求を満たすための場として利用されている。

蒼空町は集団アパート、マンションや戸建ての建物の他にスーパー、コンビニ、アウトレットショップ、レストラン、銀行、市役所、診療所、工場、公園、ビジネスホテル、銭湯、病院、公民館、パチンコ、会社と言った町にある施設が全て存在している。

 より町に近い状態にするため店にはギャラで雇ったバイトが運営している。食料や生活用品は独自ルートから必要な時にまとめて入荷されるようになっている。

一見するとどこにでもあるような町だが、すでにこの街では何人もの人間が争いをして叶わぬ夢という重りと共に地獄の底に突き落とされている。この町は平穏な雰囲気の中にこれまで行われたサバイバルゲームの参加者の絶望とそれを見ている富裕層の愉悦を満たして来た歴史が積み重なっている。だがそれらは今日までの余興に過ぎなかった。参加者がどれまで耐久出来るのか、生きる為に必要な要素・必要な人材の確保。それらの条件を満たすために多くの人間が踏み台にされた。

 多くのテストプレイを積み重ね、絶望と希望が相席するサバイバルゲームが始まろうとしていた。


「角鹿、そいつを起こせ」

「おら起きろ!」

 坂下に指示され角鹿は清志を起こした。目が覚めた清志は、公民館に案内される。中に入ると数十名の年齢・性別が違う男女がすでに椅子に座って待っているようだった。

「そいつで最後ですか?」

「ああ、ご苦労だったな川本。今のうちに休んでおけ」

「お言葉に甘えて煙草吸ってきます」

公民館で見張りをしていた川本と交代し坂下が新たに見張りを行う。

「テメーらに言っとくが逃げようとするんじゃねーぞ。お前らは互いの合意の元ここに来た。今更逃げる選択肢はねーんだからな」

「最悪やべーとこに送られるかもなあ~」

坂下はそう言って拳銃を片手にそう言って公民館の出口に角鹿と陣取る。ざわめく参加者たちを尻目に他のスタッフらしい男達がモニターを用意する。

「なんだあれは…」

「静かにしろ! これからゲームマスターによる説明が始まる! 心して聞け!」


スタッフが参加者を黙らせノートパソコンを操作して画面を移すと、【せらぎねら☆九樹のリアル実況チャンネル】のロゴがでて、Lure‘sのミュージックビデオが流れる。


『欲望につられ手を伸ばし~♪』


『得るは勝利か敗北か~♪』


『煌めくは未来~♪ 絶望は嫌い~♪』


『引き寄せろ幸運♪ 求めるよ豪運♪』


『lure lure lure♪ 求めた未来引き寄せればもう、それはもう手の中~♪』


30秒ほど流れると、中継でスタジオに移り変わり全身黒タイツにスーツの上を着て蝶ネクタイをつけた仮面で姿を隠している男性らしき人物【せらぎねら☆九樹】が椅子に座って現れる。

『お久しぶりです皆さん。それでは早速ルール説明を始めましょうか? 【100万円町中サバイバル】のルールを…!』

場を一瞬で支配したせらぎねら☆九樹はこれから行われるサバイバルゲームの説明を始めた。


【100万円町中サバイバル】

場所は架空の町・蒼空町で行い、手元の金・100万円を使い1年間365日過ごしてもらう。手元に金がなくなり0円になった場合失格となるシンプルなルールである。

途中リタイアも可能だが、その際に借金は参加前に負債した額はチャラになるが100万から使った額が利子付きの借金として本人に残る。尚リタイアの場合は最低10万円を使わないと認められず、利子も法外な金利の為お勧めはできない。

蒼空町を出ることは許されず、あくまで町の中で過ごしてもらうことになる。もし脱走した場合は失格となり借金チャラも無効になる。と言っても周囲は20メートルのコンクリートでできた壁で覆われており、出入り口は2重の門になっているので脱出自体が容易ではないだろう。(最も監視カメラがあるので怪しい挙動があればスタッフが力づくで阻止するだろう)

月末に渡された鍵の部屋の家賃、水道料、ガス料金、電気代、通信料金を払う。その時点で残額が0円になった場合失格になる。

生活費の節約で野宿をすることは原則禁止行為なので、テントなどの設置は即失格行為になる。手持ちの金は最大100万円までキープすることが出来てそれ以上増やすことは出来ない。

参加者は暴力等の犯罪をした場合はペナルティを受けて、最悪の場合失格になる。参加者の殆どは未成年者ではないので常識はある程度あるだろうが、守れない場合はそれ相応の罰を受けると思った方が良い。社会でも間違いを犯せば警察に捕まるのだから。

手元のハンディカメラはサバイバルゲーム内での生活の様子を撮ってもらうために用意したもので、内部メモリが溜まったら市役所で交換し、撮影をし続けることをルールとする。

更に撮影された内容が面白ければ動画内で採用され、ボーナスなどがもらえるらしい。認められた場合はスタッフに呼び出され資金が渡されるので余裕がある者や動画投稿者は自信があれば映えのある動画を取ってくれることを期待している。

他人へのお金の貸し借りは原則禁止で、発覚した場合は10万円の罰金の支払いペナルティを受ける。ただし持ちものを売買するなどの支払いによる金の移動はよしとする。

勝者は今日のスタートである4月20日、午後3時から365日後の4月20日時点に残金があり複数の生存者がいる場合は、より0円に近い参加者が勝者となり、5億円を総取りできる。


ルールを守りさえすればお金の使い方は持ち主の自由であることを話説明が終わった。


『以上を持って説明を終えます。今日から来年まで各々頑張って生活してください』

「質問いいですか?」


参加者の1人である阿久津が質問する。


「100万円まで所持できるという事は、所持金を増やせる方法などがあると考えていいでしょうか?」

『察しのいい人だ。それはサバイバル中に行うので今は言えません』

「わかりました」

「なあ俺からも質問だ! 失格したら使った分が借金と言ってたが、具体的にどんなことが失格扱いなんだよ!」

『それはその時の状況によります。我々が悪質と判断した時は失格になる可能性が高いでしょう。スッタフには不測の事態が起きた時のマニュアルを書いた資料を渡していますのでご安心ください』

「そう言うんじゃなくてもっと具体的な事を教えて欲しいんだよ!」

「間違って失格になったらどうするんだよ! そっちだけ納得できる説明なのは不公平だろうが!」

参加者の小坂と須鴨が叫ぶが、九樹はため息をついて冷静に質問に返答する。

『それはその時運がなかったと思ってもらうしかありません』

「何だよそれ! こっちは人生がかかってるんだぞ!」

憤る参加者にせらぎねら☆九樹は冷静に説明する。それはまるで言い訳の悪い子供に説教をする親の様な感じだった。


『その人生をかけているのに、失格になる可能性を心配してるんですか? すでにこのサバイバルゲームに参加するという事自体、幸運を使っているというのに。これ以上の何が必要だというんですか?』

「何!?」

『そもそも、君たちは多額の負債を背負いどうにもならない状況だからこそこのゲームに参加した。ならある程度の都合の悪さも受け入れなければならない。君たちはそういう立場の人間なんですよ。全てが自分にとって都合がいい程世の中できていない、それを自覚してないから成功も手にできず落ちぶれた。違いますか?』


「うぐっ…」


九樹の言葉に小坂は言葉を失う。清志は親の借金のせいで参加したので、そうではないけどと反論したかったが、せらぎねら☆九樹のある意味この世の真をついた言葉に耳を傾ける。

『世の中上手くいかなくて当然。それを理解しない奴は努力することもできず、報われることもないことがわからないから自分の都合に悪いことに直面すると理由を付けて逃げ出してしまう。挑戦すれば何かを得られるチャンスがあるかもしれないのに、逃げれば手にするチャンスすら失うという愚かさに気付かずにいるのです。君らはまさにその典型例』

「…」


『だが、君たちは今ビッグチャンスを得ている。この町で過ごせば人生を変える大金が手に入る。昔テレビでやっていた企業のトップに納得いくプレゼンして、それが駄目ならダメ出しをされるようなことはないし、俳優やアイドルが売れるために汚れ芸人の真似をしてプライドを捨ててまでやる下品なネタをするわけでもない。君たちはただこの蒼空町で生活してくれればそれでいいんですよ。この町の中で手元の金を使い、1年間生き延びる。それだけで億単位の金が手に入る。これほど美味しい話もないはずです。そのために自分たちが自制心を働かせ己を律し、こちらからの条件の不利を受け入れるのは当然でしょう』


清志は彼の言葉に理不尽を感じるも一部納得していたところがあった。


【世の中上手くいかなくて当然】


この言葉はある意味、全ての人間に当てはまる言葉だ。伊藤清志は幼いころに母を失い、借金を残した父に苦労され、学業でいい成績を残しても、仕事を探す面接では隅をつつくように欠点を指摘され納得できなければ責め立てられる。ロクな仕事ににつけず肉体労働で体を酷使する日々。うだつの上がらない中、ようやくまともな生活を送れると思ったら、闇金融の人間に連行され、挙句の果てにこんなよくわからないゲームに参加される始末だ。


だがそれでも生きてきた。上手くいかなくてもいつかは報われる日が来ると信じて。これまでも乗り越えられたのなら、このゲームでも生き残れる。1年間生き残り、借金を清算して大金を手にする。そして平穏な生活を送ってやると気合を入れる。でなければ何のためにこんな馬鹿げたゲームに参加するのかわからない。これは自分に与えられた理不尽であり、同時にチャンスでもあるのだから。

「大金を得るなら仕方ねえか…」

「絶対に生き残って賞金を貰うわ」


不公平ながらもゲームのルールと条件を受け入れ、全員納得したうえで九樹は次の説明に入った。

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