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第67話・緊急記者会見

「もちろん与党の議員でなければならないのが前提条件。最低限、国民投票で選ばれる必要はあるさ」


 言うまでもなくこれは当たり前の話で、金持ちなら誰でもってなると『宝くじを当てた奴が国を牛耳れる』なんてとんでもない事になる。ただ逆に言えば、いくら能力のある政治家でも資金力が無ければトップにはなれないのが現実。

 資金集めをしようとしても、余程強い意志を持って望まないと、やがて金稼ぎが目的になってしまう。政治家が政治屋になり海外勢力に取り込まれて、初志貫徹なんて言葉とはほど遠い所に行き着く。

 これは部長に言わせると『それが権力にしがみつく人間タイプの本質』らしい。


「でもさ、考えてみろよ。五億だぜ?」

「それはわかるけど、使い道なんていくらでもあるだろ」


 八神は『問題はそこじゃねぇよ』と人差し指を左右に振り、俺に向けてニヤリと口角を上げてきた。


「そんな大金をどうやって持ち歩くんだ? 横領した金なんて銀行に入れておけないし、どこかに隠すか使うかしかないだろ。貴金属に変えておくって手もあるけど、それならどこで購入したか足がつくし、そのネタにマスコミが飛びつかないはずがない」


 この事件が三年経っても未だ何一つ解明されないのは、五億円を持ち逃げした直後から、秘書官の足取りがプッツリと途絶えたからだった。警察は自家用車両、公共機関、徒歩等、全ての可能性を考慮して捜査を続けたが、日本中、至る所の監視カメラにも彼の姿は映っていなかった。


「流石に菱田武夫の選挙資金になったって説は強引だけど、持ち歩けず預金も出来ずでは、八神の言う通り何かに使ったのかもな」

「ん~、言うほど強引かな?『金が欲しい』ってだけの理由で盗むには額が大き過ぎると思うし、最初から何か目的があったと考えるほうが自然じゃないか?」

「目的、か……」


 副社長は取引先とのリモート会議で、“交渉材料として現金を見せる”という手段をたまに使っていた。渋る相手に札束の山を見せて『これで納得しろ』と。褒められたやり方ではないが、社長も厄介な交渉事は副社長に丸投げをしていたから、その手法には口を出さなかった様だ。もちろんそのお金は言わば“見せ金”で、交渉に使う分として社内の金庫には常に十億もの現金が保管されていた。


 ――そして秘書官はドバイ視察から帰ってすぐに、金庫から五億円を持って煙の様に消えたのだった。


「仮に、目的が菱田武夫の総裁選の資金だったとして、五億円って妥当な金額なのかな?」


 立候補の為には、二十人の推薦人が必要だと聞いた事がある。その推薦人の確保に加えて、日本中の党員へのDMと電話、様々な名目のバラ撒き。どのくらいお金がかかるかなんて、政治家でもない俺にはまったくわからない。


〔真偽はわからんが、総裁選を勝ち抜くには十五億とか二十億が必要って話も聞いたことはある〕


 と、補足する部長。もはや金額の桁が違いすぎて、考えるのが馬鹿らしく思えてきた。


「でも、そこまでしてやりたいものなんですか? 首相って」

〔さあな。仕事が出来る出来ないに関わらず、とんでもない重責と忙しさだ。何かあると責任を押し付けられて、周りから突き上げられる。ま、割に合わんとは思うぞ〕


 と笑い出す部長。


「笑い事じゃないですって……」


 ――ピンピコリンッ!!


 その時、会話をぶった斬るかの様に能天気な着信音が響いた。皆の視線が音の発生源である夏希先輩のスマホに向く。どうやら彼女が登録しているニュースサイトの新着ニュースの様だ。


「こんな時間に珍しいわね」


 彼女はスマホを手に取り、届いた件名をチラリと見ると『えっ……』と小さく漏らして操作し始めた。


「ねえ、話の途中悪いんだけどさ。ちょっとこれ見て」


 夏希先輩は、皆に見える様にとスマホをテーブルの真ん中に置いた。時間はすでに22時を回っているにも関わらず、そこには大勢の記者が見える。そしてその視線の先には菱田武夫総理が立っていた。直後、画面を埋め尽くす様な大きな文字のテロップが流れる。



 【緊急記者会見・日本政府がNATOに最新型HuVerフーバーの提供を行った模様】



 その一文だけで、その場にいた全員の注意を引くには十分だった。俺も織田さんも楽観視していられない内容だったからだ。テロ組織壊滅の為の作戦行動の開始、それはつまり零士・ベルンハルトと穂乃花が危険に晒されるという事に他ならない。

 電話の向こうからも同じ記者会見の音が微かに聞こえてきた。部長達も同じものを観ているのだろう。


「角橋重工製の最新型HuVerフーバーを二〇機、NATO軍に提供することが決まり、30分程前から空輸を開始しました」


 その言葉に対して、間髪入れずに女性記者が噛みついた。


「兵器輸出は憲法違反では?」

「これは兵器ではなく、国内産業品を信託基金の一部としてNATOへ提供したものです」


 今の日本において兵器の開発に携わる会社は戦闘機や戦車で1000社以上・護衛艦では2000社以上と言われている。

 通常、兵器というものは戦争もしくはそれに近い行為に使用され、一般社会での通常使用は不可能に近い。砲塔を取ったからと言って戦車で通勤は出来ないし、装甲を付けたからと言って自転車で戦場に出る事は出来ない。つまり兵器とは“それ”に特化した構造を有していると定義付けられる。


 しかしHuVerフーバーにおいては、およそその範疇に収まらなかった。理由はHuVerフーバーの汎用的構造にある。軍用も工事用も災害地支援機も、全てが同じフレーム・同じ出力・同じ装甲で運用が可能という仕様だからだ。

 自衛隊配備用機にはマイナーチューンが施され、出力のリミッター値が高く設定されているが、それでも、一般的な乗用車に対して高排気量のスポーツカーと言った程度の差でしかない。その現状を踏まえて『国内産業品』と位置づけしたのだろう。


「しかし国会を通していませんよね?」

「緊急を要する超法規的処置です。それに送ったHuVerフーバーは兵器ではありません。一般車両や工業用重機と同じです」

「つまり、戦闘には参加しないと?」

HuVerフーバーは、戦地での人命救助活動の為に提供しています。そもそも日本はパートナー国としての責務を全うしただけの事ですので」


 NATOに提供したHuVerフーバーは明確な軍事仕様ではない。そして銃火器等の殺傷兵器は皆無だ。実際現地で武器を持たせて戦闘参加したとしても、それは日本の意思が存在しない現場判断であって、日本政府は『災害地での人命救助の為』としたスタンスを崩す事はない。


「しかし、近隣諸国が黙っていないと思いますが?」

「基本的にはNATOカタログ(注)制度の枠内ですので、問題は存在しません」

「ですが実際戦争をしている国に送るのですから……」

「問題ありません!」


 同じ様な事をしつこく言及され、菱田総理の言葉尻にイライラが混ざり始めた。日本中の目が集まる中で、建設的とは程遠い質問が投げかけられ、それでもキレる訳に行かず冷静を装わなければならない。聞いているこちらもうんざりするくらいだ、多分本人は相当なストレスを感じているのだろう。


 ……確かに、割に合わない仕事だ。






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(注)防衛庁:【NATOカタログ制度について】より抜粋。

 NATOカタログ制度は、当該制度に参加する国家において補給に関する共通の言語により相互運用性の促進及び重複の抑制等のため、NATOの規格に基づき、装備品等について、分類区分航空機用、車両構成品等品目識別寸法、材質及び主な特性を整理した上で、NATO物品番号を付与し、NATO参加国等の間で装備品等の情報を共有する制度です。

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